「カット!よーし・・・じゃあ次、丸井君と春日さん入ってください!」
「「はい!」」
紫希と丸井は、揃ってカメラの前に立った。
次のシーンは、バストアップの部分だけが写る。紫希が丸井に耳打ちして、丸井はそれで表情を変える、というシーンを撮る。
「俺、どういう顔してたら良いんですか?」
「それがねえ、ディレクター的にはいろいろ見たいらしいから、取り敢えず春日さん何でも良いから話してくれる?」
「何でも・・・」
「音声はどうせ消すから、何話してくれても良いんで。なるべく沢山の表情を引き出してください。左手で、口元を隠してね。あと、丸井君は返事しないで。音声は消せるけど、口が動くのは消せないから。」
(に、荷が重いです・・・)
難しそうである。
ディレクターが用事であっちを向いているのがまだ救いか。
「じゃ、やるか。」
「は、はい・・・」
と言っても何を話すべきか。
(何でも・・・何でも・・・)
「・・・この間、電車で高校生の子達がRIKKAIの新しいシングルを聞いてました。」
「・・・・・」
(・・・あ!そ、そうでした丸井君から返事は来ない・・・)
つまり、一方的に話してなくてはいけない。
これは難しいと思いつつ、紫希は話題を頑張って探した。
「ええと、進めて頂いたスイーツショップのショートケーキが食べられました。美味しかったです。」
「新しいペンを買ったんですけれど、赤い色のにしたら、赤ペンと間違えるようになっちゃったんです・・・」
「遅くまで仕事だったんですけれど、流星群が見られたんです。楽しかったから、もし良ければ皆で行けたら良いなって・・・む、難しいのはわかってるんですけれど、」
「ずっと使ってたマグがとうとう割れてしまったので、近いうちに新しいのが欲しいんですけれど、柄に迷ってるんです。ビタミンカラーなんか、元気になれそうかなってー--」
「それ!」
「「え?」」
「それそれ!丸井君、それだ!今の顔良いねえ!」
「すいません、どれ?」
「ほら、見てごらん?この、ほれー--この顔!良いねえ、この笑顔!」
丸井の笑顔と言うのは、明るくて自信と余裕溢れる強気な感じが持ち味である。
だからこそ、今回のややしっとり寄りの曲には合わないから、笑わなくて良いとずっと言われてきた。
でも今、カメラには笑顔のー--零れるような優しい笑顔をしている丸井が写っていた。
「良いよ良いよ、この顔。幸せです、って言ってるような顔。」
「・・・そうですか?じゃあ、これでOKってことでー--」
「丸井君。」
「?」
「撮り直そう。」
「へ?」
「今までのシーン、この顔でもっかいやろ。全部じゃなくて良いから。」
帰るのいつになるんだよ。
丸井が内心でぼやいたことは言うまでもなかった。