5周年記念企画:私のお嬢様 - 4/7


「それではキャサリン様、私はこれにて下がらせていただきます。何かあれば、お申し付けください。」
「ええ、ありがとう。」

はい、という代わりにええ、と返事するのにもちょっと慣れてきた、影武者生活が始まって半年の頃。
可憐は忍足と、広い中庭の一角でアフタヌーンティーを楽しんでいた。

あの1週間経った頃の一件以来、忍足は初めに比べて結構堂々と隣に付いていてくれるようになった。
使用人達も訝しみつつ、ボディガードが近くに居るのは悪いことじゃない、と思っているらしく何も言ってこない。

(スコーンが美味しい・・・この休んでるんだかそうでないんだかわかんない時間にも、ちょっと慣れてきたなあっ。)

ここは屋外で誰が居るかわからないから、自分は「キャサリン」でしかないと言えばないけど。でも、キャサリンとしてくつろぐことはできるという、微妙な環境に可憐は馴染みつつあった。

それに、忍足がそばに居てくれるのが大きい。
今の可憐の状況を正確に理解している人がずっと付いていてくれるというのは、可憐の心に大きな安堵をもたらした。

「キャサリン様、お茶のお代わりを。」
「お願いするわ。」
「忍足様もどうぞ。」
「・・・前から思ってたんですけど。」
「はい?」
「キャサリン様はともかく、俺は別に気を使って頂かなくても。別に偉いわけでもなんでもないんですから。」

え、と可憐は内心で呟いた。

それは嫌だ。自分だけお茶飲んで忍足には飲ませないみたいなのは、居心地が悪い。
ただ、自分は本当のキャサリンでもないので、メイドに頼める立場でもない。本来は。

しかし、可憐の思いはさておいて、メイド達は涼しい顔で言った。

「そうもいきません。」
「私共としてはいざという時、忍足様に動いていただくことが前提ですから。」
「ええ。ひいてはキャサリン様のためでもあるので。」

ね。と、口には出さないがいかにもそう言いたそうに、メイド達は顔を見合わせた。

「失礼を承知で申し上げますが、万一私たちの態度に問題ありとして、キャサリン様の警護から手を抜かれたりしてはたまりませんわ。」
「しません。」
「わかりませんもの、私達は。ボディガードの方が、どのようなお考えで働いていらっしゃるかなんて。」
「不備があってはいけませんからね。」
「・・・もう、あなた達止めなさい。私のために居てくれているのに、失礼と思わなくて。」
「キャサリン様・・・ええ、おっしゃるとおりですわ。」
「お許しください、出過ぎた真似を。」

実際問題、これは可憐にも測れないことではあった。
忍足が、どれくらい真剣に自分を守ってくれるのか。

もうすでに、単なるボディガードとしては度が過ぎた助けをもらっているわけだが、結局のところそれはおまけの部分なのだ。

(そもそも、忍足君って格闘とか射撃とかそういうことできるのかな・・・見た目的には、頭脳派って感じなんだけどなあっ。)

「・・・・・・・」
「?何か?」
「いえ、なんでもありませんわ。」

どれくらい強いの?と聞きたいのは山々だったが、さすがに今聞いてどうなるわけでもないので、可憐は黙っていることにした。

「キャサリン様、おくつろぎのところ失礼いたします」
「?どうしたの?」
「実はそのう・・・夜会の招待状が届いたのですが・・・」
「・・・・もしかして、」
「ええ、その・・・あの人も参加者名簿に。」

メイドが言いにくそうにあの人、というのは転じてキャサリンのストーカーを意味している。

2人きりというわけではない。
主催者は別に居るし、他にも沢山参加者は居る。
でも、行くことがそもそもリスキーと言えばリスキー。

「来たんか・・・」
「え?」
「いつか来るやろなと思うててん。」

ストーカーストーカーと便宜上言ってるが、その実一般的なストーカーとは違うのだ。
一方的にまとわりつかなくたって、こうして他所の人間が接点を作ってくることはある。

いずれ必ずこういう機会があるだろう、と氷帝側も踏んでいた。

「・・・やはり、ここはキャサリン様の安全のためにも、断るべきですね。」


「いや。行こ。」


周りが息を飲む音が聞こえた。
可憐もそのうちのひとり。

「・・・行くのですか。」
「行きます。どっちにしろ、どっかでアクション取らへんと終わらへんさかい。こっちの警備は固めてあるから、乗り込んでは来いへんやろうと思うてたし。でも、いつまでもずっと、引きこもり生活してるわけにもいかへんやろ。」
「確かに、不自由ではありますが・・・」
「でも、キャサリン様の安全と引き換えには・・・」

メイド達は気づかわしげだが、可憐と忍足は知っている。

キャサリン様の安全と言うのなら、それはもうとっくのとうに保証されているのだ。
例えこの夜会に良い返事をして、行った挙句何かが起こっても、「キャサリン様」は無事。

つまるところ、可憐自身が我が身のことを考えなくてはいけないのだが。

「どないやろ。」
「え?」
「信じてくれへん?」

跡部から、こういう状況になったら動けと言われている。
座して待つな、捉えに行けと。

ただそれはそれとして、矢面に立つのは氷帝の人間じゃない。可憐だ。
さっさと捕まえた方が可憐のためにもなる。それも正論だからこうして勧めてもいるが、怯えているのを無理強いしてまで行く段階じゃない。
忍足はそう思っていた。

だが、可憐は考えた末に決めた。

「・・・・うん、わかった。忍足君がそうすべきというのなら、従うわ。」
「キャサリン様、ですが、」
「大丈夫・・・優秀なボディーガードが居てくれるもの。」

ね、という可憐は、今は「キャサリン様」だから気丈に見えるよう振る舞っているだけだ。
別に恐怖を感じていないわけではない。
膝の上に置いてある手が、ドレスを強く握っている。それが可憐の気持ちを示していた。

忍足はその手を、あたためてやりたいと思った。