Rainy day - 4/4


此処の所、勉強会続きで早めに家に帰る、という事が出来ていなかったし。

思い立ったが吉日、善は急げと先人も言ってる事だし、可憐は今日、早速勉強会をしないでサッと帰る事にした。

今は6月。
もう結構遅い時間なのに、まだ夕日は沈みきらない。

「・・・・・」

歩道橋の上から太陽を真向いに見て、可憐はちょっと目を眇めた。

何時ぶりだろう。
夕日を帰りがけに見るなんて。

最近ずっと、忍足と一緒にすっかり日が暮れてから帰る生活が続いていたから。

(綺麗だなあ・・・)

本当に綺麗。
なんだか心まで沁みて来るようで。

昼過ぎまで雨だったから町全体が未だ濡れていて、夕日が雨粒をキラキラ輝かせている。
ああ、こんなに綺麗だったかなあ、この町。

何故かちょっとだけ滲んでいる涙も、乾かしてくれそうな気がする。


「あー!ちょっと!足元気をつけろ!」


「えっ?えっ、ちょっ、きゃあっ!」

足元、と言われて慌てて足を上げたのがいけなかった。
いつの間にかどこかから転がってきたボールを思い切り踏んで、可憐は派手に尻餅をついた。

「あーあ・・・わり!ごめんな、ねーさん!」
「あててて・・・ううん、ごめんね、踏んじゃっ、て・・・」

可憐は思わず言葉を途切れさせた。

目の前に居たのは、同い年くらいの。

(・・・女の子?いや、男の子、ううん、女の子、でも・・・あ、あれっ?あれれっ!?)

少女か?少年か?

じっくり見ても判断がつかず、可憐は失礼と思いつつも顔をまじまじと見てしまう。

「何?俺の顔になんかついてる?」
「あ、ううんっ!そういうわけじゃない、んだけど・・・」

(俺、って言ってるよねっ?ショートカットだし、ズボンだし、)

でも、喉仏が無い。

「あ、あのっ。」
「?」
「ご、ごめんねっ!先に謝りますっ!あのう・・・女の子?」

パシ。
と音を立てて、その子は片手で目元を覆った。

「・・・女に見える?」
「あっ、男の子!?ごめんね、間違っちゃった、」
「男に見える!?」
「あ、や、あわわわ、わ、わかんなくてっ!」
「何でわかんないんだよ!この髪!このファッション!この言葉づかい!どう見ても男だろ!」
「で、でも喉仏が無い、ように見えるんだもんっ!」
「喉仏ーーー!喉仏は流石に作れねーーー!ねーさん!そこ見んの止めよーぜ!な!な!」

(な、なんなのこの子っ!?何何何!?)

結局どっちなのかさっぱり分からない。
言ってる事も分からないと言うか、話が見えない。

「ええと、結局どっちかっていうと、」
「男だ!」
「・・・・・」
「男!」
「・・・女の子だよね?」
「男!」
「えええっ!?」

でも、かなり微妙なラインではあるけれど、女だろう。
こうまでムキになって男だ男だというのがそれを裏付ける。

それに、髪やファッションはどうとでもなるが、喉仏はそうはいかない。

落ち着けば、女だという事は普通に分かる。
少なくとも生物学上は。

「兎に角!俺は男なの!女扱いすんな!」
「じゃ、じゃあトイレや更衣室は男子の方に行くのっ!?」
「・・・いや、それは行けねえけど。」
「ね?」
「ううう・・・・」
「・・・どうして、そんなに男の子だと思われたいのっ?」

言ってから、あ、しまったと可憐は思った。
もしかしたら、何かとても深い事情があるのかもしれない。
本人が男だと言うなら、そうなのと言って引っ込めば良かった。

謝ろうと可憐が顔を上げると、目の前の少女は目をキラキラさせてこっちを見ていた。

「え、あの、」
「それは!男の方が!かっこいいから!」
「・・・え?」

少女は、ズビシ!と明後日の方を指差して言う。

「だって、女とか弱そうじゃん!男の方がさ、強くてかっこよくて、なんかこう、ズバッ!シュピーン、ドッカーン!って感じじゃん!」
「・・・・・」

分かった。
いや、実際世の中には事情があって男装したり女装したりしている人は幾らでも居るのだろうが、少なくとも、目の前の少女に深い事情などない事はよーく分かった。
あれだ。
ただの中二病だ、これは。

「だから!俺は自分の事を私とは呼ばないし!スカート履かないし!可愛い事よりかっこいい事を目指しているわけだ!」
「そ、そっか・・・」
「そう!分かったら、俺の事はちゃんと男扱いするよーに!」

女の子に向かって「ちゃんと」「男扱い」という、このおおいなる矛盾。

まあ、良いけど。

可憐も、形や方向はどうあれ、こういう一過性な主義主張をしたがる気持ちは分かるし、自分達位の年にはまま見られる現象だ。
別にこっちに害があるわけでも無い。

「と、兎に角、ボール踏んじゃってごめんねっ?はい!」
「ああ!そうだそうだ、その話だった!あざーす!・・・と。」

少女は可憐からスーパーボールを受け取ると、可憐の全身を上から下まで見た。

「な、何かなっ?」
「良く見たら、それひょーていのせーふくじゃん!」
「うん!そうだよ、私氷帝生だからっ!」
「マジ!?うわ、すんません!先輩なのに、めっちゃタメ語で喋っちまって!」

(ん?)

先輩。
という事は。

「氷帝生なのっ?」
「いや、まだ違うっすよ!俺、外部受験なんで。」
「あ、幼稚舎じゃないんだねっ?」

(って、事は、千歳ちゃんの事は知らないか。)

少女はにっこり・・・と言うより、ニカッ!という響きが似合う笑顔で、可憐に笑いかけた。

「来年受験して入るんで、一丁よろしくっす、先輩!」
「あ、うんっ!受験頑張ってねっ!」
「はい!そんじゃ、俺はこれで!」

そう言って、少女は去っていった。

可憐は嵐のようだなあ・・・なんて思いつつ、その背に手を振る。

(元気な子だなあ。でも、悪い子じゃないみたいだよねっ!)

さっきまで胸にかかっていた、良く分からない靄のようなものが、今可憐は随分薄まっているのを感じた。

又会いたいな。

なんて思った矢先。

「・・・って、ああっ!自己紹介してないっ!」