丸井は腹が立ってしょうがなかった。
腹を立てる相手が目の前に居ないから、辛うじて普通に振る舞えてるだけ。
目の前に居たら、冗談抜きで箒で吊し上げて、禁じられた森にポイして置いていくまでしたいと思っていた。
紫希はあの後、寒さと強風にずっと晒されていたことで風邪をひき、高熱で寝込んだ。
丸井を含めた紫希の友達は見舞いに行きたがった。が、医務室の主人であるマダムポンフリーに帰れと言われて、結局一度も顔が見られないまま、テストの日を迎えてしまった。
今はサボり。
魔法史をまともに受ける気が普段以上にしなくて、丸井は抜けて来て、同学年が誰も居ない中庭でぼんやりしていた。
多くの生徒が授業を受けている中、紫希は今占い学の小テストを免除され、代わりに飛行術のテストを受けている。
「・・・はーあ。」
本来なら見られたのだ。
応援だってできた。
のに、先日の連中がバカをやったせいで、外野の妨害防止のために生徒は一律立ち入り禁止を言い渡され、休み時間でなく授業中の決行となってしまったのだ。
重ねて腹が立つ。
『どうしたんだ?ブン太が弱気なんて珍しいな。』
『トラブルはあったが、前回の補修まではきちんと出来ていたのだろう?ならば問題はあるまい。』
『そうだね。箒は、一度乗ったら忘れないから。』
幸村や真田など、友人達は口々にそう言ってくれた。
言ってくれたが。
(最後がな・・・)
結果的には落ちなかったとはいえ、最後のあれは絶対に怖かっただろう。
魔法と言うのは、心理状態が出来を大きく左右する。
熟練の魔法使いは安定して魔法を出すコツが掴めているだけで、集中できなければしんどいのは皆同じ。
1年生で性格的に緊張しいなのに、苦手科目で苦手をさらに加速させるようなことがテスト直前に起こって、そこから箒に乗れないまま1週間ほどブランクが空き、おまけに応援も受けられない。
もう不合格の要素しかなくないだろうか。
もう一つため息を吐きたくなった丁度その時だった。
パタパタと軽い足音が聞こえた。
何気なく振り返ると、足音の主は丸井の前で止まった。
紫希だった。
「・・・丸井くん!?」
彼女は、多分テスト中に風に煽られて、髪がちょっとボサついていた。
顔も赤くて息も荒いが、これは多分風邪とかじゃなくて、飛行場から走って来たからだ。多分今からでも、テストに参加しようとか思ってるんだろう。
紫希は体力がないので、ちょっと走っただけでもすぐ息が切れる。
「どうしてここに・・・授業中じゃ、」
「しー。自主学習ってやつだよ。」
「ええええ・・・」
「それより、終わったんだよな?」
「は、はい!
で・・・で・・・できました!」
「おっしゃあ!」
居場所がバレたら見咎められるのも忘れて、丸井は大声で叫んでしまった。
「あ、あはは・・・大分ギリギリだったんですけど、なんとか・・・」
「でも合格だろい?これで苦手科目もうなくなったんじゃねえ?」
「ありがとうございます、でもそれは絶対に言い過ぎです・・・」
顔には出さないが、丸井は本当に安堵した。
良かった、本当に良かった。
「・・・本当にありがとうございました。丸井くんのおかげで、なんとかなりました。」
「別に?俺ちょっと見てただけだし。」
「いえ、本当に!あの・・・フーチ先生も、正直ここまで遅れてた生徒は初めてだったので、心配してたと仰ってたくらいなので・・・」
「・・・マジ?」
「ですから、本当に本当にありがとうございます。何から何まで・・・」
「良いよ。」
「・・・あの、それでですね・・・」
「うん?」
「あの・・・もう合格したので、これからはもう、補修が要らなくて・・・」
そう。
これからはもう補修は要らない。
ここ最近はほぼ毎日のようにやってたことだが、もうしなくて良いのだ。
「あの、それで!もし良かったら、今までのお礼に、何かさせてもらえないかなと・・・」
「俺は勉強これからもたまに見てもらうし、それでトントンじゃねえ?」
「あ、う・・・で、でも・・・」
でも、紫希は何かしたかった。
もちろん、お礼はしたい。
それは大前提だ。
しないなんて、気が済まない。
でも、もう一つ。
もしお礼を受け取ってもらえるならーーーそれがなんなのかはまだ未定だがーーーーそれで一つ、会う約束ができる。
紫希は、丸井ともっと一緒に居たかった。
でも、もっと一緒に居たいと言うには、世話になり過ぎて、図々しいと思え過ぎて言えない。
これ以上自分に時間割いてなんて、とても無理。
勉強についても、紫希は心苦しかった。
教えるのは大歓迎だが、勉強教えるって要は、丸井は困っているわけで。
相手が困ってる時間を楽しんでるなんて、良心の呵責がすごいのだ。
その点、お礼はとても安心して一緒に居られる。
例え物を渡す一瞬でも。
そう考えていた。
だが、丸井は受け取る気があまりなかった。
「お礼とかって、もらったら終わりだからな。」
「あの、別にあれをやれとかそういうことでも、」
「そうじゃねえの。俺はお礼とか勉強とか抜きで一緒に居たいんだって。」
「え、」
それは。どういう。
真意を聞く前に、丸井はドンドン話を進めてしまう。
「ま、もうテスト終わったから良いよな。」
「え?」
「テスト前に言ったら調子崩すかと思って控えてたんだけどさ。」
「・・・?」
「補修は終わったろい?」
「はい。」
「じゃあ今からデートしねえ?」
紫希は目をまんまるにした。
本当は丸井は、終わったら告白しようと思っていた。
もっと前に言いたかったが、桑原にちらっと相談してみた所、やはり言うことで調子が崩れるかもしれないから、合格してからの方がと言われた。
丸井もそう考えていたから、ちょっとがまんしていたのだ。
ただ、思いがけず生徒が行き交う中庭で合否わかってしまったので、今言うのは辞めた。こんな状況じゃ断りたくても断れないから、あまりに紫希が気の毒。
代わりに一回だけ、デートをねだろう。
そしてその時に言おう。
「どう?」
「・・・はい!」
この後どうなるかはもう、2人ともわかっていたようなもの。
抜けるような青空の下で、2人は笑った。