「はあ・・・・」
学校の不審者騒ぎからしばらく後。
紫希は自室で溜息を吐いていた。
『退学・・・・?』
『させねえよ!させねえからな!だからお前も、何か言われてもぜってー退学しますなんて言うなよ!通いますって言えよ!良いな!』
担任である切原との、古典の個人授業ー--という名目の個人面談で、今日言われたことである。
ここ最近、十手団はどんどん動きが派手になってきている。
世の中はぴりぴりしていて、ますますイギリス人たる自分の肩身は狭い。
帰国。
その文字が頭をよぎる日も最近は多い。
でも、仮に帰国したとして、家族から理由を聞かれた時に、何と答えれば良いか紫希はわからなかった。
家族が自分を情けながるとは思っていない。これは自分の問題だ。
(それに・・・・)
皆がいてくれるから。
担任も。
友達も。
傍に居てくれるから、平気だと思える。
だから。
ドンドン!
思考を遮るように玄関の戸が叩かれた。
紫希が慌てて出ると、美人のーーだが、まったく知らない女性が立っていた。
「・・・・・はい?どちらさまでー--」
「あの!春日さんのおたくはこちらですか?」
「は、はい・・・私が春日ですが、」
「ああ良かった・・・あの!私、忍足恵里奈て言います!侑ちゃんと可憐ちゃん、どこに居るか知りませんか?」
「え?」
「家に帰らへんのんです!」
友達が。
居なくなった。
その一報を聞いて、紫希が自分も探すと外へ飛び出したのは、当然のことであった。
紫希は人通りの少ない方へ、少ない方へと向かっていた。
人通りの多い所は、憲兵や忍足、可憐の家族たちが探してくれるだろう。
逆に、紫希としては人通りが多いとやりづらい。
忍足や可憐を見なかったかと聞きたいのに、訪ねる前に異人だとわかってそそくさと避けていかれるからだ。
それなら、誰も居ない所を探そう。
紫希はそう思った。
悪漢だって今の状況じゃ、悪漢の方から避けてくれるに違いない。
ー--イギリス人だから。
「ええと、この辺は・・・・あれ?」
この建物は。
(お家・・・・?)
いや。
確かにガワは洋装住宅だが、どうも生活感が感じられない。
そこら中に荷車とかあるし。
(中身が工場とか倉庫とかになってる、っていうことでしょうか・・・)
何にせよ、見て見ないわけにはいかない。
そう思って門をくぐり、建物へ向かった時だった。
「・・・きゃ!な、何ー---あれ?」
足首を何かがくすぐった。
と、思ったら、白い紐のようなものが風に吹かれて飛んできたのだった。
「これは・・・・」
心臓が嫌な音を立てて大きく高鳴った。
この織紐は。
『初めましてっ!桐生可憐ですっ!』
(・・・そうです!これって、可憐ちゃんのお洋服に結ばれてた、)
紫希は今日、学校で忍足と可憐に出会った。
個人面談と補修の最中に、可憐の学校見学を目的に、2人と校内で会ったのだ。
この紐は、可憐の服に付いていた飾り用の織紐である。
俄然この中に居る可能性が高まってきた。
少なくとも、この近くだったり、通った可能性がある。
(ええと、ええと、まずはー--そう、何か、武器とか、人は居ないしー---)
「おい。」
「ー---!?」
「あ、悪い悪い。大丈夫だよ、悪い奴じゃねえから。」
急に後ろから肩を叩かれ、紫希は飛び上がった。
振り向くと、赤い髪の青年が立っていた。
憲兵服を着ている。
「憲兵さん・・・・?」
「おう。お前、ここ倉庫だぜ?何してんの?迷子?」
「あ、いえ・・・・って!ち、違うんですそれより!あの、ここに行方不明になった友達が居るかもしれなくて、」
「行方不明の友達?」
「忍足侑士君っていう男の子と、桐生可憐ちゃんっていう女の子と、」
「え!」
両方知り合いである。
憲兵の名は丸井ブン太といった。
丸井も今日、奇しくも友人である忍足に、可憐を紹介された所であった。
そして今、詰め所に助けを求めてきた恵里奈の要請で、探していた所だったのだ。
丸井にとっては幸運である。
こんなに早く足取りを掴めるなんて。
ー--とは言ってもだ。
「・・・・一回戻らねえとな。」
「え?」
「だって、応援居るだろい?中に何人いるかわかんねえし。まあ、中に誰か居るってんなら、鍵はかかってるかどうか微妙だけど。」
一応自分も銃剣くらいはあるが、一丁しかない。
多勢に無勢は危険だ。
「せめて、あと一人居ねえとな。」
「な、なら私がー--」
「馬鹿言うなよい、帰れ。」
「嫌です!」
「嫌ってあのなあ・・・」
「だってー---だって、もしそうしてる間に、何かあったらどうしたら良いんですか!」
紫希だって憲兵の詰め所くらいは行った事がある。
だからわかる。
行って戻ってとかいうけど、結構な時間がかかるはずだ。
その間に2人が怪我をしたり、死んでしまったりー--それでなくても、逃げて場所を移される可能性だってある。
ここにもう居ない可能性だってあるけど、まずは早急に中を改めないといけない。
丸井だってそれがわからないじゃない。
けど。
「そりゃそうだけどさ、危ないだろい。ただでさえ今異人は疑われてんのに、ますます疑われたり怪我したりー---」
「そんなの良いです!」
疑われても、怪我しても、死ぬわけじゃない。
でも、今から詰め所に行って戻ってなんてしていたら、手遅れになるかもしれない。
「増援は要ると思います。ですから、憲兵さんは戻ってください。そこまでは、私が頑張りますから。」
「駄目!」
「でもー--」
「お前、自分が死ぬかもってわかってんのか?」
その言葉に、紫希は一瞬怯んだ。
そうかもしれない。
でも。
「・・・もし私が死んだら。」
「?」
「忍足君も可憐ちゃんも、そういう人達と居るかもしれないです。私を平気で殺すような人達と・・・・」
もし本当に捕まっていたとして、そいつらが紫希をあっさり殺すような連中なら、忍足と可憐も同様にあっさり殺すだろう。
(時間がー---時間が、ないー--)
ぐずぐずしていたら、2人が死ぬかもしれない。
紫希は俯いた。
「・・・・・おい。」
「・・・・・・」
「なあって。大丈夫だよ、全速力で戻ってきてやるから。だから、お前は大人しくー----」
紫希は丸井の腕を引いた。
そして下から覗き込むように顔を寄せて。
口づけをした。
間違いなく、丸井は数秒動きが止まった。
それだけあれば十分だった。
紫希は脱兎のように駆けだして、側にあった清掃用箒を掴み、施錠されていなかった正面玄関から中に入った。
「ー---え、あ!おい・・・くそ!」