Pre-tremolos 1 - 6/6


「良かったのかしら?」

千百合と並んで歩く華村は、足を止めず徐に言った。

「何が?」
「あの流れからの別行動は、必要以上にお友達を不安にさせてしまったんじゃない?貴方が転校してしまうんじゃないかって。」

好かれてるのね、なんて笑う華村に、千百合は口には出さないが当たり前だろと返した。
自分を好いていない人間と友達で居続ける程、自分は優しくないし暇でもない。

「さて・・・ここらで良いかしらね。」
「ん。」
「じゃあ、本題に入りましょうか。


千百合ちゃん。うちに来てくれるわね?」


もし、断る気なら。
来る気が無いのなら、そもそも千百合は此処には居まい、と華村は踏んでいた。

千百合の性格からして、行かないのならあの場で、3人の見ている前で「行かない」と言って、切って捨てれば良い。

それをしないという事は転じて、十分目がある事を指し示している。
と華村は考えたのだ。

「・・・・」
「どうかしら?」
「・・・ふう。」

これを言うのはちょっと怖い。流石に。

でもこの、ちょっと怖い結論が、一番納得できそうな結論だから。

「・・・私、私だけの事考えるなら立海に居たい。」
「そうでしょうね、分かるわ。幸村君の話を抜いてしまえば、貴方がこっちに来るメリットはほぼ無いもの。」
「でも、精市のテニスの為になるんだったらどうしても考えてしまう、って感じ。」

だって、元々幸村はテニスの為に立海を選んだんだもの。
それならテニスの為に転校する事もやぶさかではないだろう。
全く未練が無いというのは言い過ぎになるが、それでも決断するはずだ。

知ってる。
そういう彼だから、自分は好きになった。

「なら、」
「けど、精市は多分私がこんな事考えてるって知ったら、困る。」
「・・・困る?何故かしら?」
「精市は、自分の事は自分で決めたがるから。」

これは、知ってる事と言うよりは分かる事。
だって、自分もそうだから。

皆無と言って良い千百合と幸村の数少ない共通点の一つは、此処である。
自分の事は自分で決めたい。

幸村も千百合も、自分にもお互いにもそれを許している。

貴方の好きにすればいい。
そうやって選んだ道は、同じではなくてもきっと近いって。
隣で伸びていくって信じているから。だから。



だから。



「だから、私も好きにしようかと思って。」
「・・・成程。分かったわ。それで、貴方の結論って言うのは?」


「私を裏切れたら、精市を説得してやっていいよ。」


華村は目をちょっと見開いた。

「・・・どういう事?」
「こんな事言うの柄じゃないけど。私、突き詰めると信じていたい。精市だけじゃなくて。真田達部員の事も、ビードロズの彼奴らの事も。」

今居る皆で、立海という舞台で、きっときっと自分達は輝ける。

足りないものも、要らないものも、きっとどこにもない。
離れないと輝けないなんて。天辺に立てないなんて。

そんな事信じたくない。

「だから、精市にとってそっちの方が良いなんて、信じない。この目で見るまではね。」
「・・・・・成程。成程ね、よく分かったわ。腑に落ちた、そういう事ね?」

千百合は、今の立海の全てを信じたいと思っていて、信じようとしている。
だから、その信頼を華村はひっくり返さなければいけない。
立海なんて信じる価値のない学校だと、証明しなければいけないのだ。

「・・・と、なれば、話は関東大会の時になるかしら。」
「うん。そっちのレギュラーって、関東大会から出るんでしょ?

其処で、立海に勝って見せてよ。それが条件。」

まさか、出来ないなんて言わせない。
華村も分かっている。
あの誘い文句からのこの条件、飲めないとは口が裂けても言えないのだ。

1本取られた。

華村は目を閉じて、ふうと息を吐いた。

「分かった!条件を飲むわ。交渉成立よ。」
「そ。じゃあそういう事で。」
「ええ。時間を取らせて悪かったわね。」
「別に。そんな長い話じゃないし。」

踵を返して、ごく自然な速さで立ち去ろうとする千百合。
その背中に、華村の声がかかった。

「千百合ちゃん。」

止まる。

振り返らない千百合に、華村は続けた。


「約束は、守ってもらうわよ。」

「・・・そっちこそ。」


これは、イデオロギーの戦い。
信じる者と、信じる者のぶつかり合いだ。

どちらが正しいのか。
どちらが間違っているのか。

負けた方が、折れる。
そういう勝負の、始まり。