歩きスマホしていると人にぶつかると言うのは、つまる所周囲じゃなくて、他の何かに集中しながら歩いているという事。だから、スマホなんて見てなくても、何かに気を取られてる人と言うのはこっちにぶつかってくる。
「なあ、どっち!?どっち!?」
「あっちじゃね?」
「馬鹿、こっちだよ!」
「きゃ・・・」
ドン!と音が鳴る勢いでぶつかって来られて、一瞬よろめく紫希を丸井はさっと抱き留めてくれる。
「うおっと。大丈夫か?」
「有難う御座います、すみません・・・」
「おうおう、王子様じゃのう。」
「え?」
「何が?」
「・・・・・」
この2人はこれだから、からかい甲斐に欠けるのだ。つまらん。
「しかし、えらく熱心じゃったな。」
「なあ。何なんだろうな?」
こんな子供向けの七夕イベントで、高校生男子が熱心になるようなものもあるまいよ・・・な目で紫希にぶつかっていった少年達を振り返る。
実は他ならぬ友人がお星さマンにお熱でちびっこに交じろうとしていた事を3人は知らない。
そんな3人の足元に、ひらんと紙が一枚落ちた。
「何じゃ、落としていったんか。」
「さっきの奴らだろい?ここの宣伝チラシじゃん。」
「あ、マークが。」
「「え?」」
「マークが入ってます。」
丸井の言う通り、チラシそのものは普通に此処でも配られている今日のイベント告知のビラである。
ただ、其処に蛍光ペンで付けられたマークは間違いなく彼らが記載した物だろう。
「えーと?神無月亜佐美・・・スペシャルトークショー。」
「知らん名前じゃの。」
「あ!知ってますその人、パンフレットで見ました。」
「パンフ?」
「はい。紀伊梨ちゃんが持ってらした、ええと・・・Angelsプロダクションの宣伝パンフレットです。デビュー済みの所属アイドル一覧という所に、確かその方のお名前と写真が・・・」
サッと見ただけだったが、顔も芸名も恐らく一致する。
まさかこんな所で本物を見る機会を得るなんて思わなかったが。
「成程な。彼奴ら、アイドルの追っかけって事か。」
「道理で熱心なわけですね。」
「しかしのう。厳しい事を言うようじゃが、俺は聞いた事も無かったダニ。」
「ま、あんまり売れてるわけじゃねえんだろうな。」
「あ・・・でも、営業は熱心にされてるみたいですよ?ほら。」
紫希は数m先に見つけた特別ブースを指差した。
「うわ・・・」
「おお。」
「わあ、綺麗ですね!」
確かに綺麗かも。綺麗かもだが。
(此処はお世辞にも居やすい空間とは言い辛いぜよ。)
神無月亜佐美の特別ブースは、少々特殊だった。
アイドルのグッズとして有名な団扇、写真、ペンライト等等も揃って居るのは勿論だが、今流行の宇宙モチーフのアクセサリーや小物がズラリと並べられている。
どうやら彼女はこういう夜空のイメージで売っているアイドルらしい。
アイドル系グッズ、そして女の子向けアクセサリーというおよそ興味の無い物を2つボン!ボン!と並べられて、仁王はちょっと腰が引けてしまう。
「お!すげえ光る光る!」
「ペンライトですね。」
「へー!触んの初めてだな。で?こっちのスイッチは?」
「色が変わるみたいです。こっちを押すと青で、こっちが白で、」
「ふうん?こうして、こうして?お!変わった!」
「綺麗ですね。」
「な。」
(彼奴らは楽しそうじゃな)
よくもまあ馴染めるものだ。
自分は少なくとも、1人で此処に長居はとても無理。
「・・・しかし、こういうグッズは売って意味があるんかのう。」
「え?そりゃああるから売ってんだろい?」
「そりゃあうちわとかペンライトはあるかも知らんが、此処にあるアクセサリーはもう普通の物と変わらんじゃろ。これを見かけてもアイドルの宣伝だと思えっちゅうのは無理があるぜよ。」
「ああでも、最近の女子向けのグッズはパッと見た時それと分からないようにするのが、可愛くて流行なのでは・・・」
「じゃが、売れない女子高校生アイドルの味方っちゅうんは、女子じゃなくて男子じゃろ。」
「「「・・・・・」」」
思わず3人は無言になる。
Angelsプロ、宣伝下手疑惑が浮上した瞬間であった。
「君達、あさみんのファンかい?」
奥から出てきたスタッフは親しげに声をかけてきた。
人は良さそうだ。人は良さそうだが。
(今時アイドルTシャツの上にハッピと鉢巻してメガホンをぶら下げて接客とはの)
(そういう格好はライブハウスとかでした方が浮かねえと思うんだよなー。)
言っちゃなんだが、ちびっことそのお母さん、ないし近所の小中学生が8割を占めるこの空間で、このアイドルオタク丸出しのルックスはどう考えても人避けにしかなってない。
せめて恰好が普通ならもう少し人を呼び込めたかもしれないのに。
「どうだい?新しい写真!それからCDシングル!お!女の子も居るじゃないか、アクセもあるよ!」
「あ、ええと・・・」
「行くか。」
「おう。ほら、行こうぜ?」
「あああ!待って待ってお願いだよ、せめて何か一つで良いから買って行ってよ!これじゃ赤字なんだよ!」
そりゃあ赤字であろう。
見るからに売れてないもん。
そもそもここのブースに今紫希達3人しか居ないし、奥には在庫が入ってるのであろう段ボール箱が山と積まれているし。
「おっさんさあ。なんつうか、赤字が嫌だってんならもうちょい売り方考えた方が良いんじゃねえ?つうか先ず、その格好止めたら?」
「えー、駄目!これは変えられない!」
「あ・・・では、もう少しグッズを分かり易くなさるのはどうですか?このアクセサリーなんかに、例えば神無月さんのシルエットを入れるとか・・・」
「それも駄目!」
「じゃあ男子向けのグッズを増やすんじゃな。せめて写真くらい、売れてないなら売れてないと割り切って、ミニスカの衣装写真の1種類でも売っても罰は当たらんじゃろ。」
「それも出来ない!」
「何が出来るんだよ・・・」
「僕だって一生懸命やってるんだ、でもしょうがないだろー!事務所の・・・いや、あさみんの指示なんだよ!あさみんがこういう売り方で行きたいって言ってるんだから、僕はあさみんに寄り添わなくちゃいけないんだ!マネージャーなんだから!」
(マネージャーがアイドルの方に合わせるんか?)
(そこ、逆だろい普通。)
(アイドルに優しい事務所なんですね・・・)
(優しいかどうかは微妙じゃねえ?)
売り出し方をアイドルマネージャーどっちが決めるとかは別に好きにしたら良いが、それが間違ってるくさいのにそのまま進めていくのは果たしてどうなんだろうか。優しいと言えば優しいのかもしれないが、結果売れてないのなら優しさにカウント出来ないんじゃないのか?
「兎に角っ!売れないのはあさみんが悪いわけでも、方針が悪いわけでも無い!世の中が悪いんだよ。」
「世間に責任転嫁するようになったら終いじゃき。」
「シャラップ!お喋りはそこまで!ほらほら、此処まで裏事情を聞いたんだから、何か買って行ってよ?」
「えええ!?」
「そっちが勝手に喋ったんじゃん?」
「細かい事は良いの!ほらほら、其処の女の子!アクセだったら買いやすいでしょ、どう?」
「どうと言われましても・・・」
「さ、行くか。」
「おう、無視じゃ無視。」
「あ!ちょっとー!貴重な魅力アップの機会を放棄する気かい!後悔しても知らないからね、僕は!後からあさみんグッズで可愛くなりたいって言っても、売ってあげないんだからねー!」
「はいはい、もう十分ですよっと。」
「あ、」
頼まれると、毅然とした態度をなかなか取れない紫希の背を押す丸井。
元より何の未練も無い仁王も踵を返しても、尚も背中にかかってくる声で、如何にあのマネージャーがしつこいか分かるというもの。
「完全に押し売りだなー。逆にちょっと尊敬するだろい。」
「良いんでしょうか、放っておいても・・・」
「良いの良いの。」
「丸井。」
「ん?」
「お前さん、そういう事を無意識にしとるといつか痛い目に遭うき、気をつけんしゃい。」
「何が?」
「・・・・・・」
紫希は人の呼びかけを無視してしまっている戸惑いで気づいて無いようだが。
さっき此奴、もう十分ですと言った。
もう十分って何が十分なんですかというと、さっきの呼びかけを受けての十分。つまり、グッズなんか買わなくても紫希は十分可愛いから余計な世話を焼いて貰わなくても結構、という事。
他意は無いって言えばなんでも済むと思うなよと千百合がいつか愚痴っていたのを聞いた事があるが、こういう場面に出くわすと成程。一周回って逆に面倒くさいなと思わないでもない。
「ま、こっちは面白いから良いが。」
「?」