「えー、それでは今から10分!10分見直しにあげるので、自分のミスを把握してください、スタート!」
一斉に周りがざわめき出す中、切原は裏返しになっているテストの答案をじっと見ていた。
あー見たくない。こんなの見たくない。
「赤也、何点だっ・・・あれ?」
「お前なんで見てねえの?」
「見たくねえんだよ!分かれよ!」
「別に見なかったところで点数変わるわけでもねーのに・・・」
「うっせーなもう!」
それでも見たくないものは見たくない。
何か裏返しててもうっすら教師のペンの跡が透けて見える気もするけど、直視したい気分じゃない。良い結果じゃない空気の時は特に。
「・・・ちょっと寝る!」
「は!?」
「5分経ったら起こせよな!その間に心の準備しとくから!」
「ええええちょっ・・・ああ、寝た・・・」
「さっさと見れば良いのに・・・」
「なんでこいつこういうとこ往生際悪いんだかなあ。」
「苦手なの分かってるからだろ?おまけに苦手なのに受験はしなきゃいけないしな。」
「嫌なものにいつまでも向き合わないといけないしんどさか・・・」
わかってるなら放っておいて欲しい。
ああどうして受験の科目にテニスがないんだろう。
5分だけ現実から目を背けるべく、切原は瞼を閉じる。
神様お願い。
神様お願い。
神様お願い・・・・
「神様・・・神様・・・」
聞き覚えのある声に音楽室を覗くと、先輩がロッカーの前に立って神に祈っていた。
「黒崎先輩!」
「嘘だ、来たわ救いの神。」
「は?」
「ねえちょっと、頼みがあるんだけど。」
「え、何!?何すかちょっと!何か怖いんすけど、ねえ!」
ぐいぐいと腕を引っ張られて、ロッカーの前に立たされる。
ご丁寧に背中に手を当てられると、もう逃げられない。
「開けて。」
「へ?」
「ロッカー。」
「自分で開けないんすか?」
「この間クラスの奴から聞いたんだけど。」
「はあ・・・?」
「ここのロッカーに出たらしくて。」
「何が・・・えっ!?も、もしかしてあれっすかあ!?お、お、おば、お・・・」
「いや、Gが。」
「あ、そっち・・・」
一気に脱力した。
いや、Gだって大嫌いだし寄らなくて済むなら寄りたくないけど。でもお化けよりはまだマシと言うか、対処可能。
「お化けより嫌でしょそっちのが。」
「俺はお化けのが嫌っすよ!ってまあ、こっちも好きとかじゃないっすけど・・・」
言いながらロッカー扉に手をかける。
「・・・一応聞いときますけど、居るのが確定ってわけじゃないんっすよね?」
「この前居たらしいっていうのを聞いた。から、今は移動してるとは思うけど、それはそれとして一度は此処に居た。」
「お、おし・・・せえのっ!」
バッ!と扉を開けると、そこには普通に掃除用具が入っているだけであった。
「はあ・・・良かったー、黒崎先輩!居ないみたいっすよ!」
「サンキュ、神様。生贄を用意してくれて。」
「ちょっとお!生贄って俺の事っすか、酷くないっすか!」
もー・・・と文句を言いつつ、結局切原赤也という少年は、先輩が困ってたらどうしたんですか?と助けてくれる。
そういう性格なのだ。そこが好かれている部分でもあり。時折良いように使われてしまう部分でもあり。
「あ、でも!さっきの先輩はちょっと可愛かったっすよ!」
「は?何が?」
「ほら、神様お願いとか言ってたじゃないっすか!先輩でも神様にお祈りとかするんだな、って、思っ・・・」
ふと、自分の後ろにいた先輩の、その更に後方。音楽室入り口にピントを合わせると、見知った銀髪が。
いや、この際そこに居たのがその人だった事以上に。
そいつが構えているスマホがだな。
「ああ、仁王。」
「おう。」
「先輩!先輩今何撮ったんすか!何か撮ったんでしょ、ねえ!」
「撮っとらん。録音しただけじゃ。お前さんが先輩の女子に向かって可愛い言うとる場面をな。」
「止めて下さいよ、それ部長に聞かせるつもりでしょ!俺が死んだら先輩のせいですよ分かってんですかちょっとお!」
助けてやった方の先輩に助けを求める視線を送るが、当の相手はまーた遊んでるみたいな顔でこっちを見るばかり。
止めてくれ、こっちは真剣なんだ。生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ、割と本気で。
神様やめてよ俺は悪くない、内心でそう叫びながら仁王の手の中にあるスマホを頑張って取ろうとする。
実は何も撮ってない事になんて気づきもしないで。
もうちょっとだ、もうちょっとでスマホに手が届く、その時。
「赤也、5分経ったぞ。」
「・・・・ん?う~~~~ん・・・」
堂々と伸びをしながら体を起こす切原に、教師さえももはや苦笑。
「切原君、いい加減答案を見なさい。もうすぐ受験よ、受験は待っちゃくれないの。」
「へいへい・・・あーあ。」
神様お願い、と祈りつつぴらっと表にした答案は、願いも空しい惨憺たる結果だった。