Pre-tremolos 3 - 3/7


「・・・で、妹。」
「あ?」
「あ、じゃないよお前。何か、全員が一斉に集合したせいで有耶無耶になってっけどさ。城西湘南からのスカウトの話はどうなったんだよ。」

「・・・・!」

珍しく幸村が本気で驚いた顔をした。

ああ、くそ。
この話、今此処でしたくなかったのに。
というか、此処でなくてもしたくなかった。

「んぐ・・・そー!それだよー!でもでも、今此処に居るって事は、行かないんでしょ!?行かないよね!」
「おい!それ以前に、今の話はどういう事だ!何故テニス部でも無い黒崎千百合がスカウトをされねばならん!」
「まあ、幸村を狙っとるっちゅう事から考えると、強ち妙な行動でもないぜよ。」
「将を射んとすれば、先ず馬を射よと言いますから・・・」
「そうですね。黒崎さんへの接触は、布石としては色々な手立てに繋がって便利なのでしょう。」
「でも・・・テニス部じゃないんだぜ?其処までやるか?普通。」
「すげえ執着ぶりだなー。ちょっと怖えくらいだろい。」

裏を返せば、其処までする価値があると思われているのだ、幸村は。

それは光栄な事かもしれないけど、でも。

「・・・千百合。」
「何?」
「スカウトされていたのかい?何時?」
「こないだ。えー、県大会の初日。雨降ってた日。」

幸村は眉間にちょっと皺を寄せた。

珍しい、極めて珍しい表情である。
大概は怒っていても何処かで冷静だから、表情的には無表情になるのが基本の幸村なのに。

(しくじった・・・・)

あの日は、朝から何か嫌な視線みたいなものを感じていた。
何か碌でもない事が起きそうな気がするって、自分はそう分かっていたのに。

「しかし、それは何時の話だ?」
「む?今雨の日だとーーー」
「日付ではない、もう少し細かい時間の話だ。あの日は幸村の助言もあって、黒崎は1人にしない事と皆で徹底していたし、実際見ている範囲では1人になってはいなかった筈だが。」

そう、1人になっては居なかった。
何より失敗だったのは、1人でさえなければ回避できると思っていた事だ。

「・・・あれだよ、紀伊梨を探しに行った時。傍に俺も居たけど。」
「え?って事は、お前も知ってたのかよ?」
「おい!それなら言わんか!何故わざわざついて行ったのかちゃんとーーー」
「良いよ、弦一郎、丸井。想像はついているから。」
「しかし、」
「有難う、でも本当に良いんだ。言い方が少し変になるけれど、話を聞いてしまったのはもう今更どうしようもないし。それに、千百合と棗が「聞くに値する」って判断したのなら、それはきっと本当にそういう話なんだよ。」

千百合と棗が揃って居て、まともにスカウトの話にとりあってしまった。
その時点で、大体どんな話をどんな論調で振られたのか推測できるというもの。
常日頃、要らない物は要らない、とバッサリ捨てる事の出来る2人だから。

ただ。

「聞く価値のある話」かどうかと、「賛同に値する話」であるかどうかは、それは又別の話。

「それで、結論から聞くけれど、どういう返事をしたんだい?」

まさか、はいとは答えまい。
と皆の視線が問うて来る中、千百合は至って平常心で答えた。

「条件付きでYes。って言った。」
「えええええーーーーーー!ちょっと待ってちょっと待って、其処はNoしかないっしょ!?」
「落ち着け、五十嵐。条件付きだと今聞いただろう。」
「そ、そうです!千百合ちゃん、条件というのは、」
「教えない。」
「おい、黒崎千百合!」
「だって教えたら公平にならないもん。嫌よ、私。」

どっちが勝つか如何によって命運が決まるのは本当だが、この場合下手に教えても良い事はないだろう。
千百合は自分の為にと燃えるんじゃなくて、純粋にこの夏の為に戦う立海が一番強いと信じてる。だから、負けたらああなる勝ったらこうなるみたいな事言って、皆のペースを突きたくない。

ただ、まあ。
「教える」事で「公平にならない」と言ってる時点で、話の中身は結構絞られてしまう。
まして勘の良い幸村なら、これ以上何を言わなくても察せられてしまうだろう。

「ですが・・・例え条件付きであったとしても、曲がりなりにも色好い返事をしてしまった事には変わりがないわけです。それは悪手だったのでは?」
「握手!?握手なんかしちゃ駄目だよ!千百合っちが左助君みたいに、そのまま連れてかれちゃうよ!」
「悪手です、紀伊梨ちゃん。悪い手と書いて、悪手です。まずい判断だったのでは、という事です・・・」
「そなの?なら合ってる!千百合っちー、悪手ですよ悪手ー!」
「そうかもね。」
「他人事じゃのう、お前さん。」
「そう言われてもね。私自分で考えて決めたいように決めただけで、別に正しい事してるとかこの判断が正解だとか、そんな事思ってるわけじゃないから。」

そもそも、考えた所で千百合に正しい事なんて分かる筈がない。
自分の事ならまだしも、他人の事なんて尚更である。

だからこれは、千百合なりに出した結論と言うか、どっちの学校が良いかの試し方の提案なのだった。
華村に対して、もっとプレゼンしろと迫っているのだ。

スカウトするのなら、立海より優れている事を証明しろと言って。

あくまで普通の態度で居る千百合に、幸村は息を一つ吐いた。

「・・・千百合。」
「何。」

「有難う。」

幸村は、千百合に感謝していた。

そもそも、である。
そもそも自分が目を付けられていなければ、千百合は華村に絡まれることなんか無かったのだ。
言わば巻き込まれ、とばっちり。この面倒がりの恋人は、そういうのは怠くて仕方がないに違いない。分かっている、長い付き合いだから。

なのにまともに話に付き合って、家に持って帰って検討して、結論出して。
わざわざ時間を割いてそんな事してくれたのは、千百合が幸村を思っているからこそ。

だから感謝こそすれ、千百合を責めたりする気は幸村には無い。
寧ろ、行動だけを抜いてみるととても嬉しい。

「礼を言ってる場合か!」
「ふふっ、大丈夫だよ。俺達は自分のやるべき事をちゃんとこなしていれば、それで良い。」

大体当たりはついているけれど、それはそれとしても別に狼狽える事も無い。

千百合は今言ったじゃないか。
教えない、と。

それはつまり、特別な事をするなという事。普通にしていろという事だ。
ならそれに従おう。

「・・・まあ、当のお前がそう言うのならば、俺達からはこれ以上何も言えんが。」
「およ?ゆっきー、怒ってないの?」
「怒る?何故だい?」
「えー!だってだって、危ない事しちゃ駄目でしょー!って言うのかと思って!」
「それは言わないよ、今はね。いずれにしろ、千百合には怒っていないし。」

付け加えられた一言に、皆他人事ながらちょっと冷や汗が出る。
当人である千百合は尚更。

それに今、幸村は千百合にはと言った。
千百合「には」。つまり裏を返すと華村にはお察し。

「ただこういった手に出てこられた以上、一言言っておかないわけにはいかないだろうね。」
「それは当然だ。偶々今回、おそらく恋人という事もあって黒崎千百合が標的にされたのだろうが。」
「ああ。これが失敗に終わっても、次に五十嵐、その次は春日・・・と言った風に、対象が次々代わっていく確率は、低く見積もっても40%。無視するには高い。」

そんなのいちいち相手にしていられないし、だからこれを機に、こういう事はもう止めてとしっかり言っておこう。
どういう話運びになろうとも。

「まあただ、今日は日が悪いね。」
「日が悪いだと?」
「ああ。もしちゃんと釘を差すのなら、県大会の間は止そう。効果が薄いよ、少なくとも関東大会を迎えるまではね。」

(精市って本当にエスパー持ってないのかな。)

次はもう、準決勝である。
つまり乱暴な言い方をすると、ある意味では消化試合なのだ。今から試合が始まる4つの学校は、皆それぞれもう関東大会への道が開かれているのだから。

負けてもさして痛くない、と思っている状態で相手を負かした所で、然程意味が無い。
負けたくないと相手が思っている所で負かすから、心を折る事が出来る。

だから物申すなら、関東大会のトーナメント表が出て以降。
此処で負けたらもう敗退、そういう時になって初めて、華村への反論が響くようになる。ああいうタイプは、余裕を持っている時は人の話を侮るものだ。

「本当にそれで良いのか・・・?何か、消極的な気がするんだが、」
「ま、幸村君がそうするって言ってんだし。」
「むー・・・・ゆっきー!」
「うん?」

紀伊梨はずい!と幸村の前に右手の小指を出した。

「約束だよ!絶対、絶対、ぜーーーったい立海から出ないでよ!千百合っちも出さないでね!!絶対ね!約束ね!」

千百合の話の中身も知らないのに、頼まれたって幸村も困るだろう。

紀伊梨だって、そんな事は分かってる。
でも、これ以外に方法は無いし、此れが一番の有効打なのも分かってるのだ。

千百合だって。
華村だって。

結局皆々、幸村を中心に振り回されているだけ。

幸村じゃなくて自分を軸にして話を動かしたい華村と、幸村が軸だと分かっていて話を聞いた千百合は、双方幸村次第である事を本当は知っている。

だから幸村さえ、いつもの幸村で居てくれれば良い。
それだけで、全ては解決する。

紀伊梨はそうだと信じているし、知っているから。

「はいっ!ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーら、はーりせーんぼーんのーますっ!ゆーび切った!」
「幸村にどう頑張れっていうんだよw」
「ふふっ。でも約束しちゃったから、守らないとね。春日も指切りしておこうか?なんだか不安そうだし。」
「えっ!あ、いや、良いです!が、頑張って信じますから・・・そうですよ、幸村君に出来ない事なんて・・・」

「多少はあるが。出来ない事もな。」
「多少か?」
「まあ、少なくとも多々あるわけではないでしょう。」
「出来んっちゅうより、ままならんのじゃろ。」
「思うようにいかねえって奴?」
「どっちにしろ珍しいけどな・・・」
「揃いも揃って、私見ながら物喋んじゃねえよ。張り倒すぞ。」
「わ、悪い!」