その日の授業終了後。
紫希は談話室を出て、1人箒を持って飛行場へ向かっていた。
鬱。
憂鬱としか言いようがない。
「はあ・・・・」
紫希は正直言って、補修に意味があるのかわからない。
自分の場合時間かけた所で、乗れるようになる気がしないのだ。
ただ、他にできることはないからやろうとはするけど。
飛行術担当のフーチ先生から「飛行場外に出てはいけませんよ」と言われたが、正直場外に出るなんて夢のまた夢と思いながら、紫希はすっかり暗い飛行場に出た。
「お、来た来た!よっ!」
紫希はびっくりして箒を取り落とすかと思った。
「・・・丸井くん!?どうしてここに・・・」
「教えてやるよ。」
「え?」
「自慢じゃねえけど、飛行術は結構得意なんだぜい?」
だから、練習に付き合ってくれると。
飛行場は本当に、担当教師の権限でただ開けてあるだけなので、紫希以外の生徒を弾くとかそういうことはないし。
いや。でも。
「そ・・・そんな、悪いですよ!もう遅いですし、お疲れなのに、」
「え、今までずっと授業後に勉強教えてもらってたじゃん?それと変わんなくねえ?」
「う・・・」
「教師と生徒役が変わっただけだろい?良いじゃん。」
「いえでも・・・お気持ちは本当にありがたいですけど、私本当にできないので・・・」
「ので?」
「・・・正直、付き合ってもらっても仕方がないというか・・・丸井くんのお時間が無駄になっちゃうので・・・」
(相当自信無くしてんなこれは。)
まあ、元々紫希は自分に自信のある方じゃない。
それはここ最近付き合いを続けていて、良くわかった。
しかし、それを差し引いてもこれは大分参っている。
「ま!とにかくやってみようぜい?」
「でも、」
「良いから良いから!で?高い所が怖いって?」
「・・・はい。」
そう。そもそも、そこ。
「んー・・・じゃあまず、飛ぶ時の高度とかに慣れねえとな。」
「はい・・・」
「ってわけで、はい。」
「・・・はい?」
「乗って?」
紫希は血の気が引いた。
丸井がやろうとしてるのは、箒の2人乗りである。
ただ。
入学間もない1年生は、そもそも箒にまともに触るのが、入学してからになる。
そこから箒が手元に来るように練習し、浮かぶように練習し、とステップを踏んでいく。
2人乗りができるとなると、正直レベルとしては2〜3年生の芸当。
入学して半年にも満たない1年生のやることではない。
無理では・・・と紫希が思ってるのは、丸井にもわかった。
「大丈夫だって、落とさねえから。やったことあるし。」
「・・・・・・」
(んー・・・)
まあ正直。
丸井も、今乗れという方が難しいのはわかる。
丸井は飛行術が得意である。
人より随分得意だ。どのくらい得意かと言うと、早くもクィディッチチームにチェイサーの枠があるよと誘われてるくらい。
要は頭ひとつ抜けた存在なのであって、良い意味で例外的なのだ。
普通は命の危機だけど今は例外だから大丈夫、と恐怖している人間に向かって言ったところで、逆効果にしかならないだろう。
特に紫希は寮が違ううえに、合同授業も少ない。
よって、丸井がどれくらい飛べるのか、見たこともない。
ちょっと飛んでみせるか、と丸井が思案していると、箒の後ろが少し沈んだ。
「・・・え?」
「や、やっぱり重いですか!?重いですよね!?すいません降ります、」
「いや違うって!良いから乗ってろい、良いから!」
慌てて降りようとする紫希を抑えるときに、丸井は気づいた。
顔が真っ青である。
「・・・乗れる?」
「・・・がん、ばり、ます・・・」
紫希は今、間違いなく死を覚悟している。
落ちたり。
振り落とされたり。
コントロールを失ってどこかに激突したり。
そういう悪い想像をめちゃくちゃしている。
しているし、実際1年生同士の2人乗りは、その可能性が十分ある。
でも、紫希は丸井を信じることにした。
丸井ができる、大丈夫と言ってるから。
だからきっと大丈夫。
と思い、死ぬのは嫌だ降ろしてと喉まで出かかってるのを飲み込んで、恐怖心をねじ伏せているのだ。
「やっぱりあの帽子、組み分け間違ってねえ?」
「え?帽子・・・?」
「いや、こっちの話。おし、行くぜ?捕まってろよ?せえ・・・のっ。」
「・・・・!」
箒が上昇して、紫希はぎゅっと丸井に回した手に力を入れた。
ぐんぐん上昇していく。
怖く無いと言ったら大分嘘。
怖い。
普通に怖い。
怖いが。
(大丈夫・・・落ち着いて・・落ち着いて・・・落ちない・・・丸井くんは上手・・・)
これは気休めではなく事実だった。
はっきり言って、今の時期の1年生は、飛べるとしても軌道がふらふらしがちである。
もしくは勢いよく、あらぬ所を飛んで行ったり。
なのに丸井の箒は、ふらつきも急加速もすることなく、実に滑らかかつ力強く上昇していく。
「・・・おし。この辺でちょっと止まるか。どう?」
「・・・・・・」
「おーい。」
「は、はい!すいません、なんですか・・・」
おそらく紫希は、ここまでまともに上がったことが無いのだろうと思う。
雲ほど高いとは言わないが、ホグワーツの塔の屋根がまともに見える高さまで上昇すると、紫希は目を丸くしてずっと下を見ている。
でも、思っていたより狼狽えない。
「結構平気そうじゃん?」
「はい・・・丸井くんの箒に乗ってますから。」
「ん?」
「私、自分で上がるとふらつくので・・・」
「あー、まあな。ふらふらしてっと怖えよな。」
ふらふらしてる箒なんて、丸井でも怖い。
箒の得意な人間というのは、箒が安定している。
落ちない、大丈夫という感覚が乗ってる時に感じられる。
だから余計得意になるのだ。
「んじゃ、次曲がってみるか。いくぜい?」
「は、はい!お願いします・・・!」
ぎゅうっと腰に回った手に力がこもって、丸井は笑った。