その後、幸と千百合は2~3ヶ月に1回程度の頻度で会う生活を続けた。
幸は、ちっとも変わらなかった。
いや、変わってはいるのだ。
背は伸びるし、手足は長くなったけど、纏う雰囲気みたいなものは大体いつも同じだった。
性格も何ら変わることはなかった。いつも何か達観したような目をして、優しく微笑んでいた。
時折それが揺らぐこともあったけど、何に反応しているのか、千百合には未だにわからないまま、千百合は高等部1年の夏を迎えた。
「聞きたかったんだけど。」
「うん?」
「あんた、なんで日中来ないの。」
幸は決まって夕方~夜に千百合を訪れる。
この日もそうだった。
「夜じゃないと、ばれやすいから。」
「誰に何が。」
「周りに、遊んでることが。日中は、お勤めしていないとね。」
「そんなにずっと?」
「もちろん休んでも良いんだけれど、周りの言う休み方って、俺にとってはあんまり休んでるって感じがしないんだ。」
「読書しろとか言われる感じ?」
「ううん。一人山に登ったりとか。川で水遊びしたりとか。あんまり、俗っぽい事をさせてもらえないんだ。会話も、砕けた話ができる相手が居ないし。」
「私も?」
「千百合以外。」
そう言って微笑む幸の心は、千百合には計り知れない。
長年の付き合いで幸の生活に関し、千百合がぼんやりわかるのは、大分俗世間と離れているということだ。
隔離されてると言っても良い。
とにかく全てが折り目正しくて礼儀正しくて、よく息をしてられるものだと千百合は感心する。
「それで、急にどうしたんだい?」
「いや。最近、良い感じの純喫茶見つけて。もう紀伊梨や紫希とは行ったんだけど、一緒に行かないかと思って。」
もちろん、こんな夜には開いてない。
だから行くなら日中なわけだが、ふと思ったのだ。千百合は、日中幸に会った試しがない。
幸は、困ったように微笑んだまま眉を下げた。
その顔だけで、もう返事はわかったようなものだった。
「そ。」
「・・・ごめんね。どうしてもって言うなら、行けなくもないんだけどーーー迷惑をかけるわけにはいかないから。」
「誰に?」
「千百合にさ。それに、お店の人にも。俺は行った事が無いから、勝手がわからないし。」
「別に、そんなかしこまるような所じゃないけど。いつもってわけじゃないけど、友達も居るから不安なことあったら教えてもらえるし。」
「友達?」
「可憐っていうの。女給で働いてるんだって。同い年だけど、学校とかは行ってないぽい。」
「へえ。年は同じなのかい?」
「だって。あんまり女学生は来てくれないらしくて、すごい喜ばれた。」
純喫茶、カサブランカ亭。
そこに千百合とお付きの紀伊梨、それから友人の紫希が馴染むのに、そう時間はかからなかった。
紀伊梨はそもそも新しいものが好きだし、紫希は元々英国の出で、喫茶店に馴染みが深かった。
確かに割高ではあるが、千百合も紫希もお金はある方なので、しょっちゅうは無理でも少し回数に気を付ければ楽に通える。
初めて顔を出した時、可憐はそれは喜んだ。
純喫茶は「敷居が高い」「お金がない」「いかがわしい(これはそういう喫茶店と純喫茶を混同している意見だが)」という印象があって、若い女性客は本当に来ないらしかった。
もっとも、可憐が居てくれるのは、千百合達の側が店に馴染むのも大きく助けてくれた。
可憐は女給たちの中でもひときわ若く、可憐が居なければ千百合達にとっても年の近い者が居ない店になっていた。
まあ。
男子であれば、常連が一人居るが。
「・・・幸ってさ。」
「うん?」
「医者?」
幸は目を丸くした。
その反応で、ああ、違うなと千百合は感じた。
「そ、わかった。」
「わかったって、何が?」
「違うんでしょ?」
「違うけれど。どうしたんだい、急に?」
「一時、医者じゃないかって疑ってたんだよね。」
「俺が?」
「そう。幸がっていうか、幸の家が。裕福そうだし。」
それに。
人死にが周りに多い、みたいなことを言ってたし。
それは言わないけど。
(でも医者じゃないなら、後はもう本当に祈祷師ぐらいしか思いつかないな・・・)
「・・・幸って。」
「うん?」
「宗教何を信じてる?」
「え?別に、何も・・・ああ、強いて言えば、俺の周りは稲荷大神様を信じてる家が多いかな。別に皆じゃないけど。」
「あ、そう。」
普通だ。
祈祷師とも違う気配がする。
じゃあ何なんだろう。
「急にどうしたんだい?」
「いや。というか、聞きたかったんだけど。」
「うん?」
「幸の家って、仕事は何してるの。」
答えてくれるかは結構微妙な問いだったが、幸は目を丸くして、ううん・・・と言って視線を斜め下にした。
「・・・難しいね、どう言えばわかりやすいかな。」
「え。何、そんな複雑なの。」
「複雑というか・・・はっきり言うと、別に働いていない、と言えば働いていないんだ。」
「え、何それ。」
「別に、特別なことをしなくても食べるに困らないから。血統の話があるから、お見合いしろとか振舞に気を付けろとかは言われるけど、他のことは別に。」
「えええ・・・・金はどこから来るのよ。」
「どこからなりと。こういう言い方はちょっとなんだけど、俺は立場として、周りに貢がれる立場だし。そもそも、別にそんなにお金を使う必要もないし。」
「・・・・・・」
「千百合?」
今の説明で思い当たるのは。
質素で欲のない資産家、という場合である。
そこにさらに過保護が加われば、幸みたいな子が育つのかもしれない。
実際、幸は確かに服とかは上質だが、じゃらじゃら飾ってる感じはまったくしない。
周りに亡くなる人が多い、というのはやや解せないが、資産家ともなれば何かいろいろ事情があるのかもしれない。
そもそも千百合自身、あんまりその辺のことを推測できるほど詳しくもないし。
「・・・まあいいや。わかった。」
「そう?ごめんね、曖昧で。」
「いや。良いよ。」
別に、どうでも良いと言えば良い。
今までの幸との関係に、幸の家の仕事内容なんて、ほぼ影響しないし。
だから良いんだ。
わからなくても。
そう思っていた。
思って、いた。