「ふうっ!はあ、はあ、はあ・・・」
可憐は忍足の姿が見えなくなった頃、漸く足を止めた。
ああ、疲れた。
ただでさえしんどいのに、無意味に走ってしまった。
(で、でも、走った意味はあったよねっ?うん、ついてきてない筈っ!)
でも一応念の為、と思って辺りを見回すと、確かに忍足の姿は見当たらなかった。
代わりに。
「あ・・・」
少し離れた所、簡易の机と椅子のあるスペースで、網代が井上のインタビューに応じていた。
井上が何かを聞き、網代が答える。それに対して、井上はさも成程と言ったような動作をし、又次の質問。
遠くて会話は聞こえないけれど、身振り手振りだけでも、上手く言ってる事が良く分かる。
自分では、ああはいくまい。
「・・・・・」
「おい。」
「ふあっ!?だ、誰っ、あ、なんだ向日君か・・・」
不意に肩を叩かれて飛び上がる可憐。
しまったボーっとしてた。よもや追いつかれたかと思ったが、振り向くとそこに居たのは向日だった。セーフ。
「む!なんだとはなんだよ、失礼な奴!」
「ごめんっ!てっきり忍足君かと思っちゃってっ!」
「侑士?なんだよ、探してんのかよ?」
「違う違うっ!逆です、逆っ!」
可憐は一生懸命首を横に振った。
折角頑張って撒いたのに、其処を勘違いして貰うととても困る。
「逆?」
「そうなのっ!私今、忍足君から逃げてる最中だからっ!だから、もし忍足君に会っても私の事は言わないでねっ?」
「良いけど、なんで?」
「そのー・・・簡単に言うとっ!私今、「忍足君に甘えないで行こう」キャンペーン中なのっ!」
「????」
「忍足君はいつも何かと手伝ってくれるけどっ!でも、いつまでもそんなんじゃ、いけないって思うんだよねっ!」
「・・・だから逃げ回ってる的な?」
「う・・・に、逃げ回ってるって言えば、そうかもなんだけどっ!でも、ちゃんと理由があるんだもんっ!だから・・・向日君っ?」
「んー・・・・・・」
向日の頭の中では、今、感情の天秤がちっくらちっくらと揺れている。
それは、良い事なんだろうか。
いや、甘えるのを止めようと言うのは向上心があって良い事だと思うけど。
でも、忍足からしてみたらある日突然一方的に避けられるようになった、みたいなものだと思うぞ。
いや、でも。
ちょっと遠くなるくらいが、可憐の為なのかもしれない。
今の忍足とか、網代との距離感とこれから推測される未来の展開を考えると。
いや、でも。
あ、でも。
いやいや。
でもでも。
困った。
忍足も可憐も大事な友達だから、こういう風に相互に正反対に動かれると、自分はどっち側を手伝うべきか結構迷う。
「・・・侑士に言ったら?」
「えっ?」
「こういうわけだから私を手伝わないでねー、ってよ!ほら、侑士からしてみればいきなり避けられるようになるわけだろ?理由があるのは分かったけど、何も言わないでじゃ侑士が可哀想じゃねえか!」
「で、でもっ!忍足君頭が良いから、なあなあになっちゃうっていうかっ。良いよ良いよ、気にしないでって言って、結局私押し切られちゃいそうでっ!」
「あー、まあ・・・」
確かに、それはそうかもしれなかった。
忍足は物静かな口調だから目立たないが、なかなかどうして人を言い包めるのは得意だ。
「じゃあ、分かった!俺が一緒に言ってやるよ。」
「えっ?」
「1人だから流されちまうんだって。だから俺も一緒になって、その、甘えないキャンペーンだっけ?その為にあんまり構わねーように、って言ってやっからさ!」
この時、向日はごく自然に「構うな」と言った。
手伝うな、じゃない。
構うな。
これは向日もはっきりと意識しない無意識下で、警戒心の様なものが働いた結果であった。
忍足は、今はもう、可憐にあまり構わない方が良い。
その方が可憐にとっては良い。少なくとも悪い方には転ぶまい。
可憐が忍足をどう思っているのかは知らないけれど、忍足は多分網代が好きなのだ。
網代は忍足が好き。それはもう知ってる。
この状況で忍足と可憐が近づき過ぎると、まあ碌な結果にならないのは目に見えている。しっちゃかめっちゃかになり得る。
それなら、お互い友人として寂しいかもしれないけれど、多少遠巻きになる方がまだ良かろう。
少なくとも、忍足と網代が両片思い状態である限りは。
「・・・・・・」
「だから・・・桐生?」
向日の言う事は正しい。
正論という意味でなくて、適切という意味で。
今、この3人に対して俯瞰で物事を見られるのは、近いけれど渦中に居ない向日だけ。
だから向日の推測は基本当たっているし。
妥当だし、そうすべきなのである。
ただ。
「・・・い、良いよっ。」
「は?」
「ほらっ、向日君に其処までしてもらうのも悪いしっ!こういうのは1人でやらないと・・・そう!向日君に甘えてちゃ、頼ってる人が変わったっていうだけで、結局頼ってる事には変わりないもんねっ!」
「はああ?」
自慢じゃないが。
こんなに滑らかに自分の口が回るのは、可憐の人生に於いて初めての経験であった。
まるで自分じゃないみたい。
いや、本当に自分じゃないのかもしれない。
よく分からないが、今自分の中に感じた事の無いタイプの焦りが生まれているのが可憐は分かった。
その焦りのまま、考える前に口が勝手に動いている。
頭は口と違う事を考えている。
何焦ってるの?
別に焦るような事無くない?
一体どうしたの、私。
なんて塩梅で物を考えているから。
「お前、何か話変わってねえ?甘えるのは止めるって、一切合財1人でどうにかするって話じゃねーだろ?」
「だ・・・だよね・・・」
だからこうして落ち着くと、肯定の返事が出て来る。
そう、甘えるの止めるって、そういう意味じゃない。
忍足は今何くれとなく可憐の手助けをしているけれど、その「何くれとなく」の部分を外せと言いたいだけであって、私もう誰にも手伝って貰わないの!全部全部、1人でやるんだから!とか言いたいわけじゃないから。
だから。
「?変な奴。ま、兎に角!俺が手伝ってやるから、言う時は言えよ!良いな!」
「・・・・うん、有難う・・・」
こう返事するしかない。
いや、何よそれ。
返事するしかない、って何さ。
まるで。
本意じゃないとでも言いたそうだね。
そう呟く自分に、可憐は未だ気づかない。