「ふーやれやれ。」
「ふふっ。お疲れ様、千百合。手伝ってくれて有難う。」
千百合と幸村は、屋上の庇の下で小休止していた。
これでもう、手を入れないといけない所は全部終わった。
しんどいから、ちょっと休む。此処なら雨もかからなくて乾いているし。
「座って良い?」
「どうぞ。あ、合羽を貰うよ。纏めてこっちに置いておこう。」
「さんきゅ。」
ああやれやれ。
と思いながらウッドデッキになっている床に腰を下ろすと、ふっと体の力が抜けて、結構疲れてたんだな自分、なんて感じる。
ふう、と軽く息を吐くと、すぐ隣に幸村も腰を下ろした。
「しかし、良く降るわね。」
「そうだね。降らないのも問題だけど、あまりしょっちゅう降られても困るな。部活に支障が出るし。」
「そういえば、部活は?」
「今日は駄目だったんだ。屋内が埋まっててね。」
「大丈夫なの?」
「ふふっ、心配ないよ。最低限の練習量は確保出来るように調整してるから、1日イレギュラーで休みになったくらいで練習不足にはならないさ。」
「まあ、そうよね。」
立海がブラック部活なのには、こういう理由もある。
こんな風に、練習するつもりだったのに出来なかった、となった時に練習量が想定より不足する事の無いように、予め練習量を増やしておくのだ。
別に多い分には構わないのだし。
「それよりも、これからだんだん暑くなっていくからね。気をつけるなら、寧ろ体調管理の方かな。」
「ああ。今年暑くなりそうだもんね。」
最近だって、晴れた日は十分暑い。
今日みたく強い雨の日は逆にちょっと肌寒い位で、この気温差とエアコンのコンボもなかなか風邪を呼ぶものだ。
というか、なんだか雨脚が段々強くなり出して、今ざあざあどころかザバアアアア・・・な勢い。
「千百合、もっとこっちへ。そっちは濡れるよ。雨が強まってきたから。」
「ああ、うん。」
と、言いつつ面倒なので殆ど動かない千百合。
だって今、ちょっと疲れてるもん。怠いもん。なんて。
この油断がいけないんだと、自分は何度やったら学習するのだろう。
今もそう。
ふと左肩に腕が回ったと思ったら、ぎゅっと引き寄せられて。
肩を強く抱かれた姿勢になって、千百合は俄かにパニックになった。
「ちょ!」
「何?」
「何じゃない!」
「ふふっ。千百合、暴れると雨に濡れるよ?」
「濡れるとかどうでも良いわ!」
「良くないさ。体調には気をつけて、って今言った所だろう?」
別な意味で体調悪くなる。
確かに風邪はひかないかもしれないけど、心臓はどきどきするし顔は熱いし。
顔どころか触れている部分全部熱い位だから止めて欲しい。
「あのね、今ここ学校で、」
「大丈夫だよ。雨の日の屋上の、こんな隅の方をわざわざ見に来るような人は居ないから。」
「そ・・・」
あかん。
この男に口で勝つのは無理。
口以外でも勝てる気がしないけど。
「分かった。濡れない所まで寄るから。」
「ふふふっ!だから離して、かな?」
「分かってるんだったら早くして。」
さっきから、身の置き所が無くて辛いんだ。
何処見てたら良いのか、何聞いてたら良いのか分からない。
この前のバスで寝ていて寄り添ってる時とはまた違う、自分を引き寄せる腕の力の強さに、さっきから胸が痛い。しんどい。止めて。しんどい。
「残念だけど、俺は嘘は嫌いだから。」
「嘘じゃないから!ちゃんとやる気出して移動するって、」
「違うよ。千百合が嘘を吐くと思ってるんじゃなくて、今のは俺の話なんだ。」
「は?」
「決めたからね。俺は、俺のやりたい事に対して、千百合に決定を任せるのは止めるって。」
「は・・・」
「俺は離したくないんだ。だから、大人しくしてて。」
こんなに雨が降っているのに、幸村の囁きだけは正確に拾う自分の耳。
肩に回ってる腕が熱い。
ああ、一周回ってちょっと泣きそう。
「・・・離して。」
「千百合?」
「もう、離せ頼むからもう!情けないんだよこっちは!くそ!」
「どうしたの?情けないって何が、」
「あんたには大した事じゃないのかもしれないけどね!こっちは恥ずかしいの!これしきの事だけど、そのこれしきの事が私は恥ずかしいの!心臓止まったらどうしてくれんの!責任とってくれんの!?ええ!?こら!」
もう恥ずかし過ぎて、しっちゃかめっちゃかな事言ってると自分でも千百合は分かっている。
でも言いたい。言わずにいられない。言わないとしんどいもん。
ああそうだよ、自分でも不思議に思ってるよ、たかだか肩を抱かれてるぐらいで何をそんなに意識してるんだって。
でもしょうがないだろ、意識するんだもん。
手を繋ぐのも恥ずかしいし、頭を撫でられるのも恥ずかしいし、抱きしめられるのも額にキスされるのも凭れるのも全部全部恥ずかしいわ。
恥ずかしくて堪らないわ。
そんなに恥ずかしい事かって、そうじゃない事位分かってる。
だって、額にキスは兎も角他のは紀伊梨や紫希ともやった事あるもん。
でもこんな恥ずかしさはなかったから、行為としてはそんな大した事じゃないって頭では分かってるんだ。
分かってるんだけど。
でも心が言う通りにならないんだよ。
今、自分は幸村から彼女扱いされてると思ったら息がし辛くなるんだよ。
好き、だから。
「・・・・・」
「・・・・・」
無言で見つめ合う2人。
千百合は赤い顔で、もう半分睨んでるみたいな目で見てしまう。
幸村は目を真ん丸にしているが、少しするとふっと目元を緩ませて微笑んだ。
「言おう言おうと思ってたんだけど。」
「は?」
「千百合は、俺を勘違いしてるよね。」
「いや、それはしてないと思う。」
「いいや、してるよ。」
幸村はとてもはっきりと言った。
「種類は違うけれど、棗と同じ勘違いをね。ふふっ、流石双子って所かな。」
「え、嘘って言ってよ。すげえ嫌なんだけど。」
「残念だけれど、本当さ。ねえ千百合、千百合は俺が優しい人間だと思っていないかい?」
「思ってる。」
「それから、甘い性格だとも思っているよね。特にテニス以外の事に関しては。」
「思ってる。」
「ふふっ、やっぱり。千百合、俺は人並み外れてとは言わないまでも、普通程度には我儘な性格だよ。信じて貰えないかもしれないけれど、こう見えて俺は日々自分のやりたいようにやってるんだ。」
「えー・・・」
嘘吐けよ。
と千百合は思うし、顔に出る。
それを見て、幸村は困った顔で笑った。
参るな。
「今、言ったね。「あんたにとっては大した事じゃない」って。つまり、大した事じゃないから俺はああいう行動が取れるんだ、って思ってるんだろう?」
「そりゃあ。」
「違うよ。俺は千百合が好きだからああいう事をするんだ。」
これ、言いたくない。
本当はとても言いたくなかった。
でもこの場合、しょうがない。他にどうしようもないから。
「良く「涼しい顔して」とか「簡単そうに」とか千百合は言うし、他の皆もそう言うけれど。でも実際全然簡単なんかじゃない、俺は内心で何時だって緊張してるよ。千百合と居る時は何時もそうさ。凄く幸せだけど、同時に凄くドキドキしてる。」
「嘘吐け。」
「信じて貰えないのも無理はないと思うよ。俺は何時も余裕がある風を装っているからね、装うだけは。ある意味では想定していた通り事が運んでいて、だからこそ千百合は俺の言う事に実感が湧かないんだろうと思う。」
さっきの千百合の発言の土台に、「こんなに意識してるのは自分の方だけ」「幸村にとってはそれほど大きな事じゃない」という意識があるのを、幸村は直ぐ見抜いた。
其処がそもそも間違いなのに。
「俺だって恥ずかしいよ。余裕なんて無いし、意識もしてる。嫌われるんじゃないかって思いながら、それでも好きだから千百合に触れてるんだ。だから俺のやる事に対して、恋人らしい事を適当に義務でやってる、なんて思わないで。誤解させたのは俺が悪いけれど、でもその点を思い違いしないで欲しいんだ。」
「・・・いや、流石に其処まで思ってないけど、」
「でも、少しは思ってただろう?」
「・・・まあ。ぶっちゃけ。」
「あははっ!」
正直でよろしい。
「・・・でも、それならもう少し精市も恥かいてくれて良くない。」
「ううん・・・恥と言う意味なら、今この瞬間俺は千百合以上に恥をかいてるよ。」
「は?」
「まあ、より多くと言うよりは、二重にかな。これは俺の事情だから、千百合も、他の誰も悪いわけではないんだけれど。」
言うなれば男の事情と言う奴である。
だって、かっこ悪い所は見せたくないじゃん。
出来る限りかっこよくて余裕のある自分を見ていて欲しい、特に好きな女の子には。
恥ずかしがる女の子は可愛いけれど、恥ずかしがる男なんて可愛くも無ければかっこよくも無い。そんな自分を気取られたくなかった。
まあ実際そう見られて居たわけだが、心に一欠けらの狼狽えも無くあんな事する男と思われるのも、それはそれで困る。
だから言ったけど。まあ、事ここに至っては仕方あるまい。
「まあ、今すぐピンとは来ないだろうけど、でも覚えておいて欲しい。」
「・・・一応、分かった。理解はした。」
「ふふっ。じゃあ、分かってくれた所でそろそろ戻ろうか。雨も上がったし。」
「え?」
マジか。
何時の間に、と思いながら顔を上げると、いつの間にか散り散りになりつつある雨雲の切れ間から、太陽と青空が顔を覗かしていた。
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「すごいすごーい!やーぎゅ、虹!虹!」
「ええ、美しいですね。」
「根っこどこかなー?」
「探索は後日にお願いしますよ、五十嵐さん。」
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「綺麗にかかってんなー。」
「ええ。明日は晴れますね。」
「又暑くなりそうだろい。」
「ふふ・・・部活、頑張って下さい。」
「おう!」
ーーーーーーー
「虹まで出た。」
「ふふっ、綺麗だね。良かった、合羽はもう要らないな。」
「部活出来るんじゃないの。」
「流石に今からは厳しいかな。時間も半端だし、もう帰ってしまった部員も居るだろうし。」
「まあ、そうか。」
雨に濡れた合羽と、諸々の道具を一纏めにして立ち上がる。
(良かった。帰り道雨とかマジ怠いし。)
「千百合。」
「え?何?何か言った、」
ちゅ、
と、額に又キスをされた。
脳内の処理の追いつかない千百合に、幸村は微笑んで手を差し出す。
「行こうか。」
いや。
行こうかじゃ。
行こうかじゃねえし。
「~~~~~~~!あのねえ!さっき言ってた事どこ言ったのよ!」
「逆だよ。もうバレてしまったし、開き直ろうかと思って。」
この神経の太さ。
幸村は確かに、意識はしてるのかもしれない。
でも、そもそもの胆力の違いでそれをカバーするだけの強い心臓がある。
「精市って、私の事殺そうと思ってるわよね。」
「俺はもう、何度か千百合に心臓を止められてるからね。少しは返していかないと。」
「・・・・負けず嫌いが。」
「ふふふっ!あれ、知らなかったかな?」
知ってるけどさ。
赤い顔で呟いた言葉は、雨上りの青空に消えて行った。