5周年記念企画:Fly me to the sky - 2/8


丸井が初めて紫希とまともに対面したのは、入学して2ヶ月が過ぎた頃であった。

どうしても魔法史のレポートが行き詰まって行き詰まって、どうにもならなくて。
友達同士でやろうにも、自慢じゃないが、同じ寮には同じレベルの学力の友達しかいなかったのだ。

だから幼馴染兼親友の桑原にヘルプを求めたら、図書室でやろうと言われた。
彼は寮が違うから、寮内の談話室ではできない。(違う寮のものは、原則入ってはいけない)

だから図書室でなと呼ばれて行くと、見慣れた親友の隣に、知らない人影が居た。

それが紫希だった。

「あ・・・おう、ブン太。こっちだ。」
「おっす。」
「はじめまして・・・」
「おう、はじめまして。ええと、春日家の紫希だっけ?」
「はい。よろしくお願いします。」

紫希は、入学当初、ちょっとした有名人であった。
春日家は代々レイブンクローを輩出してきた、ちょっと名の知れた家だった。

なのに、新入生の紫希はハッフルパフに入れられて、どうしたことだと一部が騒然となったのだ。

まあ丸井はその辺のことについて、割とどうでも良いと思う方であったので、ふうんくらいにしか思ってなかったし、すぐ忘れたのだが。

だから、思いがけないところで顔を見ることになり、ちょっとびっくりした。

「春日も一緒すんの?」
「というか俺達2人は多分、一方的に教えてもらう立場だぞ・・・」
「マジ?」
「すごいんだ、春日は。授業中当てられても何でも答えられるし、レポートは全部A+だし、実験とかも全部失敗しないしな。」
「マグレですマグレです、お願いですから大袈裟に言わないでください・・・!」
「へえー・・・」

んじゃあ、なんでレイブンクロー行かなかったんだろう。
とも思ったが、丸井は言わなかった。散々言われてるだろうし。

まあ、寮は組み分け帽子が決めることだし。
その真実が知りたいなら、帽子に聞くしかないし。
そもそもあの帽子、ちょくちょく判定を間違うらしいので。

「じゃあ、やるか。」
「ジャッカル、代筆しといてくんねえ?」
「するか!」
「お、大声は気をつけて・・・マダムピンスに叱られますから、」

図書室の司書、マダムピンスは静かにしない生徒、不真面目な生徒に厳しい。一度目をつけられたら追い出されて、その日は入れてもらえないまであるので、まずは叱られないことが大切。

「じゃあ、始めましょう。今回のテーマはガーゴイルのストライキですけれど、まずはそもそもガーゴイルがどういう労働形態だったのかをかいつまんで説明しますね。まず・・・」

(成り行きで混じってっけど、ついていけっかな。)

割とガチの勉強が始まっちゃった気配を感じ、丸井はおやつをこっそり持ってこなかったことを後悔した。






その日の魔法史のレポートは捗った。
本当に捗った。
誇張抜きで、予想の3倍のスピードで進んだ。

紫希の教え方は分かりやすく、優しく、そして覚えやすかった。
桑原が心底羨ましいと思った。

それ以来、勉強で困ったら紫希に図書室で見てもらうのが習慣になったのだが、ある日のことだった。

「今日無理?」

今まで無理ですと断られたことがなかったのだが、その日初めて丸井は無理と言われた。

「すいません・・・」
「いや、良いけど。つうか、こっちが無理言ってる方だしな。」
「いえ!教えるのは本当に良いんです、私も勉強になりますし・・・ただその、本当に今日は、無理で・・・」
「ふうん。」
「・・・あと、これからも多分、日によって時々・・・」
「マジ?」
「すいません・・・」
「別に良いって。」

そう、良いのだ。
良いんだけど。

「ちなみに、なんで無理?」
「えっ、と・・・・」

紫希は目線をおろおろ彷徨わせた。
丸井はその間じっと待っていたが、紫希はとうとう小さい声で言った。

「・・・補修、です・・・」
「補修?」

なんでだ。
紫希は成績優秀で、どんなレポートでも質問でも、何でも来いだったはずなのに。

と思ったのだが、紫希が続けた。

「飛行術です・・・私、高い所苦手で・・・どうしても飛べなくって・・・!」

そう。
紫希の唯一にして最大の敵とも言える科目が、この飛行術であった。

そもそも高所が怖いのだ。
ちょっと浮くだけでも怖い。
魔女なのに。

おまけに運動神経が鈍い。
箒になんて乗れない。
手を離すなんてもってのほかである。

「1年生で、未だにまともに浮かべないの、私だけなんです。だから練習しなさいって・・・飛行場開けてくださるそうなので・・・」
「・・・なあ、フーチ先生は?見てくれんの?」
「ええと、隔週月曜日だけ見てくださる・・・そうです。」
「へえ?べったり付いてんじゃねえんだ?」
「理論はわかってるので・・・コツとかも随分教えていただきました。あとはもう、体で覚えるしかない、とのことで・・・」
「ふうん・・・」

情けなくて恥ずかしくて、紫希は話しながら縮こまってしまう。

「そういうわけなので・・・申し訳ないですけど、今日は・・・」
「・・・・」
「・・・じゃあ、」
「あ、待った。」

丸井は、踵を返しかけた紫希の手を取った。

「それって、何時に終わんの?」
「え?ええっと・・・遅くとも12時には終わりなさい、と。ただ、あんまり厳密には決まってなくて・・・基本的には、私の自由だそうです。」
「そっか、オッケー。」
「・・・あの、もう行っても?」
「うん。」

終わってから見てくれとか。
もしくは早めに終わってくれとか言われるのかと思って、身構えていた紫希は拍子抜けした。