その少し前、1-Bでは紀伊梨が良い子で井谷を待って居た。
「紀伊梨ー!ごめん遅れてー!」
「もー!ミッキー直ぐ戻って来るって言ったのにー!」
「マジごめん!今日に限ってミーティング長いんだもーん!」
放課後になったと思ったら、井谷からミーティングがあるから少し待っててくれと言われ。
いつも30分か其処らで終わるからと言われていたが、今や更に30分進んで1時間近い。
「およ。ミッキーも今日ミーティング?」
「ん?うん、そう!毎週月曜日!」
「へー!男子テニス部も月曜日だよ!お揃いだー!」
「・・・ああ!ははは!違う違う、お揃いなんじゃないよ合わせてんの!」
「ほえ?」
「うちの応援部、何処の部の応援を担当するか班できっちり決まっててさ。ミーティングはどうしたって必要だからどうせならって事で、その応援する部のミーティングと曜日被らせてんのよ。その方が打合せしやすいし。」
「へー!何か良く分かんないけど賢いねー!」
「・・・うん、まあ。」
実はこの方法は諸刃の剣っちゃあ剣な所もある。
数ある立海の部活の中でもキツイ方にカテゴライズされる男子テニス部と応援部。
その中でミーティングだけの曜日はほぼ休みと言うか、貴重な放課後が空いてる日。
要するにこれは、ある意味では公然と休みの日を合わせに行ってるような物なのだ。
自然デートもし易くなり、もしかしてその為にこういうシステムになってるんじゃないの・・・と一部で囁かれる事も珍しくない。
ちゃんと応援部してる井谷などにとっては良い迷惑だが。
「で!そうそう、そうなの!」
「ほえ?」
「私ね?今男子テニス部の応援やってるんだけどー・・・最近ちょっと思うんだ!」
「お?」
「先ず、これ見て!」
スマホを見せられて紀伊梨は覗き込んだ。
練習風景の動画だ。
何人かが演技する中に井谷も入っている。
「おー・・・おー・・・うおお!ミッキー飛んだー!すごーい!」
「えっへん!・・・じゃなくて!見た?」
「うん、見た!すごかった!」
「じゃ、次にこっちを見て。去年の。」
「ほうほう!」
またも演技が始まる。
年度が替わるとやはり顔ぶれが変わるが、流れとしては一緒らしい。
「で、これが一昨年。」
「これが一昨々年。」
「これがその前。」
「その又前。」
「その前。」
「その前。」
延々と続いていく歴代の演技。
1回1回の演技そのものはそんな長時間ではないので、長すぎてしんどいとかそれはないけれど。
「・・・どう?」
「・・・なんかー。」
「言って良いよ、はっきり!」
「・・・ずーっと同じことやってるね!飽きちゃった!」
今見た何年か分の動画は、人が変わっているだけ。
動きが全部同じ。
同じ演技。
同じ曲。
同じ人数。
同じ所要時間。
演技してる人間以外、何一つ変わらない。
確かに演技のレベルは高いけれど。
はっきり言っていいと言われたからはっきり言った紀伊梨の前で、井谷はドン!と机を悔しそうに叩いた。
「そう!そーなの!私もそう思う!飽きるよね!っていうか、飽きた!」
「おお!やっぱりやってる方も飽きるんですな!」
「まあ私は1年目だからあれだけど!でも!私は少なくとも来年!来年には違う演技がやりたいの!」
初年度はまあまだ良い。
でも2年目になっても3年目になっても男子テニス部の担当で居る限りずっと同じ演技し続けろって、そんなの嫌。
「だから、紀伊梨に協力して欲しいの!」
「おお!良いよ!何やったらいいのかわかんないけど!あ、応援!?応援したら良い!?フレー、フレー、ミッキー!って!」
「せんで良い!っていうかなんで応援部の私が応援されなきゃいけないの!?」
「えー!でも紀伊梨ちゃんに出来るのってそのくらいしか無いよー!」
「あ、る!紀伊梨には他にも出来ることあるじゃん。」
井谷はぐぐっと顔を寄せて言った。
「曲、作って欲しいの。新しい、立海男子テニス部の応援のための曲!」
演技だけ変えるのでは駄目。
井谷は自分の中に結論を持っていた。
演技はリズム感がとても重要で、流れる曲に合わせて振り付けを考える事になるが、今飽きた飽きたと言われているこの演技はいわば究極体。
この曲に対して最適であろうと思われる演技なのだ。
だから曲を変えないで演技だけ変えようとしたら、絶対にリズムがちぐはぐになる。
演技を変えるには、曲から何から変えないと良い物は出来ない。
その提案。
その熱意に応えない五十嵐紀伊梨が居るであろうか。
いいや、何処にも居ない。
「~~~~やるーーー!絶対絶対良い曲作って、ミッキー達に踊ってもらうよ!」
「マジ!?やってくれる!?」
「やるやる!紀伊梨ちゃんにまっかせんさーい!ちょーノリノリで皆が勝てるよーな曲にするかんねっ!」
「やった~~~~~!良かった~~~~!」
ドッと息を吐いて井谷は万歳した。
「も~~~、正直引き受けてもらえるか分かんなかったからさー。超ドキドキしたってマジで!」
「えー?紀伊梨ちゃんこーゆー事はやだとか言ったことないよ?」
「いや、嫌だって思われるとは思ってなかったけどさ。でも紀伊梨は紀伊梨でやる事あるじゃん?ビードロズの方とか。時間あんのかなって。」
「あー。」
夏に向けて準備しないといけないのはビードロズだって同じだ。
井谷もそれはとてもよくわかる。
東京のフェスに出ることだって聴いてる。
そのためにメンバー皆頑張ってることも聴いてる。
やりたい事があるのはお互い様なのに、この忙しい時に友達のよしみでと言って作曲なんか引き受けてくれるかどうか、と言われるとやはり井谷としてはかなりの確率で断られる事を想定しないではいられなかった。
「うーん・・・でもでも、ミッキーが頼んでくるのは特別だから、無理っぽくても頑張るよ!」
「え、そなの?」
「うん!だってミッキー、ゆっきー達の応援の為に頑張ってくれてるんっしょ?」
自分たちの大事な大事な友達。
その友達の為に頑張ってくれるというのなら、もうこれは自分たちの為にやろうとしてくれてるととっても良いくらいの事じゃないか。
おまけにそれが自分の得意分野だというのなら、多少忙しいのが何だと言うのか。
そんな理由で協力を惜しんでいたら、ビードロズリーダーの名が廃る。
「だから紀伊梨ちゃんは!断りません!」
「紀伊梨・・・おおおおー!ありがとー!私もし曲が出来たら、絶対絶対一生懸命練習するから!一番の演技で男テニの応援するからね!」
「うん!紀伊梨ちゃん超超楽しみにしてるね!」
「何やら楽しそうだな。」
「え?あー!やなぎーだー!」
振り返ると、珍しく放課後なのに制服のままの柳が後ろに立っていた。
「あ!ねーねーやなぎー?今の紀伊梨ちゃん達の話聞いてた?」
「いや。はっきり聞こえたのは楽しみにしてる、とお前が言った所からだが。」
「よしゃ!セーフ!」
「ねえちょっと紀伊梨?」
「えー!だってだってー!内緒のほーが楽しーっしょ?」
「いやあのね?」
確かに内緒の方が楽しいのは同意するし、どうせなら驚かせたい気持ちは井谷にもある。
あるが、こうまで「内緒です!」オーラを垂れ流していると、それはもう最早内緒でもなんでもないんじゃないだろうか。
っていうか、もう内緒とかセーフとか言っちゃってるじゃないか。
何て言えば分かってくれるのか頭を抱える井谷に、柳は全てを察してフッと微笑んだ。
「あまり気にしないで良い。もう慣れた。」
「あ、マジ?何か苦労かけます。」
「此方こそ。」
「え、何何ー?何の話ー?」
「いや、あんたは気にしなくて・・・っていうか!そう、そうだよごめんね柳君!もう私用事終わったし、紀伊梨返すよ。何か話あったんじゃないの?」
「あ!そーだった!どしたのやなぎー?遊びのお誘いでやんすか!」
「ふっ。」
柳は思わず笑った。
遊びのお誘い。
当たらずとも遠からず。
「ふむ・・・そうだな、間違ってはいないかもしれない。」
柳はスマホを紀伊梨に向けた。
発信者、幸村。
「プール掃除の時間だ。行くぞ、五十嵐。」