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「どうしたw」
「紫希だ。もしもし?」

千百合と棗は今、程なく離れた自販機が集まったエリアに居た。

2人は紀伊梨の姿を探して、先ずトイレからトイレへと移動したが一向に見つからなかった。
段々入れ違いの可能性が濃厚になり、喉も乾いた所で丁度自販機が見えたので、小休止していたのだ。

「ん。ん。分かった、オッケ。うん。はい。戻るわ、うん。・・・ふう。」
「なんて?」
「紀伊梨帰って来たって。彼奴、携帯水溜りに落としたらしいよ。」
「やっぱり水没かw」
「馬鹿なんだからもう。」

まあ、所在が分かって良かった。

安心してジュースを選ぶかと、2人の空気が少々弛緩した、その時だった。




「黒崎、千百合ちゃん?」




何処かで聞いた声。
そうだ、確か丁度1月くらい前にも、そうやって落ち着いた口調で。
そして自分じゃなくて、幸村を呼んで連れて行ったね。

「・・・どうもw」
「何。」

彼女ーーー華村は、口調に違わぬ落ち着いた微笑みを浮かべて2人の背後に立っていた。

「貴方は、お兄さんの棗君ね?少々妹さんをお借りしたいのだけど、駄目かしら?」
「何故俺に聞くw妹に聞いて下さいよw」

双子ってこういう時は楽だ。
自分の思う事は、大概棗も思う事だから。

「何?」
「場所を変えたいのだけれど。」
「それは嫌。此処で言えよ。言えないなら聞かない。」

何の用事か知らないが、他校である限り基本は敵である。
みすみすあっちの言う事に従う義理は無い。

幸村は律義だからついて行ったが、自分は幸村じゃない。
良い子ちゃんで言う事を聞くとは思わないで欲しい。

あくまでもアウェイについて行く気は無いと空気で悟らせる千百合に、華村は苦笑した。

「・・・調査通りの警戒心ね。良いわ、此処で話しましょう。」
「調査って言うてもうてるやんw」
「あら良いのよ棗君、そんな演技をしなくても。私が下調べを綿密に行う質なのは、貴方達皆、知ってる筈だわ。」

何せ立海には柳が居る。
この程度の事は、駆け引きの材料にもなりはしない。

本題は此処からだ。

「用件に入るわね。千百合ちゃん。


うちの学校に来てくれないかしら?幸村君を引き入れる為に。」


幸村の事は、伏せない。
伏せたって意味が無い、時間の無駄だ。

「嫌。」
「そう言うと思ったわ。でもね、千百合ちゃん。これだけは覚えておいて欲しいの。私は確かに立海の教師ではないけれど、幸村君が憎いわけではないわ。」
「何が言いたいのよ。」
「私は、幸村君の為にもこの提案をしているという事を、忘れないでという事よ。」

千百合の大凡の性格は、調べて分かった。

基本的に外弁慶。
警戒心が強く、懐に入れた人間以外の事に然程興味が無い。

だから、突くなら此処。
外弁慶という事はつまり、内の人間の話題を出されると弱いという事だ。

「勿論、幸村君の為だけとは言わないわ。こっちにだって打算はある。うちは強い選手が欲しいの、それを否定する気は無いわよ。でも、幸村君はうちに来ればもっと伸びる。伸びる事が幸村君にとって良くない事だとは、流石に貴方達だって言わないでしょう?」
「・・・・・・」
「・・・まあ、確かにね。」
「おい妹、」
「其処は本当でしょ。精市に向かって伸びない方が良いって、あんた言えんの。」
「そうだけどさー・・・」

千百合は、幸村が如何にテニスに対して真剣か良く分かっている。
それ故、幸村の+になるのであれば、それに越した事は無いと思っているし、幸村もその考えは持っているだろう。

問題は。

「そっちに行ったら伸びるっていう保証は何処にあるわけ?」

華村は悠然と微笑みを深くした。

「今この場にはないけれど、あるわよ。我が部自慢のスパコンにね。」
「スパコン?」
「私の方針に、メンタルの入る余地はあまり無いの。スポーツの世界であっても、数字が正確且つ正直な指標である事は疑いようのない事実だわ。個人のデータを元に、それぞれに最も適した練習方法を用いる事で、パラメータを限界まで伸ばす。これがうちのやり方。そして・・・他所では出来ないやり方よ。」
「・・・それってつまり、おたくの練習には無駄がないから?だから伸びるって事すか?」
「御明察よ、棗君。正確に言うと、他所の練習も無駄とは言わないけれど、効率を無視しているわ。ある程度は考えられているでしょうけど、それまでの話よ。中学生で居る期間は3年間。有限の時間の中で、練習の効率を考えなくてどうするつもりなのかしら。」

華村は、ある意味では千百合と棗の事を高く買っていた。

この2人に、言い包めや勢いは通じない。
筋道だった話をしなければ、あっという間に逃げられる。

理論に隙を作らない事。
華村はこの点を徹底していた。

「でも、言う割に結果は出てないんじゃないの?」
「そうね、其処も突っ込んでくると思っていたわ。耳が痛い所だけれど、それは認めるわよ。でも、少なくともうちは、関東大会までは既に常連校なの。立海のように、全国の常連校と比較すると流石に劣るけれど、日本中の中学男子テニス部全体としてランク付けした時、うちは間違いなく上位校に数えられるはず。重ねて言うけれど、うちの方針は人を伸ばすと言う点では間違いなく、最も優れるわ。ただ、伸び代には個人差がある。それが所謂資質・・・個人の持つ才能という事よ。そして、幸村君はそう言った意味で、間違いなくトップクラス。全国一と言っても良いかもしれない素質の持ち主だわ。」
「・・・・」

成程、大体分かってきた。
華村の言いたい事が。

「つまり、そっちの言いたい事としては、素材を伸ばす事に自信があるから、後は伸ばして最強になれる素質側に来てほしい、って事?」
「そうよ、理解が早くて助かるわ。だから私は幸村君に来てほしいの。」
「それをなんで私に言うのよ。」
「貴方から促して欲しいのよ。幸村君に、城成湘南に移るようにとね。貴方が言うなら、幸村君は必ず考える筈よ。」
「私がーーー」
「言う事を聞くと思っているのか、と考えているわね?でもね千百合ちゃん、貴方は賢い子だわ。分かっている筈よ、立海だからとか城成湘南だからとかそういう学校の括りはどうでも良い事。幸村君個人の事を考えてあげた方が良いという事を。」

今敵であるのは、学校が違うから。
幸村の所属が変われば、華村は一転して味方となる。

そして、自分が味方になる事で幸村は立海に居ては到底辿りつけない領域に行けるプレイヤーになれる。

現状味方じゃないからという理由で、無造作に自分をシャットアウトするような性格は、千百合はしていない。
賢者とはそういうもの。取り敢えず、一度話を聞くのは聡明な証拠だ。

そして予測通り、千百合は幸村が転校する事についてのプレゼンを聞いてくれた。
もう一押し。
千百合が必要である事のプレゼンをせねばならない。

「幸村君が立海を移らない理由については、色々本人から聞いてるわ。それはそれで筋が通っているし、一理はあるけれど、長い目で見ると、幸村君の為にはやっぱりうちに来て貰うのが良いと思うのよ。でも、彼の意思は固いわ。私の言う事を信じてくれていない。だから千百合ちゃん、貴方にお願いしたいの。


「幸村君の」為に、ね。」


此処。
此処を間違えてはいけない。

千百合のようなタイプに、貴方の為にもとか言っても逆効果。

相手の為に、を強くアピールする。
これが何より大事。

「・・・・・・」
「立海に愛着があるのはよく分かるわ。お友達だって居るでしょうし、幸村君は今のチームメイトとも離れなければいけないし。でも、別に学校が変わったからと言って、プライベートまで敵同士になる必要は無いでしょう?オフには会って遊べば良い。連絡だって、好きなだけ取れば良いわ。

貴方に何よりも考えて欲しいのはね、千百合ちゃん。中学校を卒業する時、立海に居続けた幸村君と城成湘南に移ってきた幸村君では、後者の方がまず間違いなく強い、という事よ。」

幸村がテニスに対して如何に真摯か、それを千百合が分かっていない筈は無い。

だからこそ千百合は話を聞かざるを得ないのだ。
幸村の為になる事なら、やりたいと思う千百合だから。

「貴方の言う事なら、幸村君は考慮に入れてくれるわ。もしなんなら、幸村君が移ってくれた暁には、お礼として貴方の転校も取り計らいましょう。幸村君の近くに居たいでしょうから。棗君や、お友達も便宜を取り計らうのは可能だけれど・・・まあ、彼女達は例え幸村君が移っても、自分までは倣うか分からないわね。千百合ちゃんが移っても、学校を跨いでバンドの活動をするなんていうのは、良くある話だし。」

(そこまで調べられてんのかー・・・)

バンドの事まで把握しているとは、棗は逆に感嘆した。

自分達なんて、テニス部ですらない、数ある幸村の友人の中の数人なのに。
良くも其処まで徹底出来るものだ。
華村がきっちりしているのか、きっちりするだけの価値が幸村にあるのか、或いはその両方か。

「くどいようだけれど、千百合ちゃん。これは幸村君の為でもあるの。本人が望む道と、本人の為になる道は重ならない事が度々あるわ。今はその時なのよ。幸村君は気が進まないでしょうけど、幸村君の為に。お願いね、千百合ちゃん。」
「・・・・・」

華村は言い終えると、目元を弛緩させてフッと微笑んだ。

「話はこれで終わりよ。付き合わせてごめんなさいね。又明後日、関東大会に向けてお互い頑張りましょう。」
「明後日?後半戦って1週間後じゃ、」
「うふふっ。この時間でこの雨じゃ、二回戦、三回戦は今日はもう無理よ。予備日を使う事になるわ。」

傘を広げながら振り返る華村。


「後半戦は、晴れると良いわね。」


にこ!と笑って、雨の中華村は消えて行った。

その背を千百合と棗は見送る。

もうすっかり、ジュースを飲むような気分が失せてしまった。

「・・・・・・」
「・・・あの人だったんかね。」
「何が?」
「幸村が、ほら。見られてる気がする、って。」
「多分ね。此れが言いたくて、こっちの事窺ってたんじゃない。」

そんな事してる暇があるのなら、自分とこの試合見ててやれば良いのに。

と思いつつ、まあ、地区予選の時の華村のやり方を見ていると別に不思議ではないかな、とも思う。
華村の中で、関東大会までは「前哨戦」以上でも以下でもないのだ。

「って事は、思いがけず小鳥遊さんに助けられたって事になるのかねw試合中に来なかったのは、多分あの人が居たからでしょw」
「ちょっと、思うのは勝手だけどそれ言わないでよ。調子に乗るから。」
「言わないよw」

親とかなら兎も角、月刊プロテニスの記者はまずいと思われたのだろう。
転校など済ませた後なら兎も角、事前にすっぱ抜かれて騒がれると華村には迷惑なのだ。

「・・・で?」
「あ?」
「お前どうすんの?言う事聞くの?」

勿論無視るでしょ・・・と断定しかねる所が、棗はつくづく上手いなと思っていた。

あくまで「幸村の為」を前面に押し出してくるあのやり方。
良いように踊らされているだけ、それがあっちの狙いなんだからと切って捨てるのは簡単だが。

でも。
本当に、華村にとってのメリット・デメリット抜きで、幸村の為になるのなら。

「・・・・考え中。」
「やっぱ、考えてはいるか。」
「まあ、彼奴の言う事聞くのは癪に障るけど、「癪に障るから」っていう理由で精市のテニスの邪魔するのもなって感じ。」
「まあねー。だから結局、彼奴のテニスにとってどの環境が一番良いのか、って話になるんだろうけど。」

それこそ、である。

いつだったか少し話題に出たように、幸村の中で千百合とテニスは不可侵なのだ。

だから、千百合が立海に居るからというのは、幸村が立海に居る理由にならない。
幸村が立海に居るのは、それが自分のテニスには良いと幸村が決めたから。
ビードロズはそれにくっついて来ただけに、過ぎないと言えば過ぎない。

「でも反論の材料もあるんだよなー。」
「そりゃね。精市は私よりテニスの事知ってるんだから、精市より良い判断が私に出来るわけないと思ってるけど。ただ、」
「それはあくまで「お前が」って話。あのせんせーが幸村より良い判断が出来ないかって言われると、それはわからん、って感じだよね。」

こういう時、大人と言うのは強いなと思う。
年の分だけ、知ってる事が多いのは否めない。

勿論知らない事だってあるだろうけど、テニス部の顧問に向かって、自分達が如何程知った風な口をきけるとかと言われると、どうも。

「幸村には相談すんの?」
「それも考えてから決める。」

一応時間は、まだある。

1週間後か。
後半戦になって顔を合わせる時まで。

それまでには、結論を出そう。
言ってみるか、止めるか。