(ふう・・・・)
可憐は内心で長い息を吐いた。
溜息と言うよりは、深呼吸。落ち着くために吐いた息。
状況を確認しよう。
現在、可憐は忍足のー--というか氷帝の指示通り、夜会に出席していた。
主催はまあ、今回の件とまったく関係ない大きな財閥。
数ある出席者の中に、キャサリンとキャサリンのストーカーが両方入っている。
なのでこちら側にとってはアウェイだが、相手にとってもこの場はアウェイである。
一方的に不利なわけじゃない。
今は主催の挨拶が終わり、歓談を促され可憐は父親ー--本当のキャサリンの父親について、場を移動したり挨拶したりしている。
大体の会話はキャサリンの父が主導になって話すので、可憐がキャサリンのフリをして長々と話したりする機会は少ない。それが救いである。
「ー---それでは、また後ほど。」
「おや、そうですな。ではまた。行くぞ、キャサリン。」
「はい、お父様。」
何気なく歩いているようだが、所作は一生懸命キャサリンを演じていても、どうしても視線の動きがややせわしないのは誤魔化せない。
ストーカーの顔は知っている。
ただ、こうも人が多いと今どこに位置しているのかわからない。
そしてもうひとつ。
(・・・可憐君だったね。疑うようで申し訳ないが、本当にあっちは大丈夫なのか?)
(た、多分っ・・・)
可憐とキャサリンの父が気を揉んでいるのは、敵の所在意外にもうひとつ。
味方の所在。すなわち、忍足がどこに居るのかという話である。
一応、忍足以外にも何人か氷帝の人間がうろついていて、可憐を見張ってくれているらしいのだが。
でも、可憐が顔をまともに覚えている氷帝の人間と言ったら、ボディガードの忍足と、キャサリンとしての振舞を指導してくれた向日くらいのものである。他の人は知らない。
「・・・・・・」
キャサリンの父が心配するから可憐は敢えて言わないが、内心で思っていること・・・というより、考えていることがあった。
氷帝のミッション。現在、可憐のミッションでもあるわけだが。
これは何かと言うと、「キャサリン嬢の安全の確保」である。
「可憐の安全の確保」ではない。
キャサリンの安全のためには、ストーカーを捕まえるべし。
その囮のために可憐は居るわけなので。まあ極端な話、可憐が死んでもストーカーが捕まえられれば、氷帝的にはそれで良いということになる。
キャサリンの父はまあ、出資者だから、目的と違うとはいえ死ぬことはないだろう。キャサリンと並んで、優先して守られるはずだ。
だが、可憐は。
「・・・どうした。やはり、気分が悪いのか?」
「!い、いえ。何でもありませんわ。」
考え込んでいると、キャサリンの父が心配そうに可憐を覗き込んだ。
いけない。
今そんなことを考えている場合じゃない。
どっちみち、もう遅い。今更嫌だといったって、何も変わらない。
「しかし、顔色が悪いぞ。」
「本当に、大丈夫ー--」
「一体どうなさいました?」
ホールを歩いていた執事の一人が、可憐の様子がおかしいことを察知したのか近づいてきた。
耳の中のインカムに、ザザッとノイズが走った。
『従っておけ。』
(・・・・え?)
「ご気分が優れないのでしたら、休む部屋がありますのでご案内いたしますが。」
「いや。それには及ばん。私が別室へー--」
「いえ、お父様・・・そうさせて頂きますわ。」
ぎょっとした顔で可憐を見やるキャサリンの父。
そりゃあそうであろう。味方の姿が見えない状態で、のこのこ孤立しようとしているのだから。
ここはホールだ。
人目もあるし、キャサリンの父も居る。
しかし、別室に連れていかれたとなると話は別になる。
道中はまあ執事が居るとしても、別室に着いたら離れるに違いない。
それがわからない氷帝側ではないだろうに。
(で、でもきっと考えがあってのことだろうし・・・もし嫌がって、作戦が変な方向に行っちゃったら、責任が取れないし・・・)
可憐は嫌、と言いたい気持ちをぐっと飲み込んで言った。
「・・・・では、お願いします。」