5周年記念企画:天竺牡丹の花嫁 後編 - 8/9


それから数ヶ月後。
学校を卒業した紀伊梨は、部屋の寝台に座って、窓から外を見ていた。

ここは黒崎邸の、紀伊梨の自室である。
すごく眠い。
めちゃくちゃに眠い。
死ぬほど眠いのだが、今日は絶対に寝てはいけないのだ。
今日はーーーー

「あれ、起きてんじゃん。」

「・・・・!」

紀伊梨は今まで9割閉じていたような目を見開いて、窓に駆け寄った。
そして、桟に座っていた待ち人に抱き着いた。
うぐ、と声がしたが、それは無視。

「・・・・紀伊梨。」
「千百合っち~・・・・!どこいたの、もー!」

ぼろぼろ泣く紀伊梨に対し、千百合は苦笑しかできなかった。

あの事件の日から数週間。
卒業の日を境に、黒崎千百合は行方不明となった。

ただ、事件性があるかは微妙であった。
千百合の部屋には、家族に対する今までの感謝や、これからのことーーー「好きな相手と結婚します」という旨が書かれた手紙が置かれており。

失踪ーーーというより、駆け落ちの感が強いなと言うのが、世間の見立てだった。

黒崎家は大層悲しんだ。
誰が相手だろうと、言ってくれれば受け入れたのに。そう嘆いたが、まさか相手が人でないとは流石に思っていないだろう。

だが、卒業からさらに数日経った頃だった。

友人の紫希が、結婚前夜、千百合が訪れたと言い出したのだった。

千百合は結婚に対する寿ぎと、これからの健康や幸せを願ってくれたらしい。
併せて少ないけど、と前置きして祝い金と。
それから少し千百合自身の話ーーー元気で幸せだから、自分のことは気にしないように、と告げて、去って行ったそうだ。

それを聞いた時から、紀伊梨は結婚前夜、絶対寝るまいと思っていた。
千百合が来るかもしれない。いや、きっと来る。
そう信じていた。

「ほらもう、あんま泣かないでさ。明日挙式なのに。」
「だって~!」
「・・・良かった。」
「何が?」
「ちゃんと結婚できて。私家出ちゃったからさ、父さんとか母さんに切原の事認めてやって、って言う役居なくなっちゃったと思ってた。」

そう。
紀伊梨は明日、めでたく切原赤也と結婚する。

元々切原は、別に侍女の夫として不足はなかった。
ただ、諸手を挙げて喜ばれるかと言われるとーーーそれもやや言い難い部分があったので、黒崎家が良しとするかは割と微妙だった。

「旦那様が・・・」
「ん?」
「紀伊梨のしたいように、って。千百合っちみたいに居なくなられたら悲しいから、って・・・」
「あー・・・」

そうか。
それのせいか。

「この際、言っておくけど。」
「ほえ?」
「私別に、駆け落ちしたんじゃないよ。」
「え!?ならさ、ちゃんと旦那様とかに結婚のお願いして、」
「そういうのできないの。そういう相手だから。」

だって、人間じゃないのだ。
そして、自分も多分、ゆくゆくはそうなる。
言わないけど。

「別に、父さんとか母さんに不満があったわけじゃないよ。手紙にも書いたけど。」
「う~・・・」
「私は満足だからさ。悪いことしたとか、悲しいことがとかそういうの無いから。皆が心配したら、そう言っといてよ。」
「・・・・わかった。」
「というか、私どっちかと言ったら、あんたのが心配。」
「へ?なんで?」
「だってあんたと切原って、相当危なくない。二人とも抜けてるし、向こう見ずだしさ。」
「そんなことないよー!」
「あるわ。」

会話しながら、千百合は頬が緩んでいくのを感じた。
良かった。
大事な友達が元気そうで。

「・・・ねえ紀伊梨。」
「んお?」

「元気でね。お幸せに。」

紀伊梨が返事をしようとすると、もう千百合は居なかった。
代わりに、床に小さい袋が落ちていて。
開けると、千百合の字で「祝い金」と書いた袋と、大判が数枚入っていた。