「悪いね。すっかり頼んでしまって。」
「いえ!大した事では。」
紫希は少女と一緒に、空のドリンクホルダーを持って移動していた。
「今日はやりたくもないマネジ業務なんてやらされて、とんだ厄日だと思っていたけれど。でも、君みたく親切な人に手伝って貰えるという事は、神はまだ僕を見放してはいないらしい。」
「暑いですものね。マネージャーさんは、大変で・・・」
「ああ、違う違う。僕はマネジじゃないんだよ。」
「え?」
「人が足りないから今日だけ、という約束で、友達の手伝いをしてるんだ。だから、「やらされてる」というわけさ。」
「そうなんですか・・・」
(言われてみれば、確かに服装が・・・)
マネージャーの多くはスニーカーだし、邪魔にならないようロングへアは結っている子が多い中、彼女は普通のローファーで、ミディアムロングのヘアを纏める事無く風になびかせていた。
「僕は一条郁。1年生だ。君は?」
「あ、申し遅れまして・・・春日紫希と申します。1ーCです。」
「春日・・・」
郁は、ピクリと片眉を動かした。
「・・・ビードロズの作詞の、春日さんかな?」
「あ、はい!」
「ふうん・・・君が。」
「・・・?」
なんだか急に自分を見る目が変わったように思うのは、気の所為だろうか。
何か気に障ったのだろうか、と思っていると、郁ははあっと大きく溜息を吐いた。
「僕は君を本当に気の毒に思うよ。」
「えっ!?」
「人づてに、噂程度に聞いた話だがね。君は、あまり目立つのを好まない質なんだろう?」
「あ、ええ・・・それはもう・・・」
「そうか。仲間だね。僕も目立つのは嫌いなんだ。」
「そうなんですか。」
「そう。
だから、男子テニス部になんて関わりたくない。」
(え?)
紫希が隣の郁を見やると、郁は進む方向を睨みながら、とても面倒そうな顔をしていた。
「もう、目立つ人間の集まりだと思わないかい?何処のホスト集団だよと言われそうなほどの、イケメンばかりの部だよ。おまけにテニスはちゃんと上手い物だから、成績も相まって目立つと言ったら。」
「え、あの、」
「まあ、幸村君だったかな?彼とは幼馴染だと聞いているから、それはまあ仕方がない。幼少の頃からの付き合いというなら、まだ目立つのなんだのという感覚が薄かっただろうから、それはね。目立つようになったからって、急にすぱっと縁を切るのも難しいだろう。でも聞いた所に寄ると、君はあの丸井ブン太に気に入られてしまってるそうじゃないか。」
「え・・・・いや、あの、えと、あの、」
何から言えば良いのか分からない。
戸惑う紫希を他所に、郁は尚も弾丸のように話し続ける。
「僕は、目立つ事を嫌う自分が好ましいと思っている。同じように、目立つ事を嫌っている他の人も好きなんだ。だって、聡明じゃないか。危機管理能力がなっている証拠だよ。世の中、目立って良い事なんか何も無いね。平凡が一番さ、出る杭は打たれるんだから。皆もっと平穏を愛せばいいと、僕は常々そう思っているよ。」
「あのーーーー」
「それなのに立海テニス部と来たら、僕の愛する平凡な日常と真逆を行く存在じゃないか?僕はもううんざりなんだ。友人の頼みでさえなければ、こんな事絶対にやらないね。モテるイケメンの集団に、顔につられて群がるミーハーなマネージャーやファン達。別に「憧れの的」とその取り巻きで居たいなら好きにすれば良いけれど、人を巻き込むのは止めて欲しいよ。傍に居たりしたら、僕が愛してやまない平穏が脅かされるじゃないか。僕は君に同情を禁じ得ない、あんな面々に目を付けられたばっかりに、学校生活が淡々と送れないなんてね。僕なら毎日憂鬱だ。ねえ、君もそう思うだろう?なんなら相談にーーー」
「思いません!」
郁はぎょ、とした顔をした。
その顔に紫希はハッとして、血が下がる。
「ご、ごめんなさい!私、大声を、そんなつもりじゃ・・・」
いや。
じゃあどんなつもりだったんだよと言われると困るんだけど。
大声を出したのは悪かったし、怒る気は無い。人を怒れるほど、自分は偉い人間じゃないから。
でも。
「・・・でも、その、私、そんな風に思って欲しくないというか、あの、」
「・・・・・・・」
「確かにその、テニス部はモテると言われてますし、女の子に人気があるのも知ってます。それは否定しません、本当だと思いますけど、でも・・・皆、テニスに一生懸命で、マネージャーの人も、皆頑張っていて、それは目立つ為だとかそういうわけじゃないですからーーーアイドル扱いされたくて部活に励んでる、みたいに思って欲しくなくて!その、その・・・」
人に大声を出してしまったというショックで、紫希は上手く頭と口が回らない。
伝えたい事が山ほどあるのに。
こんな時に限って言葉にならない。
「ですから私・・・私達皆、テニス部と友達で居ると毎日憂鬱だなんて、そんな事誰も思ってませんし、テニス部の皆と友達で居るのだって、別に皆がかっこよくてお近づきになりたいからとか、そういうわけじゃ、」
「・・・・・・ああ。そういう事かい。」
「あ・・・分かってくれーーー」
「つまり、其処が言いたかったんだね?安心したまえよ。僕は君がミーハーなんだと言う気はないよ。君は寧ろ被害者なんだ。そうだろう?」
「違います・・・!」
紫希は泣きそうになる。
駄目だ、全然伝わってない。
なんて言えば良いんだろう。
なんて言えば分かってくれる。
日頃作詞をしているくせに、肝心な時に自分の意気地なしな心は、あっという間に平静を失って、適した言葉を見失ってしまう。
「別に、無理をする事は無いさ。僕は別にテニス部の人間に告げ口したりはしないよ。」
「違うんです!そうじゃなくて、そうじゃなくて、」
「よ!」
割って入った声に振り向くと。
今とんでもなく会いたかったような、会いたくなかったような件の人物、丸井が片手をひらっと振っていた。
はーあ、と言って目線を斜め下に下げる郁に、紫希は自分が悪いわけでも無いのに胃がキリキリする。
「お前ら何やってんの?」
「見て分からないのかい?君達の世話を焼いてあげてるんだよ、休日の返上をして、こんな暑い中ーーー」
「お、お疲れ様です!あの、えと、あの、試合を見に来たんですけど、一条さんが大変そうだったので、ちょっと、だけ、お手伝いをというか、あの、その、あの・・・」
何か喋ってないと一条が呪詛を吐き続けてしまうので、自分が喋っていないといけないという使命感から、珍しく1人で話す紫希。
でも元々、1人でべらべら話すタイプではない紫希は、どうしても途中から失速する。
ドリンクボトルを抱えながら狼狽える紫希に、丸井は声を出して笑ってしまう。
「別に気にしてねえよ?」
「え、」
「此奴、今日手伝いですって紹介された時から、ずーーーっとブー垂れてんだもん。流石に慣れるだろい。」
「分かっているんなら、せめて機嫌を損ねないようにとか、そういう配慮が出来ないのかい?」
「はいはい!離れたら良いんだろい・・・って言いてえとこだけど。」
そうも言ってられないよね。
この状況じゃあさ。
「はい。」
「え?」
「俺が持ってくって。」
「え・・・」
いや。
良いのかこれは。
確かにこの場合、自分が部外者だから、預けるのが筋なのだろうけど。
でも。
「あ・・・で、でも、丸井君はお忙しいでしょうから、その、」
「今暇だぜ?」
「あう、あの・・・」
「ほら。」
「あ!あ、あの、」
サッとボトルを取り上げられると、反射神経に劣る紫希はどうしても抗えない。
「あの、なら私でなくて一条さんの方を、」
「なんで?此奴はちゃんとした・・・っていうのも何か変だけど、手伝いだろい?」
「そ、そうなんですけど・・・」
「・・・はーーーーあ。」
郁はながーーい溜息を吐いた。
「仕方がない。丸井ブン太、今回だけだ。」
「お?」
「本当は目立つ君と同じ方向に歩くなんて避けたい展開だが、このままじゃ春日さんにしわ寄せが行ってしまうからね。此処は僕が折れてあげよう。君が持ちたまえ、行くよ。春日さん、此処まで有難う。礼を言うよ、助かった。」
「・・・だって。って事で。」
「あ・・・」
最後のボトルを取り上げられて(紫希の物じゃないからこの言い方もおかしいが)、紫希は本当に手ぶらになった。
何だか急にすかすかする両手が、所在無げに宙に浮く。
「・・・じゃあ、すみません、お願いします。」
「なんでお前が謝ってんだよ?」
「きゃ、」
空いてる左手で頭をクシャッと一撫でされた。
思わず下がった目線をもう一回上げると、何時もの笑顔が紫希を見ている。
「サンキュ!」
トクン。
と僅かに高鳴った心臓の音は、郁の呟きにかき消された。
「僕にはどうしても、ファンサービスに余念のないホストにしか見えないがね。」
「えっ、」
「え?何て?」
「片手が空いてるなら、僕の分も持てと言ったんだよ。さあ行こう、此処は暑い。僕は早くテントの下に行きたいんだ。」
「はいはい、お前本当に文句多いな。逆に感心しちまうぜ。」
「何か言ったかな?なんなら、この場で手を滑らせて君に全部持たせても良いんだよ?」
「分かったよ!じゃあ春日、又昼飯の時にな?」
「あ、はい・・・」
遠ざかって行く、丸井と郁の背中。
1人になるのが、なんだか寂しくて。
又、後で。
と口の中でだけ呟いて、紫希は来た方を振り返った。
戻ろう。
紀伊梨達が待っている。