「なので、うちでいう基礎練習の範囲というのは、」
「成程成程。こっちのメニューを外す代わりにこっちを入れる事で、バックハンドの強化にも繋がるというわけね。ふむふむ・・・」
サアサアと雨の降りしきる中、小鳥遊はガンガン取材を進めていた。
「うん!有難う!知りたいと思っていた事は概ね聞けたわ!」
「他にはありませんか?」
「うん、そうね!他の事は、又後日。君達の戦績を含めて聞かせて貰えるかしら?」
「分かりました。有難う御座いました。」
「こっちこそ有難う!いやー、こんなに時間を取れるとは思ってなかったわ!」
「ああしていれば、いっぱしの記者なんだけどな・・・」
「急に箍っつうか、螺子外れるよな。」
「あ、あはは・・・」
3強と真面目にお話し中の小鳥遊は、端から見ていても流石の着眼点。安定した話運び。
なのに、反面思い出したようにああなるのは何故だろう。
「螺子と言いましょうか、半分はもう発作の様なものなのでは?」
「自己紹介にいちいち「独身」とか付けとるからの。神経過敏なんじゃろう、その辺の話題にーーー」
「いやー、しかし幸村君の彼女が千百合ちゃんとはねー!」
ほら。
もう、言った傍から話が飛んでる。
「あのですね、」
「分かってる、分かってるわよ!これは、私の個人的な感想なの!違うのよ、ちょっと吃驚しちゃってー。私、幸村君みたく大人しめの子は紫希ちゃんみたいな子がタイプかと思ってたのよね。」
「へ?」
急に名前を出されて、紫希は手に持っていたペットボトルを取り落とすかと思った。
「ほら!千百合ちゃんも可愛いけど、幸村君って性格的には、3人女子が居る中で紫希ちゃんに一番近いじゃない?だからなんとなくそっちなのかなーって。」
「性格の近い遠いは、関係ないかと思いますが。」
「やあね、あるわよ!性格遠いと、なんだかんだ喧嘩は絶えないんだから。」
(あれは知ったかぶりか?)
(知ったかぶりというよりは、耳年増に近いだろうな。)
彼氏居た事ないくせに、何を偉そうに。
と、思いはすれど言うと面倒なので。
「実際どうなんじゃ?」
「はい?」
「お前さん、幸村を良いなと思った事は無いんか?幸村側は兎も角、お前さんみたいな大人しい女子は、ああいうのが良いんかと俺も思うが。」
「え、え!?」
「仁王君、女性にそういった冗談は失礼ですよ?」
「面白そうじゃろ?」
確かに面白いかもしれない。
見ている分には。
本人には良い迷惑だが。
「どうと言われましても、別にというか・・・」
「なんじゃ、不満か。」
「不満ではないです!そうじゃなくてその、そんな風に思った事が無いと言うか、」
「ま、幸村君が黒崎大好きだもんな。」
「イメージついてる、っていう所あるのかもな。」
「ああ、それはあります。私にとって幸村君って、千百合ちゃんの恋人というインプットをされてしまってて。」
そして多分、それが修正される事は今後無い。
それで紫希に不都合も無い。
「あら、じゃあ棗君は?」
「春日!悪い事は言わん、黒崎棗は止めておけ!」
「急にどうしたんだい、弦一郎?」
「どうしたも何もない。悪い奴だとは思わんが、春日の手に負える男ではないだろう。」
「まあ、データ上春日が上手になれる確率は限りなく低い。進んで勧める気にはなれないな。」
「黒崎だもんな・・・」
「友達っていうんなら、面白い奴なんだけどなー。」
「しかし、お付き合いとなると又勝手に写真を撮られるなどするやもしれませんよ。」
「知らん間に、何から何まで把握されてそうじゃの。」
「そ、そんな事しませんよ多分・・・」
絶対、とは言えないのが悲しい。
だって棗だもん。
「じゃあ、紫希ちゃんのタイプってどんな男の子?」
「ええっ!?う・・・す、好きになった人が、」
「却下ー。」
「ええっ!?」
「はあ・・・あのね、紫希ちゃん?そういう、玉虫色の意見は今は却下よ!優しいとか!好きになった人がタイプとか!そういうはぐらかしは今良いのよ!もっと具体的に!」
「そんな事言われても、分かりません・・・!」
「・・・止めんのか?」
「行きすぎたら止めるけれど、この位までなら許容範囲かな。春日にとっても良い事だし。」
「どういう事だ?」
「春日も五十嵐も、こう言った意味での自意識が薄いからね。偶には、我が身の事を考えるのも良い機会だよ。」
子供の思春期を見守る親の様な心境の幸村は、助けてくれない。
真面目で流す事も出来ない紫希は、周りの意図通りまともに考えてしまう。
(タイプ・・・タイプ・・・好きなタイプ・・・わ、分からない、分かりません!考えれば考える程・・・)
「悩んどるのう。」
「良いわよ、良いわよ!お姉さんは待つわ!」
「今は余裕を発揮する場面には見えませんが。」
ぐるぐるする紫希を皆が見守る中、桑原は隣の親友にちら・・・と視線を投げた。
「・・・・・」
「?何?」
「いや・・・」
お前ももう少し、自意識濃いめにしてみたらどう?
と促したいような、促すの怖い様な。
(タイプ・・・好きなタイプ・・・どういう人が好きか?って事ですよね・・・?)
でも、人にはそれぞれ各々違った魅力があるのであってさ。
それは男女問わず素晴らしい物だと思うし、いや、自分にはそんなもの無いけれど、いや、矛盾してる事思ってるのは分かってるけれど・・・
(・・・あ!)
「あ、あの!」
「お、結論が出たようじゃき。」
「はいはい!聞くわよ!」
「わ、私・・・私が持ってない物を持ってる人が、良いです!」
紫希は晴れやかな顔で言った。
これだ。
自分の中でしっくりきた。
多分これ。此れが一番近いに違いない。
「・・・それは、ご自分と真逆、という事でしょうか?」
「はい!ええと、ですから・・・
明るくって、
自分に自信があって、
はきはきしていて、
物怖じしなくて、
余裕があって、
そんな人が素敵だと思います。」
今、その条件を聞いて各々の心中に横切ったのは誰の顔だったか。
「成程、欠点を補い合える相手という事だな!お前らしい答えだ。」
「はい。あ、でも、私欠点だらけなので私の逆と言うと、」
「そう言った物言いは止めろ!何度言わせるつもりだ!」
「は、はい!ごめんなさい!」
「ふふっ。確かに弦一郎の言う通り、春日らしいね。」
「楽しそうだな、幸村。」
「そうかな?ふふっ、でもそうかもしれないね。この手の話題は、いつも俺は皆から一方的に振られているから。」
「確かにそうだな。」
「「「・・・・・・」」」
「へー!でも確かにらしいっていえばらしい・・・お前ら、どうしたんだよい?急に黙っちまって。」
「「「別に。」」」
「?」
こういうの、周りとしてはとても困る。
何処までわざとなんだろうか。
いや、わざとじゃないんだろうけど。だから困ってるんだけど。
「へええ・・・紫希ちゃんも、自分と似たタイプはそんなに、って感じなのかしらん?」
「あ、いえ、似た性格の人が嫌いというわけじゃないんですけど、そのう・・・やっぱり、私が苦手な事をサッとできる人って、憧れてしまうと言いますか、尊敬するので・・・」
「逆に、良い所は似ていても良いよね。」
「?というと、つまりどういう事だ?」
「例えば春日は優しい性格だけど、其処は逆をわざわざ取る必要は無いと思うんだ。同じように、優しい性格の人で良いんじゃないかな。」
「私、」
「優しくは無いと思うとお前は言うが、此処で自分を卑下すると話が進まない。」
「進めなくて良いんですよ・・・」
「え、なんで?面白えじゃん?」
「止めて下さい・・・!」
恥ずかしいから、あんまりこの話題引っ張らないで欲しいのだが。
しかし、幸村が話題に乗っている時は、なかなか切りにくい事を紫希は良く知っていた。
「となると、さっきの条件に加える事になるダニ、更に人物像が絞り込まれるのう。」
「そうですね。他に春日さんの長所と言いますと、例えば面倒見が良い、などでしょうか。」
「ああ。それに、良く頑張るよな。努力家で。」
「あ、あと、お菓子作るの上手い!」
「「「それは、」」」
「え?」
「「「・・・なんでもない。」」」
「なんなんだよお前ら、さっきから?」
それ、皆言わないで避けといてやったのに、お前が言うの?
という動揺から、うっかり声に出してしまった。
あっぶね。あっぶね。
「あ、それから、」
「幸村君、お願いですからもう話題を変えて頂けないですか・・・!」
「ふふふっ!もう少しね?俺は条件に、「我儘」っていうのを付け加えても良いと思うんだ。」
「?それは何処から出てきたのだ?」
「春日だよ。最近春日は、ちょっと我儘になったよね。」
「あう、ご、ごめんなさい・・・」
それはちょっと、自覚ある。
テニスの事とかこの前の包帯巻いた試合の事とかキーボードの事とか、あれとかこれとか。
最近ちょっと、勝手し過ぎかなというのを感じていた紫希はちょっとしゅんとなり、幸村は苦笑した。
そうじゃない。咎めるつもりで言ったんじゃなくてさ。
「あのね春日、」
「良いじゃん?我儘。」
幸村より早く、丸井は言う。
いつもの笑顔で。
「よ、良くないじゃないですか・・・」
「何で?」
「何故と言われても、逆にどうしてです・・・?我儘なんですよ、」
「お前の我儘、可愛いから。」
紫希は絶対嘘だわと思った。
我儘だぞ。
つまり、自己中心的って事だぞ。
どこをどう見たら我儘が可愛いとかいう結論に落ち着くんだよなんて思うのに、目の前の丸井の笑顔が嘘じゃないと頻りに言い募ってくるから、咄嗟の否定が出てこない。
幸村はそんな2人を見てくすっと笑った。
「俺も、春日の我儘は良いと思うよ。」
「え、」
「可愛いというのとは少し違うけどね。要は、自己主張しなさすぎだった春日が自分で色々言ったり行動したりしてるのが、友達として好感を持つというか。良い事だなって思うんだよ。」
小学校の頃より、確実に紫希は変わってきていると思う。意思がより表面化してきたというか。
我儘過ぎるほどに他が儘だった紫希は、今ちゃんと我儘していると感じるのだ。
友人としては、今の紫希の方がより好きである。
「だから、我儘っていうのは悪い意味じゃないよ。俺は寧ろ今程度の我儘具合で良いと思うから、相手もそこそこ我儘で良いんじゃないかなと思っただけで。」
「そ、そう?でしょうか・・・」
「うん。丸井も、そうだよね?そういう事が言いたかったんだろう?」
「ああ、うん。」
厳密にいうと、それも何か違う気がするのだけど。まあ大意は合っているから良いかな。
なんて丸井は適当に流した。
「という事は条件を纏めると・・・どうしました。」
「具合でも悪いのですか?」
「ぢがい”ま”ず・・・!」
小鳥遊は悔しそうにハンカチを噛んでいた。
「なんぞ気に入らない事でもあるんか。」
「あるわよ!私、男の子に我儘が可愛いとか言われた事ないわよ!羨ましい!」
「何か、乙女心?を刺激されててるみたいだな・・・」
「まあ、この手の事は大なり小なり誰しも憧れがある物ですから。」
「きいい!当たってるだけに惨めだわ!あのねえ、紫希ちゃん!」
「は、はい!」
小鳥遊はビシ!と紫希を指差した。
「自分の憧れられる人っていうのは良いと思うわ!でも、明るくって、自分に自信があって、はきはきしていて、物怖じしなくて、余裕があって!加えて優しくて面倒見のいい努力家で、お菓子作りが上手くてちょっと我儘とか、そんな喧しい条件に合う男の子なんて世の中には数える程しか居ないのよ!大人のお姉さんからの忠告を覚えておきなさい!」
「確かに、そうして並べられると本当にそんな男が居るのかという話になるな。」
「あれ?弦一郎は居ないと思うのかい?」
「む、幸村は居ると考えているのか?」
「まあ、あくまで確率の話だ。この世に如何程存在しているか、という事と、身の回りに居るかという事では話が違う。」
「逆に言うと、絶対数が少なくても関係はないとも言えますね。」
「そういう奴が周りに居れば良いっちゅう事じゃからな。」
「ジャッカルどうした?大丈夫か?」
「悪い。ちょっと、聞こえの良さに今眩暈がして。」
「聞こえ?」
何か、とかく親友って身近な存在だから、冷静にスペックを眺める機会なんて無いけど。
こうしてみると、なかなかどうしてだ。
「だからそういう事を踏まえて・・・ちょっと紫希ちゃん!?聞いてるの!?危機感持ってる!?」
「あ、聞いてますけれど・・・危機感はあまり・・・」
「持てよ!そんなんじゃ、何時まで経っても彼氏なんて」
「小鳥遊さん。私、彼氏なんて出来ませんよ。」
紫希は信じ切っている。
太陽が東から上るように当たり前で、息をするように自然な事。
自分に恋人なんて出来ない。
自分みたいなのにそう言う意味での好意を寄せられて応える気になるなんて、そんな奇特な人間、この世に存在しているわけはない。
自信過小が一周回って、逆に澄み切った自信満々の目になる紫希に、小鳥遊はつい勢いを削がれてしまう。
「いや、あの・・・お、お姉さんそこまで言う気は、」
「いえ、良いんです。良いんですと言うか、それは事実ですから。」
「何で?」
丸井は解せない。
別に、紫希に彼氏がいる図って、そんな変な物じゃないと思うのだが。
「そりゃ今居るわけじゃねえけどさ、別にこれからの事は分かんねえじゃん?」
「分かりますよ。私もし自分が男の子だったら、私みたいな女の子絶対相手にしませんもの。意気地なしで、役立たずで、臆病なくせに我儘で。面倒くさいと言ったらないです。」
自分が如何に面倒な性格か、紫希はよくよく分かっている。
友達に向かってだっていつも迷惑かけてると思うのに、恋人なんかになってみろ。
相手の男子に同情を禁じ得ない。
頑張ろうとはしてるけど、それは頑張ってるだけ。
結果なんかまだ全然出てない、と紫希は思っている。
「あのな、」
「あーーーーー!居たーーーーーー!」
雨が未だ降っているのに、雨音なんてものともしない声量。
「紀伊梨ちゃん!」
「紫希ぴょーん!皆もー!もー、何処行ってたのー!元の所戻ったら居ないから、めーっちゃ探しちゃったよー!」
「す、すみません、雨が降ってきたので屋根のある所に移動になってしまって、」
「五十嵐。」
「あー、ゆっきー!ただいまー!」
「お帰り。ねえ五十嵐、携帯が通じなかったらしいんだけれど。壊したのかい?」
「う!い、いやー・・・ちょーーーっと?落としちゃって?水溜りに?」
「やはり水没していたか。」
「たるんどるぞ!こういった非常時にこそ、携帯すべきものは万全の状態で「携帯」しておかんか!」
「うっかりだったんだよー!わざとじゃないんですー!」
「失礼ですが、貴方は?」
「あ、いや、俺は・・・」
「あ!お前あれじゃん、地区予選の時の瀬良中の奴だろい?」
「そ、そうだよ!見学しに来たら、彼奴が立ち往生してたから助けてやったんだよ!文句あるか!」
「誰もそんな事言うとらんぜよ。」
「連れてきてくれたんだよな?有難うな。」
テニス部としては、敗退しても続きを見学したいという発想は分かるから、米原が居る事には疑問は無い。
本当に携帯が水没していたようだし、偶々通りがかってくれてラッキーだった。
多分米原にとっても。
(あ!そうだ、千百合ちゃんと棗君に連絡を・・・)
あの2人は、紀伊梨を探すつもりで出て行った。
帰って来れたと、伝えなければ。