5周年記念企画:私のお嬢様 - 3/7


初めて会った時、可憐は大層びっくりした。

ごく当然のように、どんな人間であれ大人であることが大前提と考えていたのに、なんと同い年の少年であった。

岳人やって子供やったやん、と言われたが、向日はそれこそ見習いみたいな感じの人間だと思っていた。そう口に出して言ったら、忍足は笑った。
その後、氷帝の幹部はほぼ全員子供だと言われて可憐が目を剥いたのは記憶に新しい。

そして現在。可憐が影武者生活を送り始めてから、1週間が経とうとしていた。






「キャサリン様、お召し物をこちらに。」
「キャサリン様、ティーパーティーの招待状が届いております。」
「キャサリン様、先日のお勉強の結果になりますが・・・」

キャサリン様。
キャサリン様。
キャサリン様。

「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」

可憐は自室ー--本当のキャサリンの自室で目を回していた。

数ヶ月、氷帝の人間に指導してもらって「キャサリン様」としての振舞は身についたと思っていたのだが、何の。

(疲れた・・・キャサリン、っていう名前がトラウマになりそうっ・・・!)

ベッドで、ごろりんと横になる。
令嬢で良いこともそれはそれでいろいろあるが、これもその一つ。基本この家ではキャサリンが偉いので、可憐が「良いよ」と言わなければ、メイドや執事は勝手に入って来れない。

数少ない憩いの時間である。

「・・・・こんなんで大丈夫なのかなあ・・・・」

まだ1週間である。
影武者生活はいつ終わるともしれないというのに、わずか1週間でこの体たらく。

はあ、と深い溜息を吐いたとき、コンコンとノックの音がした。

「は、はい!どなた・・・じゃない、誰っ?」
「忍足です。」
「!どうぞっ!」

扉から忍足が顔を覗かせると、可憐は安堵の息が漏れた。
この広い家の中で、可憐が影武者であることを知っているのは忍足と、キャサリンの本当の両親だけだ。メイドや執事などは皆、可憐をキャサリン様だと思っているし、忍足は「キャサリンの」ボディガードだと思っている。

「お疲れさん。寝ててええで、しんどいやろ?」
「あ、あはは・・・恥ずかしいなっ。」

そう言いつつ、疲れているのは事実なのでベッドに腰かけた姿勢のまま居させてもらうことにした。

「調子はどないやて聞きに来てんけど、やっぱりきつそうやな。」
「う・・・め、面目ないですっ。」
「なんで?」
「え?」
「面目も何も、疲れて当然やで。今まで普通に暮らしとったのに、急に影武者やなんや言われてんねんから。くたびれるやん。」

てっきり厳しい言葉をもらうものと思っていた。可憐がちょっと目を丸くしていると、忍足は静かに可憐の前に跪いて、疲れが見え始めている可憐の目元をそっと撫でた。

「堪忍な。」

こんな仕事しておいて何を今更と思われるかもしれないが、逆にこんな仕事だからこそ一般人をみだりに巻き込んでしまったことが忍足は心苦しかった。

そして可憐にも、その思いは伝わってきた。
忍足が本気で悪いことをしていると思っている気持ちが。

「・・・ううんっ。私、まだ大丈夫だよっ。」
「・・・さよか。そう言うてくれたら助かるー--」

忍足の言葉の途中で、ノックの音が部屋に聞こえてきた。

「失礼いたします、キャサリン様忍足様。お茶をお持ちしましたが、いかがでしょうか?」

「ああ、もらいます。」

忍足は迷いのない動作で扉を開けると、ワゴンを入れた。

「俺が淹れます。」
「・・・失礼ですが、できるのですか?」
「はい。」
「わかりました。では何かありましたら、すぐにお呼びください。」

メイドは退室した。そして可憐はそのやり取りを聞いて、目を丸くしていた。

「忍足君、お茶淹れられるのっ?」
「並程度には。頼んだ方が美味しゅうできたやろうけど、キャサリン様て呼ばれながらお茶飲んでも、落ち着かへんかと思うて。」
「あ、うん。それは、はい・・・」

忍足は慣れた手つきで紅茶を淹れ始めた。

「マフィアってそんなこともするんだねっ。」
「仕事柄ていうよりはグループ柄やな。跡部・・・ボスがさせるさかい。可憐ー---」

あ。と忍足が口の中で小さく言ったのが、可憐には聞こえた。

「・・・どうしたのっ?あ、もしかして、今も一応名前は言わない方が良いかなっ?」
「いや、それはええねん。高い家だけあって防音もしっかりしてるし、監視カメラとかも調べたからあらへんし。」
「じゃあどうしてっ?」
「不愉快ちゃうかと思うて。」
「・・・・えっ?」
「俺のこと好きちゃうやろ?」

可憐はさっきにもまして目をまんまるにした。
そんなこと思った事も無い。

「どうしてっ!?私何かしたっ?」
「いや、何もしてへんけど。でも、俺やったら俺のこと好かへんで。」
「へ?」
「マフィアのことなんか、普通は嫌いやろ。」

だから忍足はこの1週間、極力可憐に近寄らないようにしていた。
守れる距離ではあるけれど、それ以上は絶対近づかないように。

マフィアが側をうろちょろしてるなんて、良い気持ちじゃないだろうから。

「そ・・・そんなこと思ってないよっ!本当だよ、私むしろ忍足君には感謝してるくらいだもんっ。」
「逆に何でやねんな。」
「何でも何も・・・だって、私のこと守ってくれてるんでしょっ?そりゃあ、攻撃を受けないようにするのが仕事なんだとは思うけどっ。でも、そうじゃないこともたくさん助けてくれてるの、私知ってるよ。」

氷帝の人間から、可憐は説明を受けていた。
忍足侑士。可憐専属のボディガード。攻撃から自分を守る人。

でも、逆に言うと他のことは忍足の管轄外である。

少なくとも可憐だったら、この人を守れと言われたら守るのに必死になってしまって、とても他のことまで気配りできないと思う。
でもこの1週間、確かに忍足はそこまで側にぴったり居てくれるわけではなかったけど、影に日向に手伝ってくれた。

人に話しかけられて返事に窮していたら、会話に割って入って流してくれた。
わからないことがあったら何でも教えてくれた。直接教えられない時でも、メモを残しておいてくれた。
可憐が少しでも疲れた顔を見せたら、その度に大丈夫かと聞いてくれた。

そして、他の人が同じように振る舞ってくれるとは、可憐は思えなかった。
たとえ、守ってくれる能力は同じものがあったとしても。

「私、忍足君が居てくれてラッキーだったなくらいに思ってるんだよっ。本当だよ。」
「・・・・・・」
「だから不愉快だなんて思わないし、まして名前を呼ばれるのが嫌だなんて、そんなこと全然っ!」

「・・・・おおきに。」

「・・・!」

可憐はどきんと胸が高鳴った。
本当に小さく小さく微笑んだだけだったが、忍足が笑ったのを、可憐は初めて見た。

「ほんなら、可憐ちゃん。砂糖要る?・・・可憐ちゃん?」
「あ!ほ、欲しいですっ!」

もらった紅茶は、良い砂糖を使っているせいかやたらに甘く感じられた。