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「・・・・・・」

忍足は、ジャージ姿でバスから外を眺めていた。

本日、曇り空。
県大会後半戦日和とは言い難い不穏な天気。

そしてこの天気のように、ちょっと溜息を吐きたい感じ。気分的には。




『手伝うな?』
『そう!』
『なんや急に・・・』
『あっ、あのねっ!私考えてたんだけど、忍足君に甘えっぱなしなのはいけないと思うんだよねっ!』
『別に甘えられてるなんて思うてへんで。』
『侑士が思ってるかとかは関係ねーんだよ!此奴のプライドの話!な?』
『う、うん、そうっ!そんな感じっ!だから・・・


・・・だからっ!もう私の事、手伝ってくれなくて良いからねっ!』




「・・・・・・」

何かここ最近、様子おかしくないか?
と思っていたけれど、もしかしたらあれが原因なのかもしれない。

可憐はずっと、自分に甘えてしまっていると思っていたのかも。
それで悩んで、出した結論が先日のやり取り、という所だろうか。

(いや・・・それにしても、)


「・・・わあっ!」


「・・・びっくりしたわ。おはようさん、茉奈花ちゃん。」

不意にかけられた声に、内心ではそこそこちゃんと驚いて忍足が振り向くと、網代がにこにこ顔で手を振っていた。

「おっはよ、侑士君♪」
「このバスなんやな。」
「ええ。私の家、7丁目の方だから。」

網代はごくごく自然に忍足の隣に腰を下ろすと、くるんと整った顔で振り返った。

「で?」
「?」
「朝から何をお悩みなのかしら、侑士君は。」

バレてる。
そんな顔に出てただろうか。

えー、結構顔の出にくさには自信があるんだけど・・・なんて思っていたら、網代はふふんとちょっと胸を張った。

「当ててみせましょうか?」
「分かるん?」
「ええ。ズ・バ・リ!可憐ちゃんの事ね?」

正解。
はい、100点ですよ。

「・・・よう分かるな。」
「というかこう言っちゃなんだけど、侑士君は兎も角可憐ちゃんが分かり易いのよ、ね。マネージャーの間でも噂になってるわよ?喧嘩でもしたんじゃないかーって。」
「ほんまに?」

そこまではっきり気取(けど)られているとは思わなかった。
まあでも確かに、自分は兎も角可憐は挙動が分かり易いので、良く考えたらおかしくも無い事かもしれない。

「で?本当に喧嘩したの?」
「喧嘩はしてへんで。そうかいうて、俺にもよう分からへんねんけど。」
「ふうん?」
「何や今、「忍足君に甘えるのは止めようキャンペーン」中らしいわ。」
「はい?・・・ふふふふふっ!」

いけない。
悪いと思いつつ笑ってしまう。

「なあにそのおかしなキャンペーン!」
「俺かて聞きたいわ。」
「あはは!ほんとにおかしいわ、そんな事するほど甘えてないじゃない。ねー?」
「せやで。寧ろ遠慮の無さは、茉奈花ちゃんの方が上なくらいやからな。」
「あら!しまった藪蛇、私としたことが。」

なんて言いあう2人だが、可憐の甘えと網代の甘えは種類が違う事は、本当は2人共分かっている。
網代は甘えようと思って甘えている。大して可憐は、甘えまいと思っているのに甘えないと二進も三進もいかないから、そうせざるを得ないのだ。
心の負担・・・というか、申し訳ないなと思う気持ちは、網代とは比較になるまい。

「それにしても、成程、ね。可憐ちゃんが侑士君を避けてるように見えるのは、そういう事だったのね?」
「おん。やから、喧嘩か言われたら、喧嘩やないねんけど。」
「ううん、ただいっそ喧嘩の方が元に戻るには話が早かった、ね。理由がそれじゃあ、解決は簡単じゃないわ。」
「せやな。俺もそう思うわ。」

それから。
網代には気になる事が、もう1つ。

「・・・侑士君は、どうして黙っているの?」
「?」
「出来る筈よ、侑士君なら。そういう事しなくて良いから、って。甘えてるとか迷惑だとか、思わなくて良いって言ってあげないの?」

忍足は、話をぐいぐいと強引に纏めたり、そういう事はしない。
でも、頭が悪いわけじゃない。寧ろ良いからそれを存分に生かして、口で相手を丸め込んで自分の意見をある程度通すのは得意技なのである。本来。

ただ、今回は話が違う。

「岳人があっち側やねん。」
「・・・向日君?」
「せや。俺もそんなん気にせんでええて言おう思うててんけど、岳人が邪魔・・・て言うたらおかしいけど、間に入って来よるさかい。可憐ちゃんの意思を尊重したれ、とか。ええやろそっちは楽が出来るんやから、とか。まあそないな風な事をな。」

気が強く、子供っぽく、それでいて口が上手いとは言えない向日は、こういう時忍足には相性が悪い。
ガーーッと言いたい事だけ言って、そういう事だからな!分かったな!よし、この話終了!と言って一方的に結論を出す。言うなれば、意図的に人の話を聞かないモードに入る事が出来るのだ。
こうなると、忍足は弱い。勢いや強引さが足りないという忍足の弱みを、容赦なくガツガツ突かれる形になってしまう。

「・・・ただ、可憐ちゃんは岳人とも仲良いさかい。」
「・・・・」
「岳人があんなに言うてくるいう事は、可憐ちゃんはもしかしたら岳人によう相談しとって、2人でもう、こういう風にした方がええて決めてもうたんかも・・・茉奈花ちゃん?」

網代は忍足と違う事を考えていた。

忍足の推測は、無理もないと言うか、妥当であると思う。
でも、忍足には忍足の知りえない材料がある。


それは、自分が忍足と付き合いたいと思っている事を、向日は知っているという事。


向日が間に入ってくる。
忍足のその発言で、網代はその事が頭に過った。

関係ないか?
本当に関係ないと言い切れるか?

跡部や忍足と同レベルとは流石に言えないが、向日とだって、網代は普通に仲が良い。

だから知ってる。コミュ力が高くて人との距離を測るのが上手な向日は、むやみやたらに人の間にしゃしゃり出て割り込んできたりしない。
それをするのは、そうする必要がある、そうした方が良いと向日の中で考えがある時。
その考えの中に、自分。網代茉奈花という存在は本当に入っていないのか、と言われると。

(・・・微妙なとこ、ね。)

何が微妙かと言って、可憐の心情が一番微妙である。
これはあくまで可憐と忍足の話でしょ、それに自分をいちいち絡めて考えるなんて自意識過剰よ・・・と言えないのは、先日の勉強会の事が有るから。

そう。
勉強会は、もう終わってしまった。

前倒しで終わった。
可憐が言い出したのだと、忍足からは聞いている。
どうせもうすぐ終わりなのだし、忍足に迷惑だからと言ってた、らしい。

ただ、網代はこれを嘘と踏んでいる。
可憐は確かにドジ故に人に迷惑をかける事についてある程度敏感だが、こういう事に関しては引かない。
大体、迷惑が云々とか本当に思っているのなら、あまりに言い出すのが遅すぎる。可憐はドジだが、決して馬鹿じゃない。

じゃあ何故。
勉強会が中止になったのは、何故。

という所で、結局分からないし、どの可能性が高いとすらも言えないなと結論が出る。
もしかしたら全く全然関係ない、可憐だけの問題があるのかもしれないし、もしそうなら自分には今は分からない。

そう、今は。
今はね、今は。

自分はその気になれば、知る事が出来る。
向日に聞けば良いのだ。
理由そのものは分からないかもしれないけど、自分絡みかどうかくらいは多分教えてくれるだろう。

「・・・わかったわ、取合えず私は私で探りを入れてみるから。分かった事が有れば教えるし、少し待ってて頂戴。」
「助かるわ。」
「え?解決した暁には是非お礼がしたい?う~ん、しょうがないわね。そこまで言うなら、夏休みの間のメニューを考えるのに、付き合わせてあげても良いわよ?」
「しもた。もうそんな時期やったな。」

まだ県大会も終わっていないけれど、こういう事は基本先に先に、で済ませておくのが定石。
夏の間はメニューが変わる。
なんといっても、授業が無い。
しかもそれが基本ずっと続くのだから、質の濃い練習を長い目でみられる大事な時期なのだ。

加えて、それは他の学校も同じ条件。
だからこそ、スタートで出遅れるともう終わり。きちんと夏を始められた学校との差は、基本縮まる事などない。出だしで遅れるわけにはいかない。

尚、これは2人共知らぬ事だが、氷帝には不幸な事に立海はもうその作業を終えている。
この辺が、所謂データマンが居る学校と居ない学校の差である。

「ふふっ。折角お勉強会も相手校の対策も終わったのに、ね?」
「結局居残る運命からは逃れられへん、いう事やな。」
「うふふふっ!そうね、大変だわ♪」
「なんや嬉しそうやあらへん?」
「え?だって、少なくとも今回は1人じゃないもん。」

網代はパチンとウインクを飛ばしてみせた。

「侑士君が居てくれるんでしょう?」

そう言う網代の顔は、忍足に「いいえ」と言われると思っていない顔をしている。
想定してないわけじゃない。想定した上で、その可能性は極めて低いと判断した顔。

忍足は網代の、その、予防線を張ってその線上に立つような事をする所が。

「・・・せやな。」
「あは、やった!後から嫌だ、は言いっこなしよ?」

「言わへんて。・・・傍に居るで。」


そう言う所が好き。


安心できて。
とても、好き。