「ねーーー!なんて書いたのってばー!見せてよー!気になって夜も眠れないよー!」
「大ぼら吹いてんじゃねえやwお前いっつもぐっすりこんこんだろw」
「紀伊梨ちゃん、あの、近いうちに教えますから、」
「紀伊梨煩い。」
「えーーー!」
紀伊梨は紫希がこそっと吊った5枚目の短冊の中身が気になって仕方ないのである。
そもそもお前の為に隠してやってるのにと思うと棗は人知れず笑みが零れてくるが、紫希自身は本当に見れらやしないか心臓がドキドキする。
今お世辞にも練習が上手くいってるとは言えないので、尚更。
もしバレたらもう二進も三進もどうにもブルドッグ。
それが分かるから千百合は止める側に入る。
紫希が今は言いたくないというんなら放っておいてやればよろしい。
「千百合っちは気になんないのー?」
「あんまり。」
「えーーー!」
「うっせえな、いつか教えるって言ってんじゃんか我慢しろよ。」
「待てないよ、そんなのー!それにそれに、もしかしたら教えてくれるの忘れちゃうかもしれないよ!」
「お前じゃあるまいし。」
「どーいう意味!?」
「まあ、五十嵐。春日がこんな風に言ってるんだから、考えがあってのことだよ。引っ込んであげよう、ね?」
「むいー・・・・」
「不服そうですね。」
「不満たらたらっちゅう顔じゃの。」
「解せん奴だ。いずれ教えると言ってるのだから、それで良いではないか。」
「いや。五十嵐にとっては、今忽ち教えてくれないというのは、不満要素の内ではおまけのようなものだろう。」
「と言いますと?」
「簡単な話だ。彼奴は焦っている。」
柳の視線の向こうでは、焦りの原因である丸井が遠慮なく棗に話しかけて紀伊梨を煽っている。
「もうちょい高い所に出来ねえ?」
「俺じゃこれ以上はちょっと無理だなw」
「じゃあジャッカル・・・は駄目だな、バレちまうし。」
「見なければ良いんだろ?」
「でも難しいでしょ、結ばなくちゃいけないのにw」
「あの、多分あのくらいで大丈夫だと思いますから・・・」
「そ?」
「・・・ねー!ブンブンってお願いの中身知ってるの?」
「知ってるけど。」
「なんでよー!なんでよもー!ずるいーーー!」
柳の言う事は当たっている。
隠されている事そのものよりも、この丸井に差を付けられてる感が紀伊梨にはとてもとても我慢ならないのだ。丸井も知らないのなら「じゃあいつか教えてね!絶対ね!」と言って諦める物を、丸井は知ってるもんだから諦められない。
よしんば棗はまあ良いとしても、なんで丸井は良いの?
そしてなんで自分は駄目なの?
紫希と自分は親友じゃなかったの?
親友なればこそがっかりされたくないし、良い知らせを聞くとそれが叶うと端から思い込んで突っ走る紀伊梨の事をよくよく分かっているし、それ故に今言うわけにはいかないのだが、紀伊梨にはそんな事知る由もない。
「ごめんなさい、でも・・・」
「ある意味ではお前の為にやってる所があるんだよw我慢しなさいw」
「・・・そなの?」
「そうだよw」
「うー・・・」
それならまあちょっと気が済むと言うか満足すると言うか、悪い気はしないというか。
分かり易くトーンダウンする紀伊梨に棗はつい笑ってしまう。
「分かったら帰るわよ。もう短冊も吊ったし・・・」
「あれ?帰るのかい?」
「え、帰らないの?」
「これを見るかと思ったんだよ。五十嵐は見ておいた方が良いだろうから。」
幸村はパンフレットの一番下を指差した。
そう、神無月亜佐美のトークショーである。
ぶっちゃけこの場でアイドルに興味のある人は少ないが、アイドル志望が友人に居るのなら見るべきと幸村は思っていた。実際のアイドルを見てこそ勉強になる物があるに違いないし、かといってアイドルを見られる機会なんてその辺にごろごろ転がってるわけでもないから。
「確かに、五十嵐の後学の為にという意味では見ておいた方が良いだろうな。」
「まあもののついでじゃき。」
「ああ。そんなに時間かけてやるわけじゃなさそうだしな。」
「今の時点で結構な時間だからねw」
「おい、トークショーとはなんだ?歌わんのか?」
「ええと、どちらかというとお喋りが主体のパフォーマンスの事です。」
「でも1曲は歌うんじゃないの。此処に演奏曲って書いてあるし。」
「『星屑の唄声』・・・聞いた事ねえなー。」
「あーーー!」
紀伊梨は思わず大声を上げた。
この。このチラシの隅にちょこっと載っている本人の顔写真。
「これ!これさっきのお姉ちゃんだー!アイドルだったんだー!」
「む!確かに、帽子を被っていてよく顔は見えなかったが・・・」
「会ったのかい?」
「ああ、ついさっきだ。」
「成程、アイドルの方だったのですね・・・思い出しましたよ。」
「柳生、見た事あんの?俺完全に初めて見るけど。」
「ええ、テレビではありませんが。いつだったか遊園地に行って、妹に魔法少女アニメのイベントに付き合わされた時に、お顔を拝見したのを思い出しましたよ。」
「そーそー!紀伊梨ちゃんもそーだったー!ドリームランドでマジカルフェアリー☆ピンキールビーのショーやってたよねー!司会のおねーさんだったよー!」
マジカルフェアリー☆ピンキールビーってそれ、小学校低学年向けのアニメだぞ。
などといちいち誰もつっこまない。紀伊梨だもの。
「・・・でも。」
「でも?」
「何かあの時もあんまり楽しそうにやってなかったなー、あのお姉ちゃん。」
アイドル相手にこれを言うって相当変なことかもしれないが、紀伊梨は神無月亜佐美の笑顔をちゃんと見た記憶が無い。
遊園地のショーの時も司会が2人だったからそんなには気にならなかったし、今日ぶつかった時もアイドルだなんて思ってなかったから、あんまり元気ないお姉さんだなー以上の事は思わなかったんだけど。
「気乗りしない仕事でもさせられてるんじゃないの。」
「大人っぽそうだもんなあwこうやってちびっこを沢山相手にする仕事は嫌なのかもねw」
「そうでもないような事を、さっきそのアイドルのブースで聞いてきたんじゃが。」
あのマネージャーは「あさみんがやりたがってる」と言っていた。
つまり、彼女はある程度仕事を選べるわけだ。(売れ具合は置いといて)
だからそれを信じるのなら、この仕事もマジ☆ルビの仕事もある程度は本人も乗り気だった可能性が高い。
まあこの中の誰もアイドルプロダクションの内事情なんて知らないし、本当は彼女は千百合の言う通り気乗りしていないのかもしれないけど。
「お前はアイドルになったらこういう仕事ガンガン受けそうだよなー。」
「うん!やるよ、やりたいよー!やれるんだったら紀伊梨ちゃんは喜んでやります!だってお星さマンやピンキールビーとお仕事出来るんだよ?ちょー楽しそーじゃん!」
「紀伊梨ちゃんは向いていそうですよね。」
「ふふっ。ちょっと心配だけどね、観客に混じりそうで。」
「「「ああ・・・」」」
よく考えなくても、もう目に浮かぶ。
仕事だとか忘れきって、子供に混じってお星さマーン!頑張れー!とか言って本気の応援しちゃう紀伊梨の姿。それは今と何が違うのと言われると困るけど。
「何にせよ、見るならそろそろ移動しよう。開始時間が迫っている。」
時刻は19時になろうとしていた。