しまった。
としか言いようがなかった。
(くっそ、なんでこんな日に限って・・・)
もう紫希のテストは目前である。
でも、今日丸井は練習に付き合えなかった。
今日は魔法薬学の実験に失敗し、やり直しを命じられたからである。
今までずっと付き合ってきたのに、最後の最後に見てやれなかったなんて。
ため息を噛み殺しながら教室を後にし、今から間に合うかな・・・と飛行場方面に目を向けた。
「・・・・!?」
「う・・・う・・・きゃああっ!・・・う・・・」
紫希は箒に全身でしがみついていた。
他にできることがない。
箒は完全にコントロールを失っていて、いつどこでどういう形で止まるのか、そもそも今夜中に止まるのかどうかもわからなかった。
丸井が慌てて飛行場に行くと、そこには数人の野次馬っぽい生徒がいた。
その中に親友の姿を見つけて、丸井は駆け寄った。
「ジャッカル!」
「ああ、ブン太!」
「何してんだよ、あれ!」
「いやそのーーー悪戯で・・・」
「は?」
「・・・前から言われてたんだ、実を言うと。春日は、まともに箒に乗れない落ちこぼれ、って・・・」
だから丸井がいなくなった今日、ここぞとばかりにわざわざ馬鹿にしにきたレイブンクローの数人の生徒達がいたが、紫希は無視していた。
そこで相手にされず、いじめがいがないと感じた数人は、箒に呪文をかけたのだった。
ーーー錯乱の呪文を。
おかげで箒は今混乱状態、誰の指示も受け付けないで暴走しているのだ。
紫希を乗せたまま。
「は・・・・」
「今先生方を呼んでる!それから上級生が終了呪文で助けようとしてくれてるんだけどーーー箒が早過ぎて、呪文が当たらないんだ。暗いし、早いし、視界からすぐ消えるしーーー」
魔法というのは、対象をじっくり見極めないと難しいものがたくさんある。
適当に叫んだら良いと言うものではないのだ。
錯乱して暴走する箒というのはその点非常にやりにくく、大人しくさせる呪文自体は難易度が高いわけではないのに、全然当てられない。
でも、当てられないとか言ってる場合でもない。
紫希だって、ずっとはしがみつき続けていられない。
そのうち振り落とされて落ちてしまう。
「おい、貸せ!」
「あ!」
丸井はレイブンクロー生から、おちょくりように持ってきたのであろう箒をひったくった。
俺の最新型クリーンスイープ、とか箒の名前喚いているが、この際無視。
というか、自前の箒があるということは、あのレイブンクロー生らは2年生以上である。
1年生相手にこんないじめしてる場合か。
先生を待つべきよ、という知らない女子の言葉を無視して丸井は箒に跨って、軽快に地面を蹴った。
(痛い・・・手が痛い・・・)
落ちたら死んじゃうと言う、その一心で箒にしがみつき続けていた紫希だったが、とうとう限界が見えてきた。
今は冬なのだ。
そんな時に長時間猛スピードで飛んでいたら、風で体や手が冷えて行く。
箒を握ってる感覚も消えてきた。
皆いろいろしてくれてるのは知ってるけど、今の所終了呪文が当たらない。これじゃ降りられない。
「春日!」
聞こえた声に紫希が目を開けると、丸井が後方から後を追ってきていた。
「ま、丸井、くん・・・」
「大丈夫か!?」
紫希の箒は学校の備品だが、丸井の借りた箒は流石に最新型というだけあって、非常に性能が良い。
スピードが出る。
ただ、意図を持って飛んでいる丸井と違って、紫希の箒はぐちゃぐちゃしているので、飛ぶ方向に予想がつかない。
後を追う丸井は、どうしても度々離されがちになる。
(並走は無理だな。)
本当は並んで飛んで捕まえたかったが、おそらくそれは厳しい。
あっちの箒を手で捕まえて離されないようにするというのも考えたが、多分自分の握力が負けてしまう。
丸井は箒については天才的だったが、呪文とかについては成績は良いものの、飛び抜けた天才ではない。
つまり、順当に1年生レベルの魔法しか使えないので、後を追いながら箒を呪文で大人しくさせる、というのも難しかった。終了呪文は比較的簡単だが、それでも3年生以上が水準。
また、呪文に秀でた者を後ろに乗せて呪文担当になってもらうのは、早々に諦めていた。
はっきり言って、普段ならともかく、この暴走箒についていくのは至難の業だ。2人乗りする余裕はない。最悪こっちまでコントロールを失う。
となると、できることは一つ。
「飛べるか?」
「飛ぶーーー」
「下で受けてやるから!」
要は落ちろと言ってるわけである。
めちゃくちゃに怖い。
今まで何度も箒に関して死ぬかもと思っていたが、間違いなく今が一番死ぬ可能性が高い。
でもさっきとは違う。
今は丸井がいてくれる。
「やりーーーやりますーーー」
「おし、12の3な?1、2のーーー」
3、で紫希は手を離して落下した。
乗っていた箒があらぬ所へ飛んでいき、森に入っていき、森の中の生き物か何かーーー暴れ柳だかなんだか判明しないが、何かに攻撃されて、バキッと折れた音が聞こえた。
その直後に、内蔵に感じていた浮遊感と、ずっと感じていた寒さがかき消えた。
「おし!」
ぼす!という音と共に、紫希は丸井の腕の中に着地した。
安定した乗り心地。
温かさ。
ああ、丸井だ。
丸井の操る箒の上だ。
「・・・・う、」
「頑張ったじゃん?降りるけど、あんま早くは危ねえから・・・どうした?」
「ううう・・・あ、あり、ありがとうございます・・・!」
「おい、」
「私・・・わたし、絶対死ぬんだって、死んじゃうんだと思って・・・」
紫希はポロポロ泣き出して、丸井にぎゅっとしがみついた。
ずっと不安だった。
箒に呪文をかけられる前、レイブンクローの上級生から嘲笑を受けていたときからだ。
無視はしていても、紫希は性格上、本当の意味で無視はできない。
聞こえた言葉はいちいちまともに受け取ってしまう。
レイブンクローに入れなかった落ちこぼれ。
家名を汚した出来損ない。
家族も言わないだけで、皆娘の出来を悲しんでいる。
この時期になって箒一つまともに乗れない、ホグワーツの恥。
そう言われて、紫希はその時わかった。
丸井が居てくれたから、今までこういう目に遭わなかったのだ。
月単位に及んだ補修の日々が快適で実りあるものになっていたのは、丸井が同行して見ててくれたおかげだった。
1人になるとご覧のありさま。
皆から後ろ指刺されて、箒もふらついて。
そう思って泣きそうになった瞬間、箒が暴走し始めて、本気で自分は今夜死ぬんだと思った。
でも、丸井が来てくれた。
本当に来てくれたし、本当に助けてくれた。
「・・・もう大丈夫だよ。な?」
「はい”・・・」
やっと連絡が届いたらしき教師陣が出て来たのと同時に、紫希はやっと着地した。
箒が暴走し始めてから20分。
死を回避したい一心で耐えた20分だった。