本日は週に一回、千百合のベース学習Dayだ。
音楽室に行けば、一条が待って居る。
(ちょい遅れ気味。やっぱ実験で1人足んないのって辛いな。)
今日の4限は理科だった。
実験の授業だったが、班員が1人体調不良で休んでいたので少ない人数でやる事になり、遅れが生じてしまったのだ。
サッと謝らないとな、なんて思いながら、音楽室の扉に手をかけて開けた。
開けたのだが。
「いやしかし、こうしていざ顔を合わせてみるとやはり、「なんだ」と言う感じがするね。良い意味で予想外と言おうかな、幸村君はもっと近づきがたい存在のイメージがあったから。」
「分かります。やはり、聞いた話だけでその人の人となりを掴むのは難しいですから。」
「そうだね。その人のフィルターを通して見てしまうというか・・・おや、黒崎さん。こんにちは。」
「やあ千百合、お疲れ様。」
一条とにこやかに談笑しているのは幸村。
いや。
お疲れ様じゃねえし。
なんで此処に居るんだよ。なんなんだよ。
「・・・何?」
「ふふっ!ほら、千百合が前にベースを習ってるって教えてくれただろう?一度挨拶に行きたいなと思っていたんだけれど、偶々柳が今日面白い事を教えてくれてね。」
「面白い・・・?」
「春日と丸井が仲良くなろうとしている、一条郁さん。此処に居るのは彼女のお兄さんなんだよ。」
兄。
一条が、郁の兄。
「・・・そういえば、初めて会った時に妹がどうとか言ってましたっけね。」
「ああ、言ったね。序に話すと、妹の友達のテニス部ファンにしてマネージャーというのは、林鈴奈君の事だ。知ってるかい?」
「いや、私は。精市は知ってるよね。」
「うん。彼女は良いマネージャーだよ。ちょっとだけ、俺達に対して夢を見ていると言うか、大きく騒ぐ傾向はあるけれどね。」
はあ、と息を吐きつつ一条は頭をかいた。
「しかし、すまないね。うちの妹が、本当に態度が悪いみたいで。」
「あはは。確かに親しげとは正直言い辛いですが、働きとしてはとても助かりましたよ。先日も暑い中、一日頑張ってくれましたから。あまりお気になさらず。」
「ていうか、それは直らないんですか。」
「千百合?」
ちょっとはっきり言い過ぎじゃないか、と幸村の困ったような微笑みに書いてあるが、千百合には知った事じゃない。
一条はますます眉を下げた。
「そうだねえ、僕も兄としてあれは良くないというか・・・しかし妹の最大の短所と言っても過言ではないからなあ。なかなか直せと言ってもね。」
「いえ。僕たちは別に、目立つのが嫌いというのが短所だとまでは、」
「そうじゃない。あの子は本質的には意気地なしなんだよ。」
一条は実にはっきりと言った。
意気地なし。
意気地なしだと?
「意気地なしは人にあんな態度取れなくないですか?」
「いや。あの態度は意気地なしだからこそなんだ。妹は妹の言う所謂「目立つ人」と関わる事を怖がっているのさ。嫌なんじゃなくてね。」
「は?」
嫌じゃないだと。
いや、あんなに本人が嫌だ嫌だって言ってるじゃん。
それに、怖いなら尚更あんな態度は取れないと思うのだが。
わけわからないと思う千百合の傍ら、幸村はああ・・・と納得した呟きを漏らす。
「え。精市、分かるの。」
「気持ちは分かるさ。同じ事をしようとは思わないけれど。」
「?どういう事?」
「ううん・・・本人の居ない所であれこれ言うのはどうかと思うけれど、まあ。端的に分かり易く言うと、彼女にとって俺達は葡萄なんだよ。」
「そう、とびきり酸っぱい奴だ。」
「本当はとびきり甘い事を御存じなんですよね、彼女は。」
「その通り。甘ければ甘い程、酸っぱくなっていくのさ。」
「分かったもう良い、ベースしよ。」
よく分からないけど、教えてくれる気が無いのはよーく分かった。
もう良い。自分は謎かけに付き合う趣味は無い。
幸村が自分にはっきり教えてくれないという事は、別に自分が知らなくて支障のない事の証でもあるし。
「はははっ!やあ、すまなかったね。折角幸村君も来てくれているのに、確かに時間が勿体無い。本題を始めるとしようか。」
「いえ、僕の事はお気になさらず。ごめんね千百合、邪魔をしてしまって。」
「別に邪魔とは言わないけどさ。」
でも、居ないと思ってる時に急に視界に入ってくるのは止めて欲しい。
あ、精市だ。
そう思うと勝手に心臓が跳ねてしまうんだから。
「さて、始めようか。」
「はい。」