(とりあえず1個終わった。)
「ふう。」
「・・・あんた、余裕そうね。」
「ふふ、そう見えるかい?でも確かに、結構得意な単元が出たから。」
「ふうん。」
「黒崎さんは?」
「まあまあ。大問4はちょっと嫌いなタイプの問題だったけど。」
「そう?大問4はむしろ楽だと思うよ。」
「嘘。どこが。あれさあ、筆算を絶対使いなさいっていうとこがさ、」
「あれはね、筆算を使う所はどこでも良いんだよ。だから、こうして・・・こうして・・・ここまできて・・・で、こうなったら筆算を使う。ほら、きれいにできただろ?」
「・・・・・」
「黒崎さん?」
「・・・今聞いても遅いんだけど。」
「あはははっ。」
「はあああ・・・・」
「お疲れ様。国語は苦手かい?」
「作文嫌い。小説も嫌い。人間の心情とか、そういうの苦手。」
「ふふ。確かに、苦手そうだね。」
「・・・あんたは得意そうね。」
「そうだね、結構好きだよ。面白いしね。」
「どの辺が?」
「人の考えていることや自分の意見を深めるのって、面白くないかい?」
「全然わからん。」
「ふふっ!そう。」
(はー、午前終わった・・・・)
理科を終えて、後は午後に社会を残すのみ。
千百合はややぐったりしながら弁当を出した。
最初に皆と教室が分かれた際、千百合もちょっとだけ寂しいなと思ったのだ。
それはこの昼休みが原因。昼休みの間、教室間の移動をしてはならない。
だからどっちかの教室で一緒に食べる、が出来なくて、それはちょっと嫌だなと思っていたのだが。
「・・・・・」
「?どうしたんだい?」
「いや。」
今はラッキーと思っていた。幸村が居るから、退屈しなさそう。
「黒崎さんが居てくれて良かった。」
「え?」
「ほら、友達とは教室が分かれちゃったから。別に一人が嫌いってわけじゃないけれど、一人だったらもっと退屈してただろうな、って思って。」
「ああ。それはまあ、私も。」
普段千百合は、こんな風に行きずりでたまたま隣になった人と休み時間の度に話すとかだるい、と思う性格をしている。
でも幸村はそうは思わない。話しやすい。すごく。
(なんでだろ。)
まあ、普通に優しいし。
常識があるし。
べたべたしてくるわけじゃなくて、さばけた部分もあるのが好ましいし。
優等生タイプかと思いきや、ちょくちょく砕けた話を差し込んでくるし。
この、真面目ながら堅物じゃないみたいなバランスの良さが丁度良いと感じられるのかもしれない。
紫希とも紀伊梨とも、兄の棗とも似ていないタイプ。
なんて思いながら隣に座って弁当を食べていたら、千百合から見て幸村側・・・左斜め前に居た女子の集団が、何やらこっちを見てひそひそしているのに気づいた。
するとほぼ同時に、その中の一人が千百合に見られていることに気づき、観念したようにひそひそ話を止めてこっちに来る。
「あ、あのー・・・」
「うん?」
「ちょ、ちょっと良いかな・・・あの、さっきから2人、仲良さそうにしてるけど・・・同じ小学校の友達?とか?」
千百合は箸を持つ手を止めた。
同じ小学校ではない。
それは確実。
友達か、と聞かれると。
「・・・・どう。」
「あはは!俺が決めることになるけど、良いの?」
「良いよ。」
普段だったら、千百合は「知り合い」と即答する場面である。
でも判断は幸村に任せることにした。
「知り合い」が正しいけど、「友達」と言われても嫌ではない。そういう、千百合なりの意思表示だった。
この場に友人や兄が居たらびっくりしたろうなと、我が事ながら千百合は思った。
水を向けられた幸村は、うーん、と小さく言った。
「じゃあ、さっき友達になった、ってことで。」
友達。に、なった。
千百合は心に満足感を覚えて、弁当の唐揚げを口に入れた。
幸村の口から、友達と出たことが嬉しかった。
「あ、そうなんだ~。」
「てっきり付き合ってるのかと・・・」
「ね。仲良さそうだし。」
(・・・付き合ってる?)
千百合は二重に内心で驚いた。
まず、根本的に男女が並んでる=付き合ってる認定かよ、という気持ち。
あとひとつ。幸村に対して、明らかに自分が釣り合ってないであろうに、見てわからんか、という気持ち。
バス停で見た時から思っていたが、幸村は美形だ。
性格も相まって、絶対モテてると思う。
実際、今目の前に居る女子の集団だってそう。
明らかに、視線が幸村に寄って行っている。
今、付き合ってるのかと思ったという台詞もそうだ。その裏にあるのは、彼女持ちでなくて良かったという安堵の気持ち。
千百合の推測を裏付けるように、にわかに元気になり始める女子グループに、幸村はちょっと何かを考えるように視線を下げた。
「・・・申し訳ないけど、あんまりそういう話に興味がないんだ。」
「え?」
「あ・・・そう、なんだ?」
「うん、だからごめんね。」
(・・・へえ。)
千百合のこのへえ、もまた2つの意味を持っていた。
1つは、興味ないのか。という意味の、へえ。
もう1つは、そんな顔もするんだ、のへえ。
今の幸村は、別にそんな怒った顔とか声とかしてるわけじゃない。
ただ、まとう雰囲気としか言えないようなものが、この話題を広げたくないですと言っている。
相手にもそれは伝わったらしく、合格したら仲良くしてね的な挨拶を口々に言いながら、戻って行った。
完全に元の位置まで離れたのを見て、千百合は言った。
「興味ないんだ。」
「え?」
「そういう話。」
話題を選ばないタイプに見えたのだが、よりにもよってここがタブーとは。モテそうなのに、生きづらかろう。
と千百合は思ったのだが、幸村は目を丸くした後、微笑んで唇に人差し指を当てて見せた。
「・・・・ん?」
「そういうことにしておいた方が、話が早いかと思って。別に嫌いじゃないけれど、乗るととにかく長引くことが多いんだ。」
今度は千百合が目を丸くする番だった。
「・・・・あんた。」
「うん?」
「割とずるいんだ。」
「あはは!・・・嫌な奴かな?」
「ううん。」
千百合は即答した。
千百合はこういう時、面倒と口に出して、要らない反感を買うタイプなのである。こんな風に鮮やかに躱せない。
「賢いと思う。」
「あはっ。それなら光栄だな。」
幸村がまた微笑むと、丁度その時千百合の携帯がなった。
受験中だが、昼休憩中は携帯の使用が許される。何がしかの理由で、親と連絡を取らねばならない場合もあるという学校側の配慮だが。
「お母さん?」
「いや、紀伊梨・・・ああ、ええと、友達。良い?」
「もちろんだよ、どうぞ。」
「もしもし?」
『もしもし、千百合っちー!だいじょーぶー?』
大丈夫じゃないのが普通かのような物言い。
紀伊梨の大きい声は携帯越しでも筒抜けで、幸村はくすくす笑った。
「紀伊梨、うるさい。」
『だってー!』
「むしろ大丈夫じゃないのはそっちでしょ、へましてないでしょうね。」
『してないよー!頑張ったんだよー!』
『本当ですよ。さっき答え合わせしたら、紀伊梨ちゃん8割は固いですよ。』
「え、それも怖い。明日猛吹雪じゃん、帰りバス止まったらどうすんのよ。」
「あはは!」
その幸村の笑い声が、あっちに聞こえたらしかった。
棗の声が聞こえてくる。
『そっち誰居んの?』
「え?ああ・・・えーと。」
千百合は一瞬迷ったが。まあ、幸村に決めてもらったのはこっちなので。
「友達になったやつ。から、友達か。」
『え、マジで?めっずらし、お前がそんな早く友達とか。』
『良いなー!千百合っち、新しい友達良いなー!どんな子?どんな子?』
「うるさい。」
『紀伊梨ちゃん、今は教室から出られないですから・・・』
「受かってから会ったら良いじゃん。」
『そんなに待てないよー!』
「もう切るよ。うるさいし。こっち大丈夫だから。」
『えー!』
『あはは・・・じゃあ千百合ちゃん、午後も頑張りましょうね。』
「ん。そっち頼んだ。」
『お前人に迷惑かけるなよw』
「くたばれ。」
通話を切ると、幸村がおかしそうに笑っていた。
「賑やかだね。」
「まあ、2/3はうるさいから。」
「・・・さっき、男の子の声が聞こえたけど。仲が良いんだね、すごくくだけた感じで。」
「ああ、あれ。兄貴。」
「え?」
「双子だから同い年なだけ。」
「へえ、そうなんだ。ふふ、でもなんだか楽しそうで羨ましいな。」
「別に楽しくはないけど。」
ただ、まあ。
確かに、考えてみると。
「・・・気が合いそうではあるかも。」
「え?」
「兄貴と。」
「俺が?」
「うん。」
割とばっさりしているところとか。穏やかなだけじゃないところとか。
兄と気が合うと思うし、千百合も嫌いじゃない。
「そうかな。でも、仲良くなれたら嬉しいけど。」
「え、私あんまり仲良くしてくれなくて良い。っていうか、別に兄貴は居ても居なくても良い存在だから。」
「あっはっはっはっは!そこまで言わなくても良いんじゃないかい?」
「知らないだけよ。」
それこそあの兄は、会わせたりしたら一体幸村に何を吹き込むかわかったもんじゃなかった。
こんなくっそ不愛想なやつの相手が良く出来るね、くらいのことは言うだろう。
別に愛想がないのは自覚してるけど。
そう思えば、幸村精市とは変な男だと思った。
こんな愛想の無い奴と喋ってて幸村は楽しいんだろうか。
どっちかというと、紀伊梨みたいな賑やかなタイプの方が楽しい気がするが。いやでも、穏やかなら紫希の方が気が合うかもしれない。
「元気な方と大人しい方とどっちが好き。」
「へ?」
「私の友達、あと2人居るけどどっちが気が合うかなと思って。」
「・・・さっきの電話の子?」
「そう。元気な馬鹿とおどおど優等生と居るけど。」
そう言うと、幸村はちょっと考えるそぶりを見せた。
「・・・会ってみないとわからないかな。結局本人次第だから。」
「まあね。」
「でも俺は・・・」
「・・・・?」
「・・・・いや、良いや。ごめんね、何でもないよ。」
「ふうん・・・?」
よくわからん、とか思ってる間に、もう良い時間になっていた。
あと1教科だ。
「もう少しだね。頑張ろう。」
「ん。」
これが終わったら、今日はもう終わりだ。