Pre-tremolos 3 - 7/7


「おい、おい、待て・・・待て!分かった、従うから離せ!手が痛い!」
「あ、わり!」

パッと手を離された時には、もう2人は言われた通りテントの所まで来ていた。

「ごめん、痛かったか?」
「痛かったに決まってるだろう!全く、これだからカースト上位は我儘で困るんだ・・・」

というか。
丸井と手を繋いでたなんて知れてしまったら、それこそカースト上位の「女子」になんて言われるか分からない。
そういう人の迷惑を考えて行動しないのだろうか、丸井は。しないんだろうな。

(・・・顔は本当に良い物だから、心臓に悪いんだよこの男は。)

そっちみたく、常に異性が周りできゃっきゃきゃっきゃ騒いでる環境で、日々生きていないのだ。こういう事は控えめにして下さい。

・・・と、思うだけで言わないのは何故か。

「・・・大体、どうして僕を連れて来るんだ。鈴奈で良かったじゃないか。」
「え?お前じゃねえと意味ねえじゃん。」
「は?」
「だって・・・あ。」

紫希の「友達になって誤解を解こう」作戦の手始めとして、こうして友好を深めないとだから。と言おうとして、丸井はちょっと逡巡した。

いや。
これ、正直に言わない方が良い。多分。

先ず普通に友達になるのが急務だから、下心があると思われるのはまずいし。
紫希の事とか絶対に言えない。今紫希は辛うじて普通にやり取り出来ているのに、紫希の発案だと知ったら紫希まで郁に嫌われてしまいかねない。
それはまずい。目的から遠ざかる。

「えーと・・・」
「・・・なんだ、はっきり言いたまえよ。」
「・・・ま、あれだよ!仲良くなりたかったから、って事で!」
「はあ?僕は、」
「仲良くする気がねえんだろい?知ってるって!知ってるけど、俺はそれは嫌なんだよ。」

紫希に言われたからと言うのを差っ引いても、このままの状態が気分良いかと言われたらそれは絶対嘘になるし。
もしかしたら、友達になったとしても紫希が想定してるほど上手くはいかないで、誤解は一部解けきらないままになったりするかもしれないけど。

でも、やろう。
先ずはやってみないと。

「僕の意見は無視かい。とても友達になりたい人間の言葉とは思えないね。」
「まあな。でもお前、こっちに対して一切譲らねえじゃん?」
「当たり前だ。一部でも譲ってみろ、どうなるか・・・」

どうなるか。
と口から零れる郁だが、どうなるのかは郁も分からなかった。


いや。
分かっていて無視をしたのかもしれない、この時。


「?ま、いいや。取り敢えずお前が譲らねえって事は、こうでもしねえと関わり合いになれねえじゃん。」
「だから僕はその関わり合いを避けたいんだ!」
「なんで?」
「だから目立つからだと何度言ったら分かるんだよ!」
「何度聞いてもそれが今一つピンとこねえんだよなあ。」

目立つ目立つって、何をそんなに気にする事が有ろうか。
たかだかテニス部員と一緒に居る位でさ。

「仮に目立ったとして、何かそんなに悪い事でも起こんのか?」
「あるともさ。嫌がらせを受けたり。」
「は?なんで?」
「女子の世界と言うのはそうなんだよ。派手で人気者の男子の近くに居る女子は、良い気になるなと言われると相場が決まってるんだ。」
「別に春日も五十嵐も黒崎もそんな目に遭ってなくね?」
「黒崎さんは幸村君と恋人同士だろう、昔から。だからそれは除外されるのさ。」

付き合いが長い恋人同士というのは、こういう時は最強なのである。
あんた一体何のつもりよ、幸村君に近づかないでよ。
この台詞を言う権利が千百合以上にある女子等、何処にも居ないのだ。

「五十嵐さんに関しては、彼女自身が上位の人間だ。加えて、あの子供っぽさが彼女を守っているのさ。彼女に対して、女子同士の駆け引きの事なんて真面目に言う人間など居るまいよ。」
「まあな、彼奴典型的な嫌がらせに気づかないタイプだからな。」

鈍感力とでも言うのだろうか。
自分の身に起こった事は何でも人に話す癖がある紀伊梨は、そうと知らない内に色んな人から守られている。
知らずの内に悪意を向けられても知らずの内に助けられ、そんな攻防が起こっている事にも気づかないまま、健やかに日々を過ごせるのが紀伊梨の才能と言うか、性格と言うか。

「問題は春日さんだ。彼女はあまり自分が目立つのを好まない。ところが、偶々幼少のみぎりに友達だった人間は年齢と共に有名人になってしまったのさ。それこそ今は、元々友達だったのは春日さんの方だから、で見逃されているが、君達は幼馴染でもなんでもないだろう。気の毒に思うなら、彼女にも近づかないでやった方が良いと、僕は思うがね。」

まあ、それこそ。
林からさんざっぱら聞いてはいるのだが、丸井がなんとなく紫希が「お気に入り」である事は。

ただ。
ただ。

「んー・・・それは嫌。」

こう面と向かって言われるのが、こんなにイラァッ・・・・!とくるものだったとは。
想定外。

「君は本当に人の迷惑を顧みない人間だな、感心するよ。」
「迷惑じゃねえって。」
「そこまで言うのなら、証拠はあるのかい?」
「おう!友達になって下さい、って言われたぜ?」

それを聞いた時。
郁の脳裏に過ったのは、色んな感情。
でも、言葉にするなら、一言で集約される。


「・・・何故?」


「・・・へ?」
「何故だい?」
「何故って・・・」
「考えてもみたまえよ・・・おかしいじゃないか。どうして君みたいな、人の注目を惹きつけがちなマイペース人間に向かって、春日さんの方から寄って行くんだい。」

いや、実際問題。
郁としても、気持ちがわからない、ではない。
丸井自身が明るい性格だから、傍に居ると楽しそうだなと思う気持ちは理解は出来る。

でも。
でも、デメリットがあまりに大きいじゃないか。
前述した通り目立つし、女子からの反感を買いそうだし。
それにタイプが違うと苦労しそうだし、振り回されそうだし。

よしんば友達になれた所で、疲れないか?
隣に居るの、苦しくないか?
釣り合わないと思わないのか?

いや、思うだろう。
思う、紫希はそういう性格だ。

分かるよ、自分と同じだもの。
非凡な世界が似合わない、そんな所に居られない、自分は平凡だとよく分かっている人間だもの、紫希も自分も。

なのに、何故。

「・・・お前、友達になるのならないのって決める時、いちいちそういう事かんがえてんのかよ?」
「当たり前だろう。リスクマネジメントだ、後からああ関わるんじゃなかった、なんて思うくらいなら、最初から関わらないのさ。」
「ふうん・・・・」

何か、詳しく聞いても丸井としては良く分からない概念である。
友達になるのに、「何故」ってそんな事考えなくても良さそうなものだけど。

ああ。
でも。

「今のは足しになるな。」
「は?足し?」
「おう、考えの足し。」
「?」

「要はその「何故」っていう部分をなんとか出来れば、お前と友達になるのに一歩前進、って事だろい?」

「はーーーー」

思わずポカンとなる郁に対して、丸井は全く意に介さず考えを進める。

何故友達になるのか。
逆に何故友達にならないのかと言うのは、今日一日で嫌という程説明されたし。

(だから、後はなる理由をどうにか作るなり見つけるなりして、逆にならない理由の方で消せそうなのは消していく、って感じだな。)

うん、良いんじゃないだろうか。方針としては合ってる手応えがする。少なくとも、そんなに大きく間違ってはいまい。

この話は、紫希の役にも立ちそうだ。
後で言っておこう。
次会った時にでもーーー



『お話させて頂くと楽しいですし、』

『考え方が違うので新しい発見が沢山、』

『ご、迷惑で、なければ、』


『友達に、』



ああ、そう。
今みたいな時。

どうして紫希と友達なの?
という疑問に触れた時は、いつもあの時の事を思い出す。

そうして思うのだ。

どうしてだって?
どうでも良いじゃないか、そんな事。
どうしてか、なんて分からなくたって。

友達になりたい。
友達になってよ。

そう思ったし、そう思われた事だけは、変えようのない記憶。


自分の、大事な記憶だ。


「・・・・!」
「ん?どうした?」
「い・・・いや。何でもない。」

郁は少しドキッとした。

(あんな優しそうな顔が出来るんだな・・・)

初めて見た、丸井のこんな穏やかな表情。
いつも余裕綽々で笑ってて、だから、良いですね人生順調な人はいつも楽しそうで、とか思っていたんだけど。

今の顔は結構。

好き、かもしれない。

(・・・って!違う違う、そうじゃない!今のはそう・・・あれだ、美術品に対して良いな、と思うみたいな心理だ。そうだ、そうなんだよ。)

落ち着け、土台の顔が良いのは元より分かっていた事じゃないか。
こんな事で絆されるな、しっかりしろ。
そうだ、大体こういう奴は人たらしなんだ。紫希もこの手にやられたのかもしれない、きっとそうだ。負けるもんか。紫希は素直そうだから簡単に騙せるかもしれないけれど、自分は賢いんだ、絶対騙されないぞ。

いつの間にか目立つ目立たないから、騙すとか騙さないとかそういう話にシフトしていってるが、当たり前だけど丸井は別に郁を騙そうとかそんな事考えていない。
郁だって、本当は分かっている。自分は単に、離れる口実が欲しくて仕方ないのだ。
これこれこういう理由がある、だから丸井と離れる事は正しい事。mustでそうすべき事なのだ、自分は正しい判断をしているんだ、これで良いんだと思い込みたい。

だってそうじゃないと、だって、

「危ねえ!」
「え、」

結んでいた筈のテントの足が、持っていた紐をすり抜けたのを郁は見た。

しまった。
足の上に落ちてくる。

ああやっぱり今日は厄日なんだ、どうして自分がこんな目に。
郁はギュッと目を瞑った。

「・・・・・・?」

あれ。
落ちてこない。

ゆっくり目を開けると、丸井の手がテントの足をギリギリの所で掴んでいた。

「ふう・・・おい!」
「え?」
「怪我は?」
「え、あ、いや・・・別に、」
「してねえ?」
「ああ、うん、」

郁は混乱していて、まともに返事が返せない。
如何に丸井が近づいてはいけない人種であるか、を頑張って自分に言い聞かせていたのにその所為で手元が疎かになって、その挙句その丸井に助けて貰うとか言う本末転倒気味な展開に頭がついていかない。

だから。

「そっか!なら良かったな。」

そう言って笑う丸井の顔。
あの、郁の嫌いな余裕のある笑顔に対して、どうしてもさっきまでのようにコメントが出来なくて。

「・・・まあ。」
「?まあってなんだよ、変な奴だな。怪我しなかったのは良い事だろい?」

丸井の言う通り、変なコメントしか返せなかった。

他に、返せなかった。