「名前は跡部景吾君。日本人、イギリス人、双方の血を引いているけれど生まれと育ちはイギリスで、中学に上がると同時に日本に移住。向こうで鍛えたテニススキルと、持って生まれた財力をフルに活かして、氷帝学園テニス部の頂点に入学式早々上り詰めて以降、その地位を不動の物とし、部を率いている、と・・・」
都大会後半戦午前、4回戦の対戸鞠中学校S3の試合前。
待望の跡部の試合前に、小鳥遊はメモを見ながらつらつらつら・・・と言った。
「よ、よく知ってますねっ!」
「ふっふーん♪ま、取材の賜物って奴よね!・・・と言っても、実際このレポを取材したのは井上君の方なんだけど。」
「あ、茉奈花ちゃんのインタビューか・・・」
「む!なあに可憐ちゃん、その「なーんだ」って顔は!」
「しっ、してませんしてませんそんな顔っ!」
ちょっとしか、という結び言葉は内心で呟くだけにしておいて。
「でもっ!そこまでいっぱい分かってるんなら、わざわざ私まで呼んで観戦しなくても知りたい事は分かるんじゃないですかっ?」
「分かってないわねえー。そうじゃないのよ、百聞は一見に如かず!これはあくまで聞いた話、伝聞のデータよ!スポーツの取材は特にそうだけど、こういう事は見るに限るのよ・・・って、始まるわ!」
「本当だっ!跡部君、頑張れっ!」
「プレイ!」
4回戦の対戦相手、戸鞠中学校のS3担当であった七川巌は2年生。
D2つは負けた。コテンパンにやられた。
これもう無理だろ、仮に勝てても次でやられるわと、もう最初からやる気もなく。
「15-0!」
「30-0!」
「40-0!」
「ゲーム氷帝!1-0!」
「あ、あれっ?何か・・・」
「うーん、誰の目にも明らかな諦めムードねえ。」
「諦めっ?」
「あら、知らない?割とあるわよ?相手があんまり強いと、どうしてもねー。やっても無駄だ、っていう心理が働いちゃうのよ。スポーツマンシップとしては良くないけれど・・・」
でも、人間だからね。
可憐にも、その心は分かる。
常にお客さんとして観覧席側に居たビードロズ達と違って、マネージャー活動の一環として常に試合を見ては居られない可憐は、今日此処に来て初めて「諦めムードの敵」という奴を目にしたのだった。
「へえ・・・」
「こういう試合を見るのは、可憐ちゃんは初めて?」
「はいっ!いつも、どっちも一生懸命な試合しか見た事なかったからっ!」
「ふうん・・・まあ、いつもどっちも一生懸命っていうのも、見ようによっちゃ悲しいけれどね。」
「えっ?」
「今も言ったけれど、相手があんまり強いと諦めるっていうのは、見受けられる成り行きだわ。それは逆に言うと、恐れられているという事よ。」
相手が一生懸命向かってくるという事は、裏を返すと、相手は「一生懸命やれば勝てるかもしれない」と思っているという事。
名前だけで委縮する、という程の実力は今の氷帝にはまだ無い。
(そっか・・・確かにそういう見方をするならあんまり嬉しい事でもないんだよねっ。私もそういえば初めて紫希ちゃん達と会った時は、立海って聞いただけで浮き足立っちゃったなあ。)
対するビードロズ側は、マネージャーなどではないから詳しくは無いにせよ、「氷帝?って、どこ?」といった反応だったっけ。
つまり、ああいう事。
(うう、い、いやっ!今年は違うもんっ!去年までは確かに、強豪校の中でも下の方だったかもしれないけどっ!でも今年こそは氷帝が1番に、)
「ちょっと、何あれ!?」
「えっ!?何っ!?何っ!?」
ちょっと試合から意識が逸れていた間に、試合は2ゲーム目がそろそろ終わりそうという所。
跡部お得意、破滅へのロンドの1ステップ目。
相手のラケットが弾かれて、落とされた所であった。
やる気のなさから、握力を然程意識して入れていなかったのが仇になった。
弾かれたラケットは直ぐには取れない距離の所へと跳ね飛んでいき、自分に全く構わないどころか待っていたぜこの時をと言わんばかりに不敵に笑う跡部に、七川は目を見開いた。
(嘘だろ、マジかよ此奴・・・!)
地区予選の時の土方が感じた事を、この時七川も又感じた。
此奴、わざとだ。
これは事故じゃない、狙ってこうしてるのだ。
多分隙があれば何処かで又やるだろう、何度でも何度でも。
「はあっ!」
ドン!と音がして、綺麗に抜かれる。
抜かれるしかないのだ、七川はラケットも持てずに居るのだから。
「・・・マジで?」
コートを抜けて行ったボールから視線を跡部に戻すと、王は不敵に笑ってラケットを七川に向けた。
「俺様の美技に酔いな。」
七川はその振る舞いに。
イラッとした。
美技に酔え?
それって、今みたくお前の技をボーっと見ながら、大人しく棒立ちになってろって事?
そりゃあね、勝てないよ。
自分でもそう思うし、もうこっちの負けーーー試合じゃなくて、学校としての敗退は決まったようなものさ。
でも。でも。でも。
「くっそ・・・!」
悔しい。
ムカつく。
此処まで下に見られたのは久方ぶりだ。
初めからやる気出さなかった自分が悪いのも分かってるけど、腹が立つ物は立つんだよ。
見てろ、やってやる。
やられたままで黙ってられるか。
「おい!」
「アーン?」
「次もやれよ。」
「次?」
「さっきの技だよ!次も打って来いよ!絶対返してやる!」
ギリリ、と歯噛みする七川に跡部は笑みを深くする。
良いじゃないか。
そうじゃなくちゃ、勝負は面白くないもんな。
「次も決めてやるよ。」
「うっせ!返してやらあ!」
「ああ、跡部君ってばもうっ!・・・小鳥遊さんっ?」
「今のが破滅へのロンド・・・」
井上のインタビューから、知ってはいた。
跡部の決め技。具体的にどういうショットなのかも。
でも、やはり目で見ると違う。
「あんな技を、中学1年生にして完成させている子が居るなんて・・・!」
「や、やっぱり跡部君って凄いんですかっ?」
「凄いなんてもんじゃないわ、間違いなく逸材の内の1人よ!制球コントロールもさることながら、特筆すべきは発想ね!」
「発想っ?」
「そうよ、発想!相手を強制的に武装解除させてから、返せない打球を叩きこむ・・・先ず、テニスに於いて相手から武器を取り上げるのが前提、という考えが大胆且つ不敵だわ!よしんば思いついて出来るようになったとしても、実戦で使うには相当の度胸が無いといけない。相手は先ず間違いなく闘志に火が着くし、敵を増やすやり方なのは間違いない、そのプレッシャーを跳ね除けられる精神力が要求される!ううん、凄い子だわ跡部君、今の段階でこれが出来るなんて!今年の関東はなんて面白いのかしら!」
(凄いなあ・・・)
今の小鳥遊は、間違いなくジャーナリストだ。
さっきまでの悪い意味で大人らしくない態度は何処へやら、正確な分析に独自の推測を加えて恐ろしい勢いで記事を纏めだす小鳥遊に、可憐は素直に尊敬の眼差しを送る。
そう。
ここで、それで終わっていれば小鳥遊は皆の尊敬を集める事が出来るのに。
「さて!此処まで分かれば、後はもう取材の詰めだわ!」
「詰めっ?」
「そう!というわけで可憐ちゃん!」
「は、はいっ!」
「ずばり、跡部君の好きな女の子のタイプは!?」
すぅん・・・と、なんといおうか、何かやる気と言うかテンションというか気合というか、自分の中のそんな何かが急速に萎んでいくのを可憐は肌で感じた。
「・・・それって、テニスに関係ありますかっ。」
「あるわよ!こういう風にパーソナルデータを採取していく事で、プレイスタイルの考察にもなる・・・」
「でも考察に必要な程度の跡部君の大体の性格は、前に井上さんが茉奈花ちゃんから聞いてると思うんですけどっ。」
「んぐ・・・!」
(て、手強い・・・やっぱり立海のあの子達と違って、ちょっと詳しい子は丸め込めないわね・・・いや!負けては駄目よひたき!此処で退いては、ジャーナリストの名が廃るってものだわ!)
もう既に廃りっぱなしの事には気づかないで、小鳥遊は(要らない)悪知恵を働かせる。
「ほ、他にも聞きたい理由はあるわよ!」
「何ですかっ?」
「ええと・・・」
「・・・・・」
「その・・・・」
「・・・・・」
「ほら・・・・」
「はあ・・・」
他の質問なら可能な限り受けるから、取り敢えずこの質問は捨てておいてくれませんか?
と可憐が言おうとするより一瞬早く、小鳥遊は口を開いた。
「そう・・・そうよ!これは、跡部君のテニスプレイヤーとしての未来の考察にも必要よ!」
「えっ?」
「だってほら!もしも跡部くんの彼女が変な人だったら、跡部君ったら振り回されちゃって、テニスが疎かになっちゃうかもしれないわ!」
そんな事絶対無いわ。
と、跡部景吾という人間を知っている者ならば皆そう思うだろう。
可憐だって思った。この時は。
「ううん・・・でも跡部君はそういう人じゃないっていうかっ。跡部君に告白してる女の子はいっぱい居ますけど、皆袖にされちゃってるしっ。テニスより彼女が大事なんて、跡部君に限ってそんなーーー」
「分かってないわねー、可憐ちゃん!Fall in love!恋っていうのは、落ちるものなのよ!自分じゃ這い上がれないの!跡部君は、きっとまだ出会っていないに違いないわ!」
「そうかなあ・・・」
「そうよ!そんな風に油断して、頼りにしてる部長がいきなり部をほっぽって行っちゃったら一大事よ!今のうちに備えておかないと!・・・てわけで、話を戻すけど彼の好みのタイプを、」
「もー!結局そこじゃないですかっ!」
この時。
もうちょっと、小鳥遊の言うことをよく聞いておけばよかった、と可憐は後に思うことになる。