「お疲れ。」
「お疲れ様。見てくれて有難う。」
「別に。」
千百合はホッと溜息を吐いた。
良かった、見られた。
思わぬイレギュラーが入ったが、自分はちゃんと見届けることが出来たのだ。
「なんだか、賑やかだったね。」
「ああ、ちょっとね。」
「あの人はやっぱり、どこかのジャーナリストの人なのかい?」
「そ。えーと月刊プロテニス?だったっけかな。」
「そう・・・まあ、そうだとしてもあまり騒がれると困るね。選手の集中力に関わるし。」
「精市、集中できてなかったの?」
「いや、俺はしていたよ。ただ、相手校としても迷惑だろうし、こっちにもそれで調子を崩す人が居るかもしれないから。多少の大声は、応援団も居るから良いけれど、さっきのは流石にね。」
なんて言ってる幸村は、今この時東京にて、小鳥遊なんて目じゃないくらいの集中のかき乱し行為・・・氷帝コールが響いている事を知らない。
「後で、俺からも言っておくよ。」
「そう。」
「ああ、そうだ。それから。」
「?」
「俺は、あの人の騒ぐ声はそんなにちゃんと聴いていなかったけれど。」
幸村は微笑んで囁いた。
「千百合が「試合見てる」って言ってくれたのは聞こえてたよ。有難う。」
千百合はじわじわ顔に熱が上がってくるのを感じた。
言ったけどさ、確かに。なんでそんな事はきっちり聞いてるんだよ。
というか、大体大袈裟なんだ。
試合見てるなんて、その為に来たんだから当たり前だろ、そんなの。
いちいち喜ぶなよ。
なんて思ってたら、幸村は可笑しそうにクスッと笑う。
「誰に頑張れって言われるより、俺は千百合に見てて貰えるのが、一番集中できるんだよ。」
千百合には分からないかもしれない。
あの喜び。
そして同時に襲い掛かる、あの心地良くも大きいプレッシャー。
世界で一番かっこいい所見てて欲しいと思ってる人の前で、大舞台が始まるあの感覚は、自分の頭をすっと冷まして、いつもより高い集中力を呼び起こす。
相手が強くなればなるほど。
簡単に勝てなければ、勝てない程に強くなる意思のブースト。
「千百合は勝利の女神様だからね。」
「~~~あのね、」
「そうそうそう!その話よその話!」
割って入ってくる声に、千百合は溜息を禁じ得ない。
「おい!今さっき反省すると言ったのにその舌の根も乾かぬ内に、」
「だから反省するわよ!試合中はもう騒ぎません!でも今は試合してないわよ、だから良いの!」
「屁理屈を・・・!」
「あの強引な流し方は、流石に大人だなw」
「言われた事を逆手に返すのは、真田の様な真面目なタイプにとても有効だ。おそらく其処まで踏まえて返しているのだろうな。」
「その辺の咄嗟の判断は、流石ジャーナリストと言った所じゃの。」
「詭弁だと切って捨てても良いんでしょうが。」
「真田の性格だとそれも難しいんじゃねえ?」
「お前が言ったんだろ、とかって言われると弱いからな真田は・・・」
「きべん?紫希ぴょん、きべんって何ー?駅弁の仲間ー?」
「違います。ええと詭弁と言うのは、そのう・・・正しいように聞こえるけれど、実は正しくない話。という事です。」
勿論、小鳥遊自身は詭弁だという事は重々承知。
ジャーナリストには図々しさだって必要よね!なんて思っているが、ジャーナリストとか関係なく、純然たる小鳥遊の品性の問題な事には全員気が付いている。
「改めまして、幸村君!私、月刊プロテニスの小鳥遊ひたきよ!代表として、君に名刺を渡して置くわね?」
「あの、俺ではなくてそう言った事は佐川部長に、」
「佐川君が部長なのは知っているわよ。」
小鳥遊はすっと真面目な顔になって言った。
「でも、私としては君に渡したいの。はっきり言うけれど、今日試合を見させて貰って、君が誰より部で強く、そして人を纏める力があるわ。今は1年生だから「部長」の肩書がついてない、ただそれだけの話よ。今年の立海・・・扇の要は間違いなく、幸村君。君だわ。」
多分、佐川に渡しても佐川も自分と似た事を思うだろう。
立海の代表は幸村だから、と。
例え形だけは部長であっても。
「・・・分かりました。受け取ります。」
「有難う。助かるわ。」
そう言って笑う小鳥遊の目に、確かにこの瞬間までは知性が宿っていたのを幸村は見たのに。
「で!本題に入るわね幸村君!幸村君の彼女は千百合ちゃんだって皆から聞いたんだけど、それは本当なのかしら!?」
「ああ、消えてしまった・・・」
「え?消えた?何が?」
「いえ、何でも。それより小鳥遊さん。」
「はいはい!なあに!あ、でも質問の前に、何時から何が切っ掛けで付き合いだして何処が好きなのかっていうのを、5W1Hをちゃんと踏まえて詳しくーーー」
「小鳥遊さん。」
声音の温度のあまりの低さに、小鳥遊の動きがピキ・・・と止まったのを皆は見た。
「取材をしたいと思って頂けるのは光栄な事です。ですが、取材と言う名目でテニスと関係ない事ばかり根掘り葉掘り探られても、正直此方は不愉快なんです。」
「・・・・・」
「大凡の性格の取材までは構いません。プレイスタイルや、練習の姿勢に個人の性格はやはり影響しますから、逆にその点は聞かなければならないポイントだと僕も思います。ですが、どういった異性が好みか、恋人は居るかといった質問は本当に必要なんですか?」
「・・・・・」
「必要なんですか?」
「・・・・いえ・・・・」
あれ。
おかしいなあ。
自分、もう、今、30だぞ。
なのに、中学1年生を相手に、怖くて目が合わせられないなんて。
「千百合も、他の3人も、皆僕達を応援するために今日はわざわざ来てくれました。だから、こんな風にこっちの事情に巻き込んでしまった場合、責任を取って迷惑行為を終わらせる義務が僕達にはあるんです。」
「・・・・・・」
「それでなくても、選手達には悪影響です。勝つにしろ負けるにしろ、此処に居る人達は今年の勝利を求めて、皆真剣に勝負しに来ていますので。」
「・・・・・・」
「止めて頂けますか。」
「ゴメンナサイ・・・」
三十路の女性がついこの前までランドセル背負っていた年の子供に対して、ガチの平謝り。
ああ、自分達は今とても珍しい物を見ているんだなあ、なんて一同は思う。
「ねえ、ちょっと。」
「千百合?なんだい?」
「もうその辺で良いんじゃない。泣きそうだし。」
許される物なら泣きたい、という空気が小鳥遊から漏れ出ているのを、幸村以外の皆が感じている。
泣いて許されたいとかじゃない、ストレスのあまり涙が滲み出てくるのである。
情けなさ過ぎてそんな事できないと言う大人のプライドが、必死に決壊を止めているだけの話。
「いや、駄目だよ。きっちり言っておかないと、こういう事は後に影響してくるから。例え千百合が許しても、他の・・・」
「ゆっきー。ゆっきー。紀伊梨ちゃん達、もー怒ってないお?」
「まあ元々、怒るって程俺達は怒ってなかったけどねw」
「小鳥遊さんも、もう分かってくれたと思いますし・・・」
もうそろそろこの辺で納めておかないと、試合には尾を引かないかもしれないが、小鳥遊の一日に尾を引いてしまう。
いや、もう十分引いてるような気もするけど。
「小鳥遊さんでしたね。貴方ももう、十分分かったと思います。」
「はい・・・」
「今後、取材と称した悪ふざけは止めて下さい!良いですね!」
「はい・・・」
「ぼっこぼこだな・・・」
「ま、しょうがねえよ。」
「あれくらい言わないと分からない人というのは居るものですよ。言っても分からない人も居るのですから。」
「「ああ・・・」」
「何で俺が見られるんじゃ。」