廊下を歩く、揺れる赤髪。
膨らむ風船ガム。
1-B、丸井ブン太。
・・・の、ように見えるけど見えるだけ。
実際は丸井に扮している仁王。
変装の意味はあまりない。
目的があってやってるわけじゃないけれど、こうして日頃からの練習が大事。
「よ!」
「おう!」
擦れ違う生徒と挨拶を交わしす。
今のが誰だか分からないけど、まあ良いだろう。
向こうも気づいて無いようだったし、この調子。
「・・・お。」
なんと偶然。
暫定の「バレるかもしれない鬼門の相手TOP3」の1人が歩いてくる。
こういう時は先手必勝。
恐れて後手に回ると却ってバレる。慎重且つ強気が大事。
「・・・・よ!」
「丸井君!」
片手を挙げて紫希に話しかける。
よしよし、良い滑り出し。
「移動?」
「の、帰りです。丁度良かったです、丸井君。あの・・・・」
「?」
「・・・・・・」
黙った。
(バレたか?いや、そんな筈はない。別におかしい所なんぞ無い筈じゃ。)
「・・・どした?」
「あ、いえ・・・あの。丸井君・・・・」
「おう。」
「・・・もしかして、御具合悪いですか?」
(いかん)
これは割とはっきり違和感を覚えられている。
理由が解せないが、それが余計に困る。何が変なんだ完璧の筈だぞ。
「・・・別に?そんな事ねえけど?」
「いえ・・・そんな事あると思います。夏風邪ではないですか?」
「どうして?」
「だってーーーー」
「やあ、春日に丸井。」
鬼門2人目の登場に、仁王はちょっと冷や汗をかいた。
「幸村君。タイミングが良いです、ちょっとお聞きしたいんですけれど。」
「え?」
「丸井君は体調が良くないですよね?」
「って言って聞かねえんだよ。俺どこもおかしくねえのに。」
「・・・・・・」
幸村は1瞬、ひた。と丸井の姿の仁王を見つめて。
ふっと微笑んだ。
ああ駄目。
終わった。
「春日、良い機会だし教えておくよ。」
「はい?」
「おかしいと思ったら、頭を撫でれば良いんだ。こう。」
ずる、と鬘が取られて地毛の銀髪が靡きながら落ちた。
ああくそ、惜しかった。
「仁王君!?」
「参るのう。お前さんはちいと勘が良すぎるぜよ、幸村。」
「ふふふっ、お褒めに預かり。でもあんまり悪戯は駄目だよ?」
もう最近は、誰かに違和感を抱いたら仁王を疑えと言うのはテニス部での暗黙の了解になっている。
多分その内、仁王と柳生を疑え、に変わるだろう。
「丸井君じゃなかったんですか・・・」
「バレんと思ったんじゃがな。」
「体調が悪い、か。声でもおかしかったかな?」
「あ、いえ。これが・・・」
紫希は持っていた紙袋の中からそれを取り出した。
オレンジとチョコレートのマフィン。
「美味しそうだね、調理実習かい?」
「ええ。いつもの丸井君なら、オレンジとチョコレートの匂いがするって直ぐ当ててくるんですけれど・・・何も言われないので、鼻風邪でも引いているのかと思って・・・」
「あはは!仁王も修業が足りないね?」
「無茶言いなさんな。」
五感のトレースはなかなか難しいが、出来ないというのも悔しくはある。今後の課題だ。
「でも、これはこれで丁度良かったです。人数分作ったのでどうぞ。」
「すまんの。」
「幸村君にも。千百合ちゃんから、紫希も渡してよと言われていますので。」
「ふふっ!有難う、松にあげても良いかな?」
「はい。」
「・・・こんなきっちり密封してラッピングされた物の匂いが分かるんか、彼奴。」
「はい。ピタリで。」
あくまで諦める気はないらしく、珍しくちょっと難しい顔でマフィンを眺める仁王に、幸村は又笑ってしまう。
「その内、本当に最後まで気づかなくなってしまうかもね。」
「おう、そうなりたいもんじゃ。」
「えええ・・・」
「ふふっ、困るよね。騙されないで居られますように、って書いておくべきかな。」
「書くんですか?」
「今日は七夕へ行くんだろう?」
「ああ、そうじゃったな。」
結局皆Yesの返事をしている辺り、なんだかんだ毎日いつものメンバーで過ごすのが楽しいのだ。例え部活帰りでちょっと疲れていたとしても。
「ま、願いが叶うとかは信じとらんが。」
「まああれは、叶ったら良いな程度のものだから。」
「真田君は、自分への誓いだと仰ってました。」
「ははは!弦一郎らしいね。じゃあ俺達は、全国優勝って書かないとかな。」
「春日はもう少し押しの強い性格になれますように、かの。」
「そ、それは無理かもです・・・そうですね、少なくともフェスの成績は願うとして・・・」
「ああ。そういえば、お前さん達も夏は大舞台に立つんじゃな。」
「そうだね。俺達皆、今年の8月は勝負の月になる。」
「はい。ちゃんと出しきれれば良いんですけれど。」
一日、一日。
今日も過ぎて行く。
夏の足音が繰り返し、繰り返し。