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4回戦を終え、晴れて関東大会への切符を手にした氷帝学園。

さて。
じゃあお昼を食べたら、いよいよ準決勝ですね。

なんて思っていたが。

「わっせ、わっせ、ふう・・・水道が遠いなあっ。」

可憐は今、両手にタオルを抱えて少し離れた水道へ向かっていた。
今さっき部員のドジで(これは可憐のドジではない)未使用のタオルが机から落ち土埃にまみれてしまったのだ。
洗おうとしたが近くの水道が塞がっていて、未だ時間はあるからもう少し離れた所の水道に足伸ばそうとしている所。

だったのだが。




ポツ。




「んっ?」


ポツ、ポツ、ポツ、サアアアアア・・・


「えええええっ!?ま、待ってっ!待ってっ!待ってっ!ええと、ええとっ!」

まずい。
天気が怪しい怪しいとは思っていたが、降ってきてしまった。

テントは戻るにはあまりに遠い。
タオルも抱えているし、取り敢えず雨宿り出来る所が必要だ。

(ええと、ええと、屋根、屋根は・・・あっちっ!)

「・・・きゃうっ!って、あーっ!」

やってしまった。
一番転んではいけないタイミングで転んでしまった。
雨が降って濡れ出した地面にぶちまけられたタオルは、洗いに来たはずなのに最初より汚れる事になってしまった。

(だ、駄目駄目っ!今此処で凹んでると、事態が悪化しちゃうっ!兎に角早く、早く屋根の下にタオルごと移動しないとっ!)

せっせとタオルをかき集め直す可憐だが、勢いを増す雨の中、急がなければと思えば思うほど慌てて余計にもたついてしまう。

(ええと、ええとっ!今3本持ってて、4本、5本、6本、)

「7、8、9・・・あれっ?後3本、」


「こっちにあるわ。」


心臓がビクついた。

「お、忍足君っ・・・!」
「・・・色々言いたい事はあるけど、取り敢えず雨除けが先やな。あっちに行こか。」

その言葉に内心でびくびくしつつ、しかし一先ず雨除けを優先しないとという忍足の言葉は正論で、2人はタオルを抱えて、近くの休憩所に向かった。




ざばああああ・・・と勢いを更に増す雨の中。
屋根の下で、可憐は忍足と2人、雨宿りを余儀なくされた。

「ああ、タオル・・・洗いに行く所だったのにっ・・・!」
「まあ、しゃあないわ。どっちみち洗うんやったら、今いくら汚れても平気やて思うとこ。」
「うん・・・」
「こんな雨やったら、試合も中断や。休憩や思うて休んだらええで。」
「そっか、そうだよねっ。こんなに降ってちゃ、試合なんてっ・・・!」

そうだった。
そりゃそうよ、試合なんて出来ないよこんな酷い雨で。

延期の判断はまだ先延ばしにされるとしても、一時中断は免れないだろう。

そう、つまり。
降り止むまでは、ここでずっと2人。

(ど・・・どうしようどうしようっ!どうしたら良いんだろうっ!?)

あのキャンペーンが始まって数日。
忍足との関わりが急速に薄れていっている・・・というか薄めていっている可憐は、忍足とどう接すれば良いのか、今やわからなくなりだしていた。

いや、普通にしてたら良いと言うのはわかる。
それはわかるのだが、考えていると段々、普通ってなんだっけ?状態になってしまうのだ。

話す頻度は?
体の近さは?
用事が無いなら話さない方が良い?
それは冷たすぎる?

網代の事も踏まえて、友情を深めるにも注意しないとと思えば思う程訳が分からなくなり、取り敢えず離れておけば悪い事は無いと思って避けて、それの繰り返し。

忍足も大体想像はつく。
つくからこうして苦笑してしまうのだが。

「・・・・・」
「・・・なあ、可憐ちゃん。」
「は、はいはいはいっ!なんでしょうっ!」

(・・・これやもんなあ。)

何から言おう。

朝網代がそれとなく調べてくれるとは言っていたが、結局昼になった今もそんな時間が取れないでいるようだし。
でも折角今時間があるし、急ぎは無いし、2人しか居ないし。

「・・・単刀直入に言うけど。」
「はいっ!」
「俺の事持て余してへん?」
「は・・・」

いいえ。
という言葉が咄嗟に出せなかった。
だって、当たってたんだもん。

「・・・そっ!そんな事は、」
「あるやろ。」
「・・・・・」
「・・・あ、堪忍な。勘違いせえへんで、俺別に、怒ってるわけやないねん。」

可憐側の歯切れが悪すぎてどうしても忍足が一方的に責めてるような空気になりがちだが、その実忍足は別に腹が立ってるわけではなかった。
可憐の様子がおかしい理由についても、なんとなく察しはつくし。
ただ、そんなに可憐がパニックになる事もなかろうて、と思っている。

「可憐ちゃん、俺に気使うてくれてるやろ。・・・茉奈花ちゃんの件で。」
「・・・うん。」
「それと繋がりあるんかは知らへんけど、あんまり俺に手伝うて貰うのも止めとこて思うてるやろ?」
「うん・・・・」

別に、そんな事しなくて良いんだよ。
と言うのは簡単だけど、でも、今そう言っても解決には結びつかない気がする。

可憐は、自分が「気にしないで」と言うであろう事まで分かってる。
分かっててやってるのだから、気にしないでと言い募るのはあまり意味が無い。

となるとやっぱり。

「・・・俺が頼りのう見えるのが悪いんやろな。」
「えっ?」
「せやろ?」
「なっ、なんでっ!?私別にそんなつもりじゃっ!ただ、忍足君の邪魔したくなくて、」
「それは分かってんねん。分かってんねんけど、俺はつまり、此処までして貰わへんとあかん風に見えてんのんとちゃう?」
「あ、いや・・・」
「ええねん、分かってるわ。自分でよう分かってる・・・」

そう。
この件に関して、自分は思い切りが悪い。悪い自覚がある。

当の自分がこんな有様だから、周り・・・特に可憐のように、事情を知ってる周りの者はやきもきするのだろう。

そしてその推測は当たっている。
可憐はビードロズからも向日からも、本人が動かないのならば周りは多少大袈裟にせねばならないと言われているから。

「で、でもっ!それは私が勝手にやってる事で、」
「でも、俺やなかったら可憐ちゃんはこんな事せえへんと思うで?」
「そ、そんな事はっ!」
「あるて。例えばそうやな・・・立海の、あの。黒崎さんと付き合うとる奴。」
「ああ、千百合ちゃんの・・・ええと、幸村君だねっ。」
「せや、その幸村みたいな性格やったら、可憐ちゃん此処までせえへんのやあらへん?」
「忍足君が、幸村君みたいだったら・・・」

確かにしないかもしれない。
あそこまで態度がストレートだと、別に何をどう手伝わなくたって自分でさっさとなんとかしてしまうだろうから。
忍足のようなタイプだろうが幸村の様なタイプだろうが、友達は友達なので協力はするだろうが、それを差し引いてもだ。

「・・・・・」
「確かに俺も、勉強会の件とか、多少甘えさせて貰うとは言うたわ。せやけど、俺は・・・」

忍足はちょっと言い淀んだ。

落ち着け。
落ち着け。

此処で変な言い回しをしてしまうと、事態がより捻じれる。

「・・・俺は。


・・・別に、可憐ちゃんと距離置きたくてあんな事言うたわけやあらへんで。」


そうか。
そうかな。

内心でそう呟く自分が居るのも、忍足は分かっている。

本当は分かってたんじゃないか、心のどこかで。
網代が好きだと言ったら、可憐は性格からして気を使って、手伝おうとしてくれる事を分かってたんじゃないのか。
分かってて、言っても良いと思ったんじゃないのか。

今の状況は自業自得ではないと、果たしてどこまで言い切れるかな。

会話のボールを可憐に投げながら頭で考え続ける忍足に、可憐も又考え込む。

自分だって。
自分だって別に、忍足と距離を置きたいわけじゃない。

でも。

「・・・・ごめんねっ。」
「いや、謝らせたいわけやのうて、」
「ううんっ、私も自分で思うもんっ。態度が変だなって・・・でも、手伝う為にはやっぱりどこかで私、自分の行動を変えなくちゃって思っててっ!だから、それをしようとして、でもあんまり上手く出来ないっていうか、匙加減がわかんなくなっちゃって・・・」

普通に普通に、って皆言うけれど。
でも、完全に今迄通りでは駄目なのだ。

現に美梨だって、勉強会は止めた方が良いと言った。
ビードロズ達からも向日からもアドバイスを沢山貰って、あれはやった方が良い、これは止めた方が良いって。
それを忠実に行う可憐はもう、今迄通りの可憐じゃない。

可憐が忍足に聞いてしまった事は、つまりそういう事。
知ってしまったらもう、知らなかった時には戻れない。

「それでっ!だから・・・」
「おん。せやから、俺が別に何をして貰わへんでも、ちゃんとやれてたらええねん。」

ちゃんとって、この場合何をどうするのが「ちゃんとやる」事になるのよと言われると忍足も困るけど。
別に恋愛沙汰が得意なわけでは無いし。寧ろどちらかというと不得手だし。

でも。

「俺は可憐ちゃんに茉奈花ちゃんの事聞かれて、それで「そうです」て言うたわ。それは事実やけど、でも俺は、茉奈花ちゃんと付き合えるんやったら、友達もテニスも何もかんも全部放り出してもええとか、そんな事は思うてへんで。」
「忍足君・・・」
「そうは見えへんて言われたら弱るけど、俺は引っ越してからの今の生活が結構気に入ってんねん。茉奈花ちゃんだけやのうて、可憐ちゃんや岳人や跡部や、今のテニス部のメンバーとか、氷帝で過ごしてる時間とか。偶に従兄弟の事思い出したり、なんやいつの間にか神奈川に友達出来とったり、いつの間にか大阪からの道場破りとも友達になったり。」

まああの神奈川の友達の方は、若干黒崎さんちの棗君は苦手かもしれないけど。
いや、苦手なのはこっちだけで、向こうはこっちの事毛ほども苦手とは思ってないだろうけどさ。

「せやから、この間の事が嘘やいうわけやないし俺の台詞やないかも知らへんけど、茉奈花ちゃんとの事で、そないに頭いっぱいにせんでええねんで。」
「頭いっぱいに・・・」
「せや。可憐ちゃん、今なんやその事にばっかり意識行ってへん?」

行ってるかも。
いや、今言われて初めて分かったが、行ってる。

特に美梨と話をして以降は、段々行動に具体的な指針が見えだして、やらなくちゃやらなくちゃ、そうした方が良いって自分は分かっているんだからやらなくちゃ、と。
兎に角がむしゃらに何か行動を起こしたくて、起こさずにはいられなくて、でもどんなに頑張ろうとしても自分は当人ではないから、何かするにも限界がある。だから余計に、その自分に出来る僅かな事を、手探り状態の中きっちりやろうやろうと思うと。

(・・・忍足君の言う通りかなっ?私、気にし過ぎっ?)

周りに片思い(千百合は両思いなので)している友人が、忍足以外居ないから。
だから、必要以上に気負うというか、手伝うぞ!と気合を入れ過ぎただろうか。
もっと肩の力を抜いていけばそれで良いのだろうか。

と、思ったその時。
可憐の頭に蘇るあの日の言葉。




『私の王子様じゃありませんから』




「・・・だっ、駄目っ!」
「え?」
「やっぱり駄目っ!駄目だよっ!」
「何が、」
「だって・・・だってっ!忍足君は、私とずっと一緒に居るわけじゃないからっ!」
「・・・・?」

分けが分からない忍足。
そりゃあそうだろう、可憐だってそう思う。

兎に角、忍足の言ってるような感じでは駄目なんだと伝えたいがあまり、慌て過ぎてビードロズ達に聞いた話を説明できない。

友達も大事だけど、実際問題最終的に取らざるを得ないのは恋人でしょ。
だから異性での友達同士の関係って言うのは、相手にパートナーが出来た時、自分一人じゃ何にも出来ない帰って来てよう、な事じゃいけないでしょ。
だからその時に備えるという意味で、自分の事は自分でやれた方が良いよね。

という事を順に話せない。結論ばかり口から出てしまう。

「取り敢えず落ち着き?ずっと一緒やないて、どういう・・・」
「だって、そのっ!ええと、ええと、大人になって、結婚して、でも忍足君は優しいからっ!私が大人になってもドジだと、だからっ!」
「待って。待って。待って。大人て何?結婚て何が?」

やっぱりそうは見えないけれど、忍足は内心でかなり狼狽えている。

此処まで割と順調に伝えたい事を伝えられたと思ったし、可憐の反応だってまあそういう反応になるだろうな、と納得できるものだったのに。
なのに此処に来て、可憐はやっぱり駄目だとか言い出す。
しかも大人だとか結婚だとか、何処からどうやって出てきたの?今の話にどう絡むの?なワードがポンポン飛び出してきて、これは完全に予想外。
どうしたら良いのか以前に、言われてる話の意味がとんと掴めない。本気で。

「取り敢えず深呼吸し?な?」
「すー・・・はー・・・」
「そうそう。そんでええで。続けてみ。」
「すー・・・はー・・・って!違う違うっ!これがいけないのっ!」
「いや、あかん事ないやん何も、」
「駄目なのっ!こんな調子じゃあ、忍足君に彼女が出来た時、私、私っ!」

このままじゃ、ビードロズの言っていた話そのまんまだ。

今日もそう、今もそう。

誰か助けて、手伝って。
そう思った時にサッと助けてくれる忍足に又甘えてしまってる。
全然キャンペーン出来てない。

神様、助けてよ。
忍足じゃなくて、神様が助けてくれれば良いのに。

そう思った可憐の願いが届いた、のかどうかは知らないが。


「あ・・・・!」
「ん?ああ・・・」


通り雨が止んだ。

さっと雲が散り散りになり、空いた隙間から青空と、暑い位の日差しが再び降り注ぐ。

又直ぐ気温は上がるだろう。
少し待てば、きっと試合が再開されるに違いない。

可憐はサッとタオルを引っ掴んで抱えた。

「わ、私タオル行って来るっ!」
「ちょ、」
「手伝ってくれて有難う忍足君っ!でも大丈夫だからねっ!」

言うだけ言って、捕まり直す前に駆け出す可憐。
神様が味方してくれてるのだろうか、全然転ぶ気配の無い足取りに、可憐と忍足の距離はみるみる離れて行き。その内見えなくなった。

屋根の下に1人残される忍足。
眩しい位光る太陽がなんかちょっと憎らしい。

「・・・思うてたより根は深そうやな。」

ごめん、茉奈花ちゃん。
まだもうちょっと、元に戻るのは遠そうやわ、と忍足は内心で呟くのだった。