それからおよそ半日後。
紫希は病院の寝台で目覚めた。
知らない天井。
薬の匂いがする。
(・・・・ここは?)
あの後、紫希と丸井は、自分達が死なないように注意しながら部屋を回ったが、どこも空振りだった。
止む無く外へ出ると、誘拐事件でなく火事の解決のために、結果的に憲兵がたくさん来てくれていた。
忍足と可憐が無事だというのも、どこかで聞いたような気がする。
後のことは、細部を覚えていない。
どうやって病院に来たんだろう。
「お。起きた?」
声に体を起こすと、丸井と、知らない憲兵が揃って部屋に入ってくる所であった。
黒い肌。
彫りの深い顔立ち。
(外国人・・・・?)
「起きなくて良いぜ。疲れてるんだろい?」
「あ、いえ・・・・あの、それよりも私どうなってー--それに、忍足君に可憐ちゃんに、」
「まあまあ、待てよい。」
「取り敢えず、皆助かったから。な?」
「そう、ですか・・・」
ふう、と紫希は安堵の溜息を吐いた。
良かった。
そう顔に書いてある紫希に、丸井と桑原はちらりと顔を見合わせた。
無事なのは味方であって、敵は実は何人か死んだのだが。
でも、言わない方が良いだろう。
「じゃあブン太。俺、先に戻ってるからな。」
「おう。」
軽く手を振ると、桑原ー--紫希は彼が桑原と言う名前であることすら未だに知らないがー---は退室していった。
一人になると、丸井は適当な椅子を寝台の側に寄せてきた。
「・・・・・・・」
紫希の心臓が嫌な音を立てた。
はっきり言って、丸井から見て、自分と言う娘は最悪中の最悪と言っても過言じゃあるまい、と思っていた。
言う事は聞かないし。
足手まといになるし。
助けてもらう一方だし。
外国人だし。
逃げるために口づけまでして。
法には触れてなくても、相当質が悪いと思う。
罵倒という罵倒を浴びせられても文句は言えない。
いや、罵倒で済むなら優しいだろう。この場で張り飛ばされるまであると思う。
でもしょうがない。
甘んじて受け入れよう。
自分が悪いんだから。
「・・・さてと。」
これしきのことで肩がびくついてしまう。
やるならひと思いにやって欲しい。早く。
「何から聞きたい?」
「・・・・え?」
「あれ、聞きたいことねえの?俺、起きた時聞きてえことだらけで、ジャッカルにすげえ質問攻めしちゃったんだけど。」
「・・・・質問・・・・」
「あ!もしかして腹減ってる?ちょっと隣行ってこよっか?」
「隣?」
「隣の病室に忍足居るから。あいつ華族だからすげえんだよ、見舞いの食い物の量。ちょっとくらいもらったって、罰は当たんねえだろい。」
「あ、ま、待って・・・!」
別に食い物欲しさに黙っているわけじゃない。
というか、余ってるからって、人のお見舞い取るなんてそれはいけないと思う。
「あれ?違う?」
「はい・・・・」
「じゃあ、本当に聞きたいことねえの?」
「・・・・・・・」
聞きたいことと言うより。
言いたいことがある。
「・・・す、」
「す?」
「すいませんでした・・・・」
「・・・・何が?」
「いろんなことを・・・ご迷惑をおかけして・・・勝手なことをして・・・」
泣きそうになるけれど、泣いてはいけない。
自分が悪いのに、悪い方が泣くなんてずるいと思う。
「・・・・・・・・」
「私、守ってもらってばっかりで・・・役立たずが足を引っ張って、申し訳なかったと思ってます・・・」
「・・・・・ふーん。」
丸井は、不思議な声音で言った。
笑っても怒っても居ない。あえて言うならそう、興味深い、とでも言いたげな声。
「じゃあ、しなきゃ良かった?」
「え?」
「あんなことするんじゃなかった。時間が戻ったら、もう絶対しないのに。って思ってる?」
それは。
「・・・・・・いいえ。」
残念だが、それはうんと言えない。
「申し訳ないって思ってるのは本当です。でも・・・・それは何というか、私が強くなかったことに対して思ってることであって・・・だから、もし時間が戻るなら、今度はもっと上手くやりたい・・・です。」
丸井にしたことは後悔しているけれど、紫希は突入そのものは後悔していない。もし本当に時間が巻き戻っても、多分自分は突入するだろう。
今度は最初に詰め所で事情を話して、憲兵にたくさんついてきてもらって、3階を目指す。信じてもらえるかは知らないけど。
「・・・・・・ふうん。」
「あの、でもやり方はー--あ!そ、そうです、皆の怪我は?忍足君や、可憐ちゃんは、」
「桐生の方は元気。一番に起きたし。今はもう、家帰って休んでるぜ。怪我は無いけど、家族のところにところに居た方が良いだろい。」
「そうなんですか・・・」
まあ無理もない。どんな目に遭ったか具体的には知らないが、良い思いしたわけではないことは確かだ。
「女の子ですから、怖かったでしょうね・・・」
「ふっ、」
「え?」
「いや、悪い悪い。なんでも。」
「?」
丸井は笑っていた。
今別に、笑うような所はなかった気がするのだが。
「それでー--そうだ、忍足な。あいつはちょっと、手怪我してるみたいで。」
「えっ!?」
「でも、すぐ治るらしいぜい?手術とかもしなくて良いらしいし。元通りになるってさ。」
「良かった・・・・・」
医者志望なのに、手が思うように動かないなんて致命的である。
忍足の性格上、優先的に可憐を庇うだろうから怪我してる可能性はそれなりに高かった。
良かった。本当に良かった。
「あなたは?」
「ん?俺?」
「はい・・・」
見た所大丈夫そうだが。
でも、憲兵服というのは長袖に長丈洋袴なので、下に包帯とか巻いてても見えないだろう。
不安げな紫希に反し、丸井はおかしそうに笑って言った。
「無事だけど、気にしなくて良いだろい。憲兵なんか、怪我して当たり前なんだから。」
「でも・・・私のせいで・・・・」
「お前のせいってもんでもなくねえ?悪いのは実行犯なんだし。」
実行犯。
という言葉で、紫希は次の質問が心を過った。
「あの・・・」
「うん?」
「結局、犯人の目的というか・・・どうしてこんなことを?」
「ああ、それな。何か、宝探しらしいぜい?」
「・・・宝?」
「行方知れずになった、日本の秘宝を探すんだってさ。で、華族が持ってるだろうから、って華族を狙ってるって。日本の秘宝だから、外国人は持ってないだろうって当てこんでるみたいで、外人が狙われないのはそれが理由だってよ。」
「へえ・・・・」
紫希は日本のことを頑張って勉強しようとしている。
それに伴って、歴史の古いことや、皇帝が居ることも知っている。
確かに、日本の秘宝というのは、あってもおかしくないだろうと思われた。割と納得の行く理由。
「・・・・・・」
ふむふむ、と納得して小さく頷いている紫希は、丸井が何か思案気な顔で見ていることに気づかなかった。
「・・・お前さあ。」
「はい?」
「腹が立たねえの?」
「え?」
「だって、あいつらのせいで、今外人が白い目で見られてるわけじゃん?濡れ衣着せられて苛つかねえ?」
紫希は一瞬目を見開いたが。
「・・・・・そこまでは。」
「・・・そう?」
「なんというか・・・慣れてます。生まれた時から、ずっとそうでしたし・・・」
「え。お前、留学で来たんじゃねえの?」
「はい。でも、英国に居た時も、似たようなもので・・・私、父が日本人で、英国人というには東洋系の顔をしていますから。」
何か事件があるたびに、「あいつでは?」という目を向けられるのも、紫希にはまあまあ日常茶飯事である。確かに十手団の話題はやや苛烈ではあるけど、今の所表立って攻撃してくる人は居ないので、まだ良いとさえ思っていた。
それよりもだ。
それよりも、その話をするのなら、紫希にはもっとずっと気になってることがある。
「あの・・・聞きたいことが、他にあるんですけど、良いですか・・・・」
「うん?ああ、うん。どうぞ?」
「・・・どうして戻ってきたんですか?」
「・・・・ん?」
「私、あなたは詰め所に帰ると思っていました。」
「ああ。だから、別に帰らなくても増援の当てがー--」
「そうだとしてもです。戻らなくても良いとしても、私を追わないで、忍足君と可憐ちゃんを助けることを優先するだろう、って・・・・」
「・・・逆に、なんで俺がそっち優先すると思うわけ?」
「私は、英国人ですから・・・」
日本に来て、英国人だからという理由で割を食ってきたのは、今に始まったことじゃない。
本国でも東洋人だからという理由で割を食ってきた。
だから、普通は後回しにされるものと紫希は思っている。
「まして憲兵の方は、自国民を優先しろと教えられているのでは・・・」
「ま、それは正解。」
「ですよね・・・・」
「でもまあ、今回はな。そもそもお前は、善良な市民だし?」
「それは・・・どうも、ありがとうございます。」
「それに俺、忍足にお前の事頼まれてるし。」
「え?」
「いろいろ睨まれてるみたいだから、助けてやってってさ。」
(そうだったんですね・・・・)
気を使わせて申し訳ないが、同時にとても納得がいった。
自分ではなく、忍足に義理立てしていたわけだ。
なるほど。
「あとはまあ、なんとなくかな。」
「・・・なんとなく?」
「そ。直感ってやつだろい。なんとなく、死なれたら嫌だなって思ったんだよ。」
「そ、そう・・・ですか・・・」
それで良いのかとも思うけど、戦場では直感とかも大事なのかもしれない。
反射的に動かないと怪我する場面とかもあるだろうし。
「・・・・あの。」
「ん?」
「今度からはその、大丈夫ですので。」
「何が?」
「忍足君から頼まれたんですよね?でも、ひとりで平気ですから。」
「まだ駄目。十手団だって、まだ全部は捕まってないんだからな?」
「そうなんですか?」
「何かあそこ、本拠地じゃなかったらしいぜ?大部分は、まだどっかに潜伏してるってさ。」
「そうなんですか・・・いえでも、大丈夫です。」
「だーめ。」
「そう言われましても・・・」
「・・・もしかして、俺の世話になんのが嫌?」
「え?」
「俺はこのままが良いけど、どーしても嫌って言うんなら、あいつも入れよっか?さっき居た、色黒の。見た目は派手だけど、良い奴だぜい?」
「いえ・・・誰だから嫌とか良いとかそういう話じゃなくて。ご迷惑ですから・・・業務外のことですし、もしかしたら英国人の味方っていうことで、評価が下がるかもしれないですし。それに・・・」
「それに?」
「・・・・・私、結構強情なので、面倒だと思います・・・」
基本的に大人しくしてるつもりはある。あるけど、昨日みたいなことになったら、保証はできない。
思わず俯くと、頭上から息を漏らすような軽い笑い声が聞こえてきた。
「まあな。昨日の逃げ方も、結構体張ってたし?」
「す、すいません・・・・・」
今思い出しても居た堪れない。
恥ずかしい。自分でもはしたないと思う。
唯一の救いは、狙い通り丸井の手を逃れて特攻できた所だろうか。
「ま、俺は別に気にしてねえよ。怒ってもねえし。」
「そうですか・・・?そう言っていただけるなら・・・・」
「ってことで、どう?」
「どう?」
「お守りは俺にしとかねえ?」
「いえですから、さっきも言いましたけれど、ご迷惑なのでお守りは要らなくてー--」
「まあそう言うなよ。もう知り合いなんだし、何かあったら嫌じゃん。」
「知り合い・・・・」
そう言われると、どうも弱い。
と思ってまごついてる間に、丸井は右手を目の前に差し出してくる。
「ってわけで、シクヨロ!」
「・・・・では、何かあったら・・・あれ?」
「ん?」
「・・・すいません、私。あなたのお名前を・・・」
「あれ?そっか、俺名乗ってなかったっけ?悪い悪い、そっちの名前は忍足から聞いてたから、ついな。
丸井ブン太。ブン太で良いぜい?」
出し切る前に捕られた右手は、あたたかかった。
笑顔は明るくて。輝いていて。
自分に笑っているとはっきりわかるような、存在感があって。
紫希の顔は、思わず綻んだ。
故郷の花に似た笑顔の人だと思った。