5周年記念企画:カサブランカの物憂い 後編 - 7/8


眩しい。
目を刺すような光を感じる。

ここはあの世だろうか、と一瞬思ったが、鼻につく薬品の匂いがそれは違うと自分に呼びかけてくる。

ここは現実だ。

・・・現実?

(・・・・生きてる?)

目を開けると、見知った天井が見えた。
良く知ってる天井だ。

自分の病院だから。

「・・・・・・」

ゆっくり体を起こすと、見慣れた病院着の下に包帯が巻かれているのが見える。

そして、あっ!という声が聞こえてきた。

「良かった・・・!気がついたんですね!」
「え?」
「どこか痛い所はないですか?それとも水を持ってきましょうか・・・あ、でも水は飲ませて良いんだったかな?ちょっと待っててもらえますか?俺、お医者さまと他の人を呼んできます!」
「あ!ちょっと待った!」
「はい?」
「あの、一個だけ。」
「はい。」

「桐生可憐ちゃん、ていう女の子知らへん?」

助かったんだろうか。
少なくとも、この病室に居ないのは見ればわかるんだが。

忍足がたずねると、人のよさそうな男(誰だかは知らない)は、とても穏やかな微笑を浮かべた。

「桐生さんは、元気ですよ。」

元気。
可憐は、元気。

「・・・・さよか。」
「昨日まで、そこで寝てたんです。でも怪我もないし、特に悪い所もなさそうだしで、すぐ退院出来ましたよ。何なら、呼んできても・・・あれ?」

忍足はそれだけ聞くと、すぐ横になってまた寝息を立て始めた。

何だかよくわからないけど、自分は生きてる。
可憐は元気。

それで良い。
それさえ叶うのなら、もうそれ以上望むものもなかった。








「ではこれより、先日の話を行なう。」

忍足が目覚めた翌日。

忍足と可憐はー--というか、先日の件の関係者は皆、卡薩布蘭卡亭に集められていた。

司会は真田。真田弦一郎。
大日本帝国陸軍、元曹長にしてー--今は中尉の男。

元曹長って言ったじゃねえか!そうだ俺は今中尉だ!と言って、忍足の寄越した十手団の連中をちぎっちゃ投げしたのもついこの間のことだ。

他に出席しているのは、真田と同じ軍関係者として柳。それから丸井。
千百合。紫希。安音。後、忍足が起きた時に居てくれた男ー--鳳長太郎と言うらしかった。

「先日起きた事件の概要だが、巷を騒がしている、華族を狙った盗賊団。自称十手団の一部が、標的として忍足家の忍足侑士。そしてその場に居た桐生可憐を拉致し、陸軍の第十五倉庫に連れ去った。」
「この十手団についてだが、」

柳が後を引き取って続けた。

「実は今回、まとめ役の男の命が助かり、口が利ける状態だったため、いろんなことがわかった。まず、目的だがー--結論から言うと。」

柳が目を向けると、千百合はやや複雑そうな顔をして、風呂敷を机の上に置いた。
そしてそれを開ける。

「・・・・・!?千百合ちゃん、それって!」
「・・・箱って、それのことなん?」
「そう。と、思う。多分。特徴に一致するし。」

桐の箱。
重箱の大きさ。
蓋に天竺牡丹の彫刻。

十手団言った特徴そのままであった。

「その箱、結局何?何か良いもの入ってんだろい?」
「違う。」
「えっ?」
「そんなもの入ってない。入ってないから、私もあんまり本気にしてなかった。これが狙われてるとか。」
「実は、今までの調べで十手団の標的がこのような箱だということは、わかっていたんだ。ただ、こちらの千百合嬢は、中身を知っているだけにまさかこれが・・・と思い、気にしていなかったようだな。」
「千百合ちゃん・・・中を知ってるのっ?」
「うん。開けたげる。」

そういって千百合は、事も無げに蓋を開けた。

そこには。

「・・・・えっ?」

空。
何も入ってはいなかった。

「・・・え?え?」
「私が見つけた時はもう、こうだった。」
「え、つまりあれすか?中身が消えた的なこと?」
「厳密に言うと、消えたのかどうかもよくわからない。」
「どういうことですか・・・?」
「今回新たにわかったことだが、この中には日本国に繁栄をもたらす、物の怪が入っていたらしい。」
「・・・・つまり、霊的なことなん?超常現象ていうか。」
「そうだ。十手団は、大日本帝国に味方する力だから、外国人の元にあるはずがなく、華族の手元にあると踏んでいたわけだ。華族ばかり狙い、外国人の家を空き巣に入らないのは、それが理由らしいな。」
「じゃ、結果的にはあいつらの推測って、当たりってことになるわけ?」
「まあ、そうだな。」
「はああ・・・・」

可憐は不思議な感慨を持って箱を見つめた。

これが、十手団の標的。

「話を戻そう。拉致された後、忍足と桐生が帰ってこないことに、両家の家族が騒ぎ出した。ただ幸い、2人は行く先々で友人に会っていたため、行動や時間を絞るのは容易かった。」
「ああ。そして結果的にだが、十手団の連中が俺の寝込みを襲う前に、忍足家が春日に聞き込みに行ってしまった。そして、2人が行方不明とわかった春日は、単身外に出てしまった。」

真田から視線を受けて、紫希は居心地悪そうに身を縮めた。

「なんでそこで外に出ちまうんすか?」
「心配で・・・探す人が多い方が、良いかと思って・・・」
「まあ、それがたまたま今回は吉と出た。春日は第十五倉庫に辿り着き、そこで丸井と合流。結果的に二人で乗り込んだと。」
「・・・もしかして、入口で揉めとった女と憲兵て。」
「ああ、俺達。」

丸井がひらひらと手を振った。

「で、本当はジャッカル待ってから行きたかったんだけどさ。今行かなかったら2人が死んじゃうかもって聞かねえし。」
「すいません・・・・」
「まあでも、褒められたことやあらへんけど、確かに状況としては丁度助かったで。」
「うんっ!私、別室に連れて行かれそうになった所だったしっ!」
「まあ、そういった次第で、春日が囮をやり丸井が1人の動きを封じた所で、粉塵爆発が起こった。これは十手団が粉塵爆発のことを知らず、不注意でやった風だった、とのことだが。いずれにしろ爆発で、憲兵はあつまり十手団は出てきた。そこで現場に着いた真田を見て、降伏を決めたという成り行きだな。」
「失礼ですけど、どうして真田さんを見て・・・・?」
「まあ、大日本帝国陸軍の真田と言ったら、ごろつき共には恐怖の対象でしかない。」

そういう意味では、元曹長と言った忍足の一言は非常に効いたと言えた。
元と言うことで、現役ではないと勘違いさせ、真田弦一郎じゃないですよということを示し。同時に曹長と言うことで、手強いことも示唆させて、人数を割かせるという目論見はぴしゃりで当たったわけだ。

「質問ええ?」
「ああ、構わない。」
「俺らて、結局どうなっとったん?」
「お前達の姿を見つける前に、倉庫はもう火の手が上がっていてな。」
「もうダメかと思いつつ、全員外に出たんだが・・・」
「2人とも、外の裏庭に倒れてたんですよ。」
「「え?」」
「そこを、俺が見つけたんです。完全に、たまたま通りすがっただけでしたけど・・・痛い!何するの、神崎さん!」
「うるせえ!お前、記者のくせに俺を差し置いて美味しい場面の目撃者になりやがって!」
「人が倒れてるのに、美味しい場面も何も無いよ・・・」
「その点は、逆に俺達が問いたいと思っていた。どうやって助かった?いつ外へ出たんだ?」
「俺も良くは。」
「私も・・・倒れたのは倉庫だったんだけどなあっ。」

でも確かに。
意識を失う直前、なんだか急に暑さや苦しさが楽になったとは思った。

「俺ら、3階に居ったんやけど。」
「飛び降りたんですか!?」
「それもしてへんていうか、まあ結果的にできへんかったていうか。」

しようとしてたことは確かだ。
そして、できなかったこともまた確か。

確かに何もかもを覚えているわけじゃないけど、自分が飛び降りる前に倒れてしまったことはよく覚えてる。

「可憐ちゃんも覚えてへんねんな。」
「うん、全然・・・なんだか、急に意識が遠くなっちゃってっ。」
「俺もやわ。」

可憐の背後に見えた、あの青い光。あれもよくわからない。
いや、あの時はもう目がかすんでいたから、見間違いだったのかも。

何せ死にかけたのは今回が人生で初めてなので。


「じゃあ、狐にでも助けてもらったってことにすれば良いんじゃない。」


「「「「「「「え?」」」」」」」

全員が千百合の方を見た。
千百合は、いつも通りの顔で、目の前に置かれた空箱を見ていた。

「この中、何か妖怪っぽいのが入ってたんでしょ。」
「まあ、そう言われてるが。」
「じゃあそいつの不思議な力で、2人は助かりましたってことにしとけば良いじゃん。」

荒唐無稽な。
と、言う人は多いだろうし、実際此処に居る面子の中でも、普段ならそう言う者が居るが。

「・・・・・まあ、そう言うてくれるんやったら。」
「うん・・・・そういうことにしとこっかなっ。」

それが良い気がする。

可憐も忍足も思ったし、皆そう思った。