腕を胴ごと拘束された状態で、どこか屋内に下ろされ歩かされ。
止まれと言われたとき、可憐は初めて目隠しを取られて、いる場所が分かった。
ここは。
「・・・これ、倉庫っ?それとも、洋装住宅・・・」
「両方だ。」
可憐と忍足の前に、おそらくまとめ役なのであろう男が進み出てきた。
「元々異人の住んでた豪邸だったが、もう家主が居ないんでな。倉庫として使われてるのを、そのまま根城にしてるんだ。心配しなくても、警備なんか月1くらいしか来ないぞ。」
「政府の建物にそのまま居着いとるんか。怖いもの知らずやな。」
「勇敢と呼んで欲しいね。さて・・・」
「ひ・・・!」
男は脇差を抜いてちらつかせて見せた。
可憐はもうそれだけで血の気が引いてしまう。
「安心しろ、まだ殺さない。お前達には用がある。」
「金か?」
「金もまああるが、それは2番目だな。1番の物が手に入らなければ、そのときはお前達の親から金をもらうさ。」
「親が金をくれるとは限らへんで?華族らしく死んで来い、て言うかも知らんし。」
「まあ、その可能性もあるな。実際そういうことも何度かあった。ただ、息子自身が頼むから金をくれと親に懇願したらどうかなあ?」
「えー--」
まさか忍足はそんなことすまい。
と可憐が思った瞬間、男の脇差が伸びてきて、可憐の胸の前ー--心臓の所できれいに止まった。
「・・・・・・!」
「動くなよ。好きな女が隣で冷たくなっていくのは見たくないだろ?」
「・・・・・・」
「こっちも伊達に長くこんなことやってないんでな。お前みたいな男が、どこを突かれると弱いのかは大体わかってるんだよ。」
忍足は舌打ちしたいのを我慢した。
可憐が居なかったらしてたかもしれない。
「さて。じゃあ話をわかってもらった所で・・・」
「・・・1番の目的とやらの話か?」
「の、前に脅迫状に署名だな。後から電話でも言ってもらうが。ああ、電話あるよな?お前の家。」
「ああ。」
「よしよし。華族はこれだから話が早いぜ。」
脇差がどけられて、可憐は長く溜息を吐いた。
同時にちょっと涙が零れてきた。
死ぬかと思った。
殺さないと言われていてもだ。こんな何考えてるかわからない奴ら、気まぐれで殺すことにしましたとか言い出してもおかしくないのだ。
「さて、1番の目的だが・・・・単刀直入に聞こう。花の絵が蓋に掘られた、桐の箱を見たことがないか?」
「・・・え?」
「なんて?」
可憐は泣くのを束の間忘れて男を見上げた。
(箱?箱・・・箱って何っ?宝箱的なことっ?)
「見たことがあるのか。ないのか。」
「もうちょい教えてもらわな。色とか大きさとか。」
「色は普通だよ。塗られたりしてない。大きさも、まあ重箱程度だ。」
「花て何の花なん?」
「俺も正確なことは知らねえが、確か天竺牡丹とかいう花だったかな。」
「天竺牡丹の彫られた箱・・・」
(忍足君、知ってるのかな・・・)
何か考えている風である。
もしも1番の目的とやらに本当に心当たりがあれば、解放してもらえるのだろうか。
いや。
(もしそれが大事な家宝とかだったら、そっちが優先されることもあるよね・・・)
さっき男は可憐のことを「好きな女」と称していたが、それは勘違いと可憐は思う。
忍足は優しいから、好きとかじゃなくても自分が死ぬのは良しとしない。だから、親に金を渡すなり、箱を渡すなり要求してくれるであろう、という結果がたまたま一致するだけ。
しかも、忍足の親からすれば、可憐なんて本気でどうでも良い存在に過ぎない。
友達が一人不幸にして死んでしまうなんて、この時代じゃままあることだ。
可憐が危ないから金だの箱だのと言ったって、突っぱねられる可能性のが高い。
どうするんだろうか。
と思いながら可憐は隣の忍足を見ていたが。
「・・・・うちにはあらへんけど。」
「けど?」
「親戚の家で、似たようなん見たことある気もするわ。」
「それはどこだ。」
「悪いねんけど、住所まで覚えてへん。まあまあの近さやさかい、用事あるときはいつも直接行ってまうし。」
「・・・なら、地図を出せば言えるな?」
「そらまあ。」
「よし。おい!」
「はい!」
忍足は腕を解かれた。
地図があったとしても、口で2件右とか通りの向こうとか言ったって、わかりづらくて話にならないということであろう。
そうは言っても、さっきの男の手下的な奴が、しっかり小刀を忍足の首元に当てているのには変わりないが。
「おい、妙な真似をしたらわかってるな。」
「はいはい。」
「・・・・ちっ!気に入らねえ。」
「何もしてへんやん。」
「それが気に入らねえんだよ!命が危ねえってのに、何でもないですみたいな顔しやがって。」
「首元で刃物振り回さんといて。」
「あ”あ”!?」
「首て、刃物に対して脆弱やねん。ちょっと間違って動脈掠ったら、俺ほとんど即死やで。心臓とかにしといてんか。」
「なんだとてめえー---」
「言うとおりにしろ!まだ死なれちゃ困るんだ。まだな。」
「ー--くそっ!」
(忍足君、駄目だよっ!もっと大人しく、しおらしくしてないとっ!・・・・っていうか、なんであんなに落ち着いてるのっ!?)
可憐は狼狽えるが、忍足的には落ち着く要素しかない状況になりつつあった。
今、相手の注目と敵意は自分に集中している。
最初は巻き込んでしまったことを後悔したが、やはり敵にとって、華族でない可憐はあくまで外野である。
標的は自分の方。
そう思うと心が凪いで行くのだ。
「地図だ!」
(わあ・・・・・)
広い。
東京ってこんなに広いんだ、なんて可憐はやや場違いなことを思った。
「どこだ?」
「・・・・・・・」
「おい、どこだって聞いたんだよ!」
「静かにしといて。この地図古いさかい、どこがどこやらようわからへんねん。」
「くそ・・・!」
「そうなのか?」
「まあ、10年位前にはもうあったやつだしな。」
「おい、もっと新しいのはないのか?」
「本部は持ってるかもしれませんが、生憎ここには。」
(本部・・・?)
もしかして、まだ仲間が居るんだろうか。
人数の多さを察してまた顔が青くなる可憐だが、忍足は別なことを考えていた。
さっきこの男、「本部は持ってる」と言った。「本部にはある」じゃなくて。
本部と言う言葉を場所扱いじゃなくて、人間扱いしてるわけだ。ということは、本部は本部で本部の人間が居る。
つまり、組織だって動いてるわけで。
(こら多分、こいつら十手団やな。)
今時十手団以外で、組織だって華族を狙ってるやつらなんているまい。
「・・・ここが駅やな。」
「そうだ。」
「てことは、ここが郵便局で、ここが・・・」
忍足の手は淀みなく動く。
目は正確に地図を滑る。
迷いはない。
ように見えている。
そうみせかけて、頭の中は現状の打破方法を全力で考えている。
忍足はそういうのが得意だった。