千百合は華族、黒崎家に生まれた令嬢だった。
何不自由ない立場だった。
お金は沢山あったし、親も使用人も皆千百合を愛してくれた。
跡継ぎの問題は、長男の兄が全部引き受けてくれた。
明治の世は長男が持て囃される反面、長子でない子供は冷遇されるケースも少なくなかったが、黒崎家はそういうこともなかった。
性格ゆえに友達はできないのではという心配はあったが、それさえもゆくゆくは奉公にと紹介された五十嵐紀伊梨なる同い年の子供が居たおかげで、解決した。
何不自由ない暮らし。
それがずっと続くはずであった。
あの日までは。
「・・・・・・」
千百合は家の庭を当ても無く歩いていた。
この時、彼女の齢はわずかに6つ。
今日は紀伊梨が遊びに来る日でもない。
兄は勉強させられている。
千百合は一人だった。
つまらない・・・と思う子供も多いのだろうが、あいにく千百合はつまらないとか、退屈とかいう言葉が結構好きな子供だった。
日がな一日ぼーっとしていて良いのなら、それで良いと思う。
この日庭を歩いていたのも、気まぐれでしかなかった。
「・・・・・?」
ふと。
蔵に目を止めた。
蔵そのものはずっと前からあった。
別に目新しくも無い。
けど、なんだかその日は目に留まったのだ。
だから千百合は蔵に入った。
(・・・・開いてる。)
閉じてるんじゃないかと思ったが、蔵は開いていた。
中は薄暗かったが、埃は結構少なかった。
まめに掃除されているらしい。
そして、奥の方に。
箱が。
「・・・・・?」
木の箱だった。
当時の千百合にはこれが桐でできていることも、蓋に彫られている見事な花が天竺牡丹であることもわからなかった。
ただ吸い寄せられるようにその箱に近づき。
服が汚れるのも構わず跪き。
「・・・・・・・」
紐を解く時は、ちょっと躊躇した。
怒られるかもしれない。
でも、後から戻したら良いのだというくらいの知恵はもうあった。
だから千百合は解いて。
蓋を開けた。
「う・・・・・!」
一瞬眩しいと思って、目を庇うように腕を前にした。
そこで千百合の記憶は、一度ふっつりと途切れる。