お菓子食べるついでにレポート見てくれないか。
と丸井が言い出すのは、間も無くであった。
授業後になると、2人は飛行場に行き、紫希の飛行術を手伝う。
終わると厨房に移動して、丸井が勉強行き詰まってる日は紫希が助ける側に回る。
全部終わったらバイバイして就寝。
そんな日がしばらく続いた。
そして、3ヶ月ほど経った頃。
「1、2の・・・3・・・!」
「おお。」
「すげえ・・・やれてるぞ、春日!」
紫希は、なんとか浮くところまでは安定して、できるようになっていた。
ここからだ。
今日はここから高度を上げて、前進する。
そしたら一応は、1年生の合格水準にギリギリで到達する。
本当にマジでギリギリだが。
また、そのためには、担当のフーチの前でこれを見せねばならない。
紫希は人前に弱いと言う欠点もあるため、今日はギャラリーを増やして慣れるべく、桑原も飛行場に来てもらった。
(落ち着いて・・・落ち着いて・・・)
ふう・・・・と深呼吸。
正直深呼吸というか、怖くて吐く息が少し震えているが。
今の紫希の心の支えは、丸井がそこにいてくれることであった。
落ちても拾ってくれる可能性が高い。
大丈夫。
死ぬまでいかない。
大丈夫。
その祈りが通じているのか、箒はややふらつきつつも、順調に高度を上げていく。
それを地上の2人は、箒を持って見上げていた。
「すげえな・・・最近普通の授業中でも、大分調子良いなと思ってたけど。」
「へえ?授業でもやれてんの?」
「ああ。フーチ先生も褒めてたしな。来週辺りテストして、それで合格できたら、もう補修要らないんじゃないか?」
そう言う桑原の言葉を、丸井は紫希から目線を離さずに聞いた。
「・・・なあジャッカル。」
「うん?」
「相談なんだけど。」
「?」
(ううう・・・も、もう無理です、限界です、もう駄目・・・!)
これ以上空中に止まっていたら気絶するかもしれない。
という所まで粘って、紫希はへろへろと降りてきた。
得意な者にとっては「その程度で」としか言えない高度と距離と浮遊時間だったが、これが紫希の精一杯である。
「だからさ、せめて結果が出るまで、」
「まあ、しょうがねえか。」
「た、ただいま帰りました・・・」
「おう、お帰り!」
「春日、やれてたぞ!やったな!」
「あ、ありがとうございます・・・」
何の話をしてたのか知らないが、混じる元気はもうない。
今日はもうエネルギー切れ。
「あの、私もう限界なので、ちょっと早いですけど今日はこれで・・・」
「ああ、お疲れ。」
「これで来週のテストはいけるんじゃねえ?」
「う、うう・・・頑張ります。」
いけるかな。
いけますように。
「・・・さて。なあ!今日はさ、ちょっと先に行っといてくんねえ?15分くらい。」
「どうしたんですか?」
「ちょっとお散歩。」
丸井はひらりと箒に跨った。
「最近生徒が優秀過ぎて、自分で乗ることねえんだよなー。」
「い、いえそんな・・・」
「今からか?」
「ちょっとだけって。」
「寒いだろ。」
「こんな天気良いんだから、ちょっと寒いくらい気にしねえよ。」
その言葉に紫希が空を見上げると、本当に今日は良い天気だった。
イギリスは、晴れてる日が珍しい。特に冬は。
でも今日は本当に晴れていて、星も月もすごくすごく綺麗に見えた。
そしてそのまま視線を下に下ろして行くと、もう飛ぶ気満々で浮かんでいる丸井がいる。
目が合うと笑う。
今紫希が思ってることを全部わかってるような、そんな笑顔だ。
「乗る?」
「・・・はい。」
「ひ・・・・・!!!!」
「ははははは!」
飛ばすからな。
と言われて紫希は覚悟したが、覚悟よりも丸井のスピードの方が上だった。
以前も急ブレーキとか上昇とかいろいろやってくれたが、あれは大分手加減してくれてたことが、今まざまざとわかった。
「ぶ、ぶつかる、ぶつかる、ぶつかーーーきゃああ!」
「まっかせろい!」
そんな角度で曲がれるものなのか。
みたいなえぐいコーナリングで、ホグワーツの外周をびゅんびゅん飛び回る。
紫希はさっきから、何回も死ぬと思っている。
でもそこを潜り抜けると素晴らしい景色が見えて、見惚れている間に次の「死んじゃうポイント」がやってきて、その繰り返し。
もうここがどこだかわからず、どれだけ時間経ってるのかもわからなくなってきた頃、大分高い位置で丸井はようやくスピードを緩めた。
「はー!スッキリしただろい。」
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」
「あはははは!悪い悪い。」
「い、いえ・・・」
「やっぱり降りとけば良かった?」
そう聞く丸井だが、これはわざと。
「・・・いいえ。」
「そお?」
「はい。叫んでしまいましたけど・・・とっても楽しかったです。」
丸井は紫希がこう答えるのをわかっている。
そしてそのことを、紫希もわかっていた。
丸井は優しい人だと思う。
紫希に何も押し付けてこない。
恩も着せてこない。
ただひたすら、紫希を喜ばせてくれる。
補修手伝ってくれることはもちろんだが、自分の秘密の場所を教えてくれたり、こうやって散歩に連れていってくれたり、他にもいろいろ、細かくたくさん。
それでいて、感謝しろとかそういうことは一切言わない。
「・・・丸井くん。」
「ん?」
「丸井くんは、どうしてそんなに私に優しくしてくれるんですか?」
一応聞いてはみたが、丸井がどう答えるかは、紫希はもう想像がついている。
「別に、特別に優しくしてるつもりはねえけど?」
今だってこんな寒いのに、散歩連れ回してんだから。
そう言って笑う丸井の顔は、月光に照らされて眩しくて、紫希は目を眇めた。