5周年記念企画:私のお嬢様 - 6/7


こうして可憐は、ひとりでホールを離脱することになった。

執事に先導され、廊下を歩く間中、心臓がばくばくである。

(思ってたより、外をうろついてる人が少ない・・・そりゃそうだよね、皆大体トイレくらいしか用事がないから、トイレのエリアを抜けたらすれ違う人なんてー---)

「ん?」
「?どうなさいました?」
「あっ!い、いえ何でもっ!」

(・・・気のせいだよねっ?)

今、結構おそろしい考えが可憐の胸に去来した。
が、可憐はその考えを振り払った。可能性としてはそんなに高くない。それよりも、より起こりうる危険について考えなくてはいけない。

(今ストーカーの人はホールに居て・・・私がキャサリンのお父さんと分かれて、休める部屋に行ったのがばれたら、多分追いかけてくるはず。)

では、可憐はどうするか。
執事はおそらく、部屋についたら間もなく退室するだろう。

その後だ。

(部屋の内鍵をかけてもなあ・・・こういう場合外鍵もついてるものだし、ドアの引っ張り合いになったら、私じゃ敵わないし・・・・!)

いざという時は、一応奥の手がある。
一番最初に向日を通じて、氷帝から教えられた最終手段カードだ。
倒すまではいかなくても、高確率で隙は作れるはず。

もんもんと考えていると、とうとう執事が足を止めた。

「こちらになります。」
「・・・ありがとうございます。」
「私は、お部屋の外に控えておりますので。何かありましたら、中からお呼びください。」
「え?」
「はい?」
「あ・・・い、いえ。何でもありません。」

そういうシステムなのか。それは僥倖。
と可憐は一瞬思ったが、一瞬だけであった。

はっきり言って、目の前の執事がストーカーに敵うとは思い難い。
いくつだか知らないが、結構小柄だ。

対して、ストーカーの方は割と大きいのだ。多分すぐのされる。
助けを呼んでくれるとしても、その間に何がどうなるかはわからないし。

(っていうことはやっぱり、とりあえずは一人でどうにかしないと・・・うう、忍足君どこっ?皆、私の状況わかってるよねっ?)

インカムはさっきから、うんともすんとも言わない。
応答願う、のボタンをたまに押しているのだが、返事は無し。

別室に行けと指示されたのだから、知らないということは無いと思うけど。

「それでは。」
「はい・・・」

パタン。

と音がして、可憐は部屋に一人になった。

「ふう・・・」

取り敢えずソファに座った。

疲れた。

「あ、鍵・・・」

どうしようか。
一応かけるか。
いや、かけない方が。

というか、まず。

(窓だ、窓確かめようっ。入口は執事の人が居るから、何かあったら声位はすると思うけど、窓から来られたらどうしようもないもんねっ。)

カーテンを開けると、幸いバルコニーとかはないことがわかった。
かといって、窓から来ないとは限らないが。相手はストーカーだし。

(ええと、鍵が・・・鍵・・・鍵・・・あ!あったー---)

閉まってる。
そのことを確認した後、ふと目の焦点が鍵から窓へと移動し。

可憐はぞっとした。
知らぬ間に、部屋に男がいる。

何度も何度も写真で見た。

「・・・・!」

「こんばんは、キャサリン嬢。」

心臓がばくばく言う。
なぜ。
どうして。

「・・・・外に居た執事は、」
「残念だったね。彼は、俺が買収しておいたんだ。」
「ばい・・・」
「俺が直接部屋に誘っても、君は来ないだろう?」

キャサリンを付け狙うこの男。
こいつは、クズではあるがバカではなかった。

煙たがられていることはわかっていた。
その上で相手を手籠めにしたいならどうすべきか、その最適解が出せるだけの知能があった。この場合、あればあるだけ迷惑だと可憐は思ったが。

(杞憂じゃなかったんだ・・・)

さっき、このことを可憐は疑ったのだ。
気分が悪い可憐に対し、あの執事は休めとは言ったが、帰る段取りをするかとは一言も尋ねなかった。

元々頃合いを見て、ここに連れてくる気だったのだ。
最初から休ませる気なんてなかった。

可憐が後ろに下がると、男はご丁寧に鍵をかけた。

「・・・・」
「もうひとつ教えてあげよう。実はこの部屋の鍵だけ、細工をしておいたんだ。」
「え?」
「これでもう外からは開かなくなった。まあ、一時的だが君を襲うくらいの時間はあるよ。」

ひ、と吸い込むような悲鳴をあげると、男はますます笑みを深くした。

趣味が悪い。
分かっていたつもりだったが、本当に趣味が悪い。
理解の範疇をはるかに超えている。


怖い。


『桐生、今だ。』

「え?」

『言え、早く!』

「ー---ま、待って!」
「ん?」
「あ、あのー--ごほん!あの・・・その、ほら、わからないかな?この声・・・」
「声?」

「わ、私キャサリンじゃないのっ!桐生可憐って言います・・・氷帝に所属している、影武者で・・・キャサリンの声は聞いたことあるでしょっ?ほら・・・・違うでしょっ?」

どんなに見た目が一緒でも、声は一緒ではない。
それでも練習してキャサリンに近い声をずっと出していたが、可憐はここで地声を出した。

相手の狙いは、キャサリンである。
可憐ではない。
だから、どうしてものときは種明かしをしても良いと言われていた。

そうすることで、相手は目的を見失うわけだ。

かといって、見逃してくれるかはわからない。
怒り出すかもしれないが、とりあえず隙は出来る。

と。
言われていたのだが。

「知ってるさ。」
「ー----え?」
「僕も、これでも財閥の御曹司なんだよ?金も権力もある。君は、屋敷から一歩も出なければばれない、と思ってたのかもしれないけど・・・別に屋敷に乗り込んだりしなくたって、本人かどうか疑うくらいのことはできるさ。」
「そ・・・・」

そう言われればそうかもしれないが。
いや、この際それはもう良いのだ。
それよりも。

「で、でもじゃあどうしてー--ここには本当のキャサリンなんて居ないよ、」
「はははは!いやあ、わからないかな?」
「え?」


「俺は、君が欲しくなったんだよ。桐生可憐さん。」


可憐は一時恐怖を忘れ、目を零れそうなくらい大きく見開いた。

「・・・・・・え、」
「氷帝から何をどこまで聞いてるのか、そこまでは知らないが・・・聞いてないかい?僕はひとめぼれしたんだよ。」
「それは・・・聞いてる・・・けど・・・」
「あれ?それは聞いてるのにわからないのかい?つまりね、僕は見た目が大事なんだよ。君は見た目はキャサリンに瓜二つだ。しかもキャサリンと違って、その辺の農家の娘。別に僕が無理やりものにしようと、誰も責めないし大ごとにもならない。願ってもない好条件だ。」

可憐は頭がくらくらしてきた。

嘘。
まさか。
嘘。

この男の狙いは、いつの間にかキャサリンから可憐にシフトしていたのだ。

(・・・・・え、待って。)

「待って・・・」
「ん?」
「もしかして、じゃあ・・・もしかして、じゃあ、私・・・氷帝の目的は、キャサリンの安全で・・・」
「そう。君の安全じゃない。僕は誰にも邪魔されずー--氷帝に邪魔される筋合いもなく、君を自分のものにできるんだ。」

カチ。カチカチ。
インカムを何度押しても、誰も応答しない。

「あ・・・・あう・・・・」

可憐は今度こそへたりこんだ。
万事休すだ。

窓からは逃げられない。
部屋は外鍵を開けられない。
外の執事は買収済み。

もうだめだ。
打てる手がない。

「さて・・・上手くいったとはいえ、時間は無限じゃないからね。今のうちにー--」


「今のうちに?」


男の動きが止まった。
背後から首元に当てられたナイフに恐れおののいているのだ。

「お・・・お前、なんで・・・」
「・・・執事さん?」

ナイフを当てているのは執事だった。
可憐をここに連れてきた、買収されたという執事。

彼は可憐を男越しに見ると、困ったような小さな笑みを浮かべた。

「堪忍な、遅うなって。」

そう言うと、彼は目の前でかつらを取って変装を解いた。

「・・・忍足君っ!?」

どうして。
と可憐は言いかけたが、もはや何故だとかそういうことはどうでも良い。そう思い直した。

忍足が来てくれた。
それだけで、心の底から安心できた。

「お前・・・」
「ああ、動かんときや。」
(動脈に当ててるさかい、間違ってぷつっといったらすぐ死ぬで。)

可憐に聞こえないように小声で言うと、男はひっ、と小さく言った。

「このぐらいでひいひい言うんやったら、最初からしなや。」
「ほ・・・本物の執事はどこに・・・」
「あんなん、お前が買収した端から買収し直してるで。」
「え、」
「頭ええやつて難儀やなあ。大体何するか想像つくねんから。」

大体こんなようなことするとは思っていたのだ。

執事を買収することもわかっていた。
もっと言うと、どの執事を買収するかまでわかっていた。
こういうのは最近雇われた者と相場が決まっている。主人に対する忠義がないから。

執事の身分でこんなことに手を貸したら、主催側の面目丸つぶれなのはわかっている。その上で靡くのなんて、よほど主を恨んでいるかもしくはド新人かのどちらかしかない。

鍵に細工することも見え透いていた。だから解除も簡単にできた。
氷帝側はむしろ、細工してくれたことで部屋が特定できて楽とまで思った。

「・・・僕を殺すのか。」
「態度次第やな。」
「・・・・・・」
「賢いやん。大人しゅうしとき。」

男の両腕を手早く縛って転がすと、忍足は可憐の傍に今度こそ駆けつけてくれた。

「大丈夫?怪我してへん?」
「大丈夫っ!大丈夫・・・・う・・・ううう~~・・・・!」
「堪忍な、怖い思いさせてもうて。」

可憐はたまらず目の前の忍足に抱きついた。

怖かった。
掛け値なしに怖かった。

終わってみれば結果的には、ほぼ何も起こらなかったようなものだけど。でも、起こりそうになっただけで十二分に怖かった。

「・・・ほんまにごめんやで。」
「ううん・・・良いの、来てくれたから・・・」
「いや、それとは別の話で。」
「?」
「まあ、この話は後にしよか。取り敢えずー--」


「て、手を挙げろ!動くな!」


「え?」

忍足は内心で舌打ちした。

しまった。
長居をし過ぎた。

いつの間にか部屋の入口に、護身用の銃を構えた執事ー--多分、本物の執事が立っていた。

縛られているゲスト。
そして制服を着ているのに、知らない顔の男。

(・・・そうかっ!この人、忍足君の方を不審者だと思って、)

「あの!」
「その男を捉えろ!悪漢だ!キャサリン嬢を守るんだ!」
「ち、違うよっ!違いますっ!」

「え、え、え、」

おろおろ。おろおろ。
可哀想な執事は、誰の言うことを聞けば主人の名誉を守れるのかわからない。

パニックになったその頭に、縛られた首謀者が悪魔のように囁いた。


撃て。


その日可憐は、初めて本物の銃声を聞いた。