丸井には、家族が居る。
普通に居る。
父親も母親も、祖母も弟も。
特別離れたこともない。
だから、年単位で家族から離れっぱなしの紫希の心情はわからない。
家族から進む道を止められることも。
当然家族でいるべき日を、たった一人で迎える気持ちも。
だから、せめて。
家族じゃないけど、誰かと一緒に居ても良いじゃないかと思ったのだ。
どうせ日本では、何でもない日だ。
いずれ未来で、そうではなくなるけど、少なくとも明治ではそうじゃない。
丸井が24日休ませてほしいと言ったところで、誰も何も言わなかった。
そして24日。
遠く離れたかの地では、皆が基督の生誕を祝う日に、日本では雪降る平日であった。
「さっむ・・・」
丸井は待ち合わせのビルヂングにもたれかかって、立っていた。
襟巻から覗いた唇から出る息は、外に出た端から真っ白になる。そういう寒さだった。
近年は冷え込みが厳しいと言われていたが、今年は特に寒い。
道行く人もまばらだ。
今日も雪だし、わざわざ出歩くこともないと皆思っているのだろう。
丸井だって、例年なら今日みたいな日は、そう思ってるに違いなかった。
「・・・・・・・」
丸井はあまり考え込まない。
そういう性格してないからだ。
ただ、別に考えるのが不得手なわけではなかった。別に座学の成績は良くないが、こう見えて悪いわけでもない。
だからたまに、こんな風に、考える必要がある時は考えを巡らしてみたりもする。
「・・・丸井さん?」
「ん?おう!」
「こんにちは。今日は、よろしくお願いします。」
「おう、よろしく♪」
軽く頭を下げる紫希は、洋装としか言いようのない、小花柄のワンピースを着ていた。その上に外套。革靴も、日本人では普通の人はなかなか使わないが、英国ではもう一般的である。
普段制服を着ているのを見ることが多いけど、こうして私服を着ていると、俄然英国人感が増す。雪を外套の肩に乗せて微笑む紫希は、綺麗だった。
「あの、丸井さんーー」
「お前ってきれいだよな。」
「へ?」
「雪とか似合うっていうか。」
「いえあの、そんなことはない、ので・・・」
「ははは!」
丸井は折に触れてこうして紫希を褒めるが、紫希はいつも顔を赤くして首を横に振る。
もう9ヶ月経つのに、ずっと反応が一緒。
千百合でさえも、そろそろ慣れたらと助け船を出してくれるようになってきた。
「で?さっき、何か言いかけてなかったか?」
「あ、ええと・・・丸井さん、本当に今日は大丈夫ですか?」
「?大丈夫だけど?どっか悪いように見える?」
「・・・さっき、何か考えてらっしゃるような顔をなさってたので。お忙しいのかな・・・って。」
それは。
当たり。
・・・・とても、当たり。
「・・・実は、出かける直前に仕事押し付けられちまったんだよな。」
「えっ!?」
「大丈夫、大丈夫!今日じゃねえから。明日から頼めるかーって。でもなあ・・・」
「・・・あんまり、気が進まない、とかですか?」
「そ。ちゃんとやったら、給料とか上がるし昇進もしやすいんだけど。」
「わあ・・・!すごいですね、そんな大事なお仕事を任せてもらえるなんて。」
「んー、でもやっぱ、やる気がねえんだよ。」
「・・・・もしかして、戦闘、とか・・・」
「ああ、そういうのでもねえよ、大丈夫。本当にこう、気が乗らねえって言うか、気持ち的に嫌ってだけだから。怪我したりさせたりとかは。」
「そうなんですか?」
あからさまにほっとした顔をする紫希。
紫希はいつもそう。
他人の怪我とか病気とか、そういうことに敏感である。
だからこそ前の可憐・忍足誘拐事件の際は、心配が高じてひとりで行ってしまった。
丸井なんて憲兵なんて仕事してるせいで、紫希は本当にいつも体の心配をしてくる。擦り傷負っただけでも不安の色を表情に浮かべる。これが仕事なんだからいちいち気にしなくて良いと、以前一度言ったら、そういう問題じゃないと返された。
気になってしょうがないらしい。
友達だから。
「・・・・まあ、だからあんまり気にすんなよ。な?それより、昼飯食べに行こうぜい♪腹減っちまったし。」
「はい!」