「改めまして、初めまして。春日紫希と申します。」
左斜め前の桑原にペコ、と会釈する紫希。
正面には丸井が座っている。
「ジャッカル桑原だ。よろしくな。」
「はい。よろしくお願いします。」
「そんな固くならなくて良いって。ジャッカルなんだし。」
「どういう意味だよ!」
「そ、そうはいきません!やっぱり失礼があってはいけませんし、」
「あ、いや。ブン太のいう事は置いといて、固くならなくて良いのは本当だ。」
真面目で遠慮がち。
それを通り越して引き気味、人見知り。
物腰は穏やかで柔らか。
つくづく不思議だ。
「・・・さっきの話だが。」
「はい?」
「春日は本当に、「あの」黒崎の友達なのか?」
「・・・はい。」
苦笑いしか出来ない紫希。
「ジャッカルんとこの黒崎って、彼奴だろい?双子の兄貴の方の。」
「そうだ。」
「彼奴がなんだよ?なんかおかしいのか?」
「おかしいというか・・・」
「びっくりするくらい自由人なんです、棗君って。」
紫希がジャッカルの言葉を引き取った。
「頭も要領も良いですから、先生方は全然気づいていませんけれど、授業はあんまりまともに受けていませんよ。」
「そうなのか?」
「小テストなんかじゃ満点だし、当てられてもサッと答えるから真面目に見えるけどな。ノートの下にiPad入れて、エクセル弄ってニヤニヤしてるぜ。」
「あ、あれはマクロで遊んでらっしゃるんです。」
「マクロで・・・」
「・・・遊ぶ?」
「はい、趣味で。先日、上級マクロ1000という本を買っていらして、2週間で制覇するのが目標だと言ってました。」
「はー。」
感嘆の溜息が思わず出る丸井。
「この前体育でサッカーボールの上に乗ってたんだが。」
「乗る?」
「玉乗りの要領でな。しゃがみこんでたから先生は見えなかったみたいだが。」
「いや、転ぶだろ?」
「と思うだろ?転ばないんだよ彼奴。」
「多分ですけれど、近い内にボールの上でケンケンしだしますよ。」
「「マジかよ・・・」」
「出来るのかな、と思ったら試す性格なんです。その上出来ちゃうので・・・怖いのがお嫌いなら、調理実習中は棗君に近づかない方がいいです。」
「・・・聞きたくないが、どうしてだ?」
「生卵でお手玉するからです。」
「「・・・・・」」
「・・・此処だけの話、人が居ない時だけですけれど、包丁でもやります・・・」
「「死ぬから!」」
想像するだに恐ろしいが、紫希がこんな遠い目で言うのなら嘘や冗談ではないのだろう。
「彼奴何考えてんだよ?」
「それは同じクラスの俺の方が聞きたい・・・」
「あはは・・・で、でも、棗君は一応考えてから行動しますから。危ない事はしますけど、失敗は滅多にしません。ですから、あまりお気になさらず。」
「そうは言うが、あれほど気になる奴は滅多に居ないぞ。」
「でも、退屈はしなさそうだよな。」
「そうですね。棗君と居ると、退屈とは縁遠いと思います。」
そしてその反動を受けるかのように千百合は極めて常識的な性格になった。
あの双子は、あれはアレでバランスが取れているのだ。
「・・・春日。」
「はい。」
「春日はどうして黒崎やブン太と一緒に居られるんだ?」
「おい待て、それこそどういう意味だよ?」
「お前ら2人とも悪い奴じゃないのは分かるが、なんというかタイプが違い過ぎるだろ。」
春日が幸村と友人と言うのは丸井から聞いていて、それはとても納得がいく。
さもありなんという感じだ。
しかしそれと比べて棗と丸井はどうか。
棗は自由人だし非常識だし、紫希では振り回されてしまう気がする。
丸井は良くも悪くも男子っぽさがあるので、春日のような大人しい性格の女子は、この手合いは苦手なのではないだろうかと思うのだが。
「・・・そうですね、確かに性格は全然違うなと思いますけれど。」
「だよな。」
「そりゃそうだけどよー。」
「でも私、棗君の事も丸井君の事も好きです。お話させて頂くと楽しいですし、考え方が違うので新しい発見が沢山あります。なのでその、えと、だから・・・」
「ああ、2人と居て楽しい気持ちは分かった。だから無理して言葉にして話さなくても、」
「違うんです。そうじゃなくて、その、そのう・・・」
目が泳ぐ。
ドキドキする。
せめて誰か、4人の幼馴染の1人でも隣に居てくれたら。
(・・・いえ!駄目!駄目です!)
これだから自分はいけないのだ。
ちゃんと1人でもやらないと。
自分がやりたい事なのに、自分が怯んでいてどうする。
言わないと。
言わないと、言わないと、言わないと。
(言わない、と・・・)
そ、と視線を上げると、正面に居る丸井が自分を見ている。
その眼差しが、紫希の口から言葉を引き出す。
「・・・ご、迷惑でなければ、友達に、なって、頂け、ま、せんか・・・」
丸井はうっかり箸を空中で止めてしまった。
目の前の紫希は顔が真っ赤で眼差しが怯えていて、緊張しきりである。
ご迷惑でなければ。
友達になって頂けませんか。
「・・・え、俺友達じゃねえの?」
「あの、なんというか、勝手に友達と思ってしまっては迷惑かと思いまして、丸井君は優しいですから、無理してお話して下さってるんじゃないかと思って、ずっと・・・」
(ブン太が食べるのを中断してる・・・)
丸井と付き合いの長い桑原としては、そっちが気になって仕方がない。
食券の件と良い、この丸井をいとも簡単に食欲から引っぺがすこの女子はなんなんだろう。
ひょっとして凄い奴なんじゃないだろうかと考える余裕があるのは桑原だけ。紫希はいっぱいいっぱいだし、丸井は昼食より今は言われた事の咀嚼に必死だ。
勝手に友達と思ったら迷惑?
無理して話をしてる?
誰が?
俺が?
「プッ・・・はははははは!あはははははは!」
「お、おいブン太・・・」
「ははははは!お前、やっぱり超怖え奴だろい!」
「怖い・・・!?」
「な?ジャッカルも分かったろい、俺が怖いっていう理由。」
「ああ・・・分からなくもないが・・・」
「わ、私怖いんですか・・・?」
「おう。今迄会った奴の中でぶっちぎり。」
「えええ!?」
(此奴、分かってねえんだろうな)
春日紫希ですと名乗られたあの時、丸井は「やっと会えたな」と強く思った。
此れからは友達だなとも。
なのに今知った衝撃の事実。
なんとびっくり、まだ友達認定されていなかった。いや、友達認定するのを恐れられていた。
おまけに迷惑とか無理してるとか、此処まで綺麗に外されると丸井はもう、色々おかしくて仕方がない。
「よし、じゃあこれならどうだ?」
「へ?」
「ゴホン。」
丸井は箸を置いて、咳払いを1つ。
「春日さん。俺、春日さんと居ると楽しいんで、俺の方こそ良かったら友達になって下さい。」
こんな風に口に出して、人に向かって「友達になろう」とか言うのは何年ぶりだろうか。うんと小さい頃以来だ。
流石に多少緊張するし恥ずかしい。
でも多分紫希の方が今、何倍も緊張していたし怖がっていた。
それなのに自分がビビってなんていられないではないか。
「・・・どうよ?駄目?」
「だ!駄目じゃありません、喜んでお願いします!というかその、えと、あの、私なんかで、ええと違う、えと、その、あの・・・!」
「落ち着け春日。」
「そうそ。慌てなくて良いって。」
そんな事言われたって慌ててしまう。
だって自分に友達が出来たのだ。
それも男子。
おまけに自分1人。
それに。それに。
(今、丸井君、私と居ると楽しいって、友達になって下さいって、)
嬉しい。
どうしよう。
良いんだろうか。
色々混じって紫希はぐるぐるしてしまう。
「あ・・・有難う御座い、ます。こちらこそ、よろしくお願いします。」
「おう!シクヨロ。」
「・・・はい!」
(・・・成る程、これは苦労するな。)
桑原は2人を見ながら苦笑した。
先日、スペシャルライブとやらを見て来た日、丸井はポッキーを上げた女子とケーキを貰った女子が同じだった、と楽しそうに言っていた。
それが縁ってものなのかもな、なんて微笑ましく見ていたのに、まさか此処に来て今更友達がどうのとかいう話になるとは。
「俺も良かったら友達になりたいんだが。」
「あ、此方こそ「お前は駄目♪」
「え、え?」
「なんでだよ!」
「あったり前だろい?俺が今やっと友達になったんだから、お前だって同じくらい時間かけろい。」
「う・・・確かにそう言われると・・・」
「あの、あの、お話して下さいませんか桑原君!私桑原君の事は、棗君伝いでしか存じませんので・・・」
「そうだな、そうしよう。」
紫希はこの日、小さな一歩をこうして踏み出したのだった。