5周年記念企画:híp híp hurrah! - 4/8


それから半月、紀伊梨は頑張って練習した。
練習の都合でたびたびテニス部付近をうろうろすることもあった。

振付を覚えた。
曲を覚えた。

それからもうひとつ。

「あ!赤やーんー!」
「ん?あ!紀伊梨先輩、お疲れ様っす!」
「お疲れー!せーふく着てるー!もー帰るの?」
「そうそう、今日ミーティング早く終わったんすよねー。」

切原と居るのは楽しい、ということも覚えた。

「良いなー!紀伊梨ちゃんも遊びに行きたいなー!」
「先輩はまだすか・・・っていうか、よく見たら衣装もらってんじゃないすか!」
「そーそー!見て見て、ちょー可愛いよねー!ちょーっとだけ、お腹出やすいんだけどー。短い?ちっちゃいのかにゃー?肩幅とかはちょーぴったりなんだけどなー?」
「いや、そりゃあ・・・」
「そりゃあ?」
「い、いや!何でもない!何でもないっす!」
「?????」

腹が出やすいのは、胸が大きくてそっちに布取られてるからでは。
と思ったけど、これを言うほどのバカではなかった。流石に。

「でも、そーやって衣装着たらマジにそれっぽくなりますね!」
「そーっしょそーっしょ!振り付けやったらもーっとチア部っぽいよ!・・・そうだ!」

紀伊梨はさっと周囲を見回した。
今は自由時間だし、皆自分の方は注目してない。

「・・・ちょっと見ててね!特別ね!」
「え?何が?何すか?」

紀伊梨はちょっと距離を取った。

もうチア部に来て1ヶ月。
元々こういうのが得手な紀伊梨は、自分の振りだけでなく人の振りを吸収することもできるようになっていた。

「行くよー、行くよー・・・せーのっ!きり!はら!きり!はら!フレー!フレー!フレー!オー!」
「おおおお!?え、すげえ何すかそれ!?いつもと違くないっすか!?」
「へっへっへー!これねー、ソロの人用の踊りなんだよー!」
「ソロ?」
「そー!だから今のは、赤やんだけの踊りね!」
「すげえ!そんなんできるんっすか!え、もしかしてテニス部のやつ全員分あったり・・・」
「うーうん!ない!」
「え?」
「あのねー、何かテニス部はソロの応援しないことになってるんだってー!だから、今みたいのもほんとーはしちゃいけないんだよねー。だから内緒ね!内緒!特別です!」

えっへっへ、と笑う紀伊梨に、切原は心臓が急に鳴り出すのを感じた。
可愛いってずるいよなあ、なんてつくづく思う。

「何か他の部活はあるっぽいんだけど、男子テニス部だけないんだってー。えーとねー・・・あれ?理由なんだっけ?」
「ああいやまあ、理由とかは別に良いっすよ。他の奴らにはないって方が、なんかお得感あるし!」
「そお?」


「紀伊梨ー!休憩終わりだよー!」


「あ。」
「あ!はーあーいー!ごみんごみん、休憩終わっちゃったから行ってくるー!」
「頑張ってください!」
「はーい!赤やんも頑張ってね!もーすぐ本番だし!」

そう。
チア部の本番って、要はテニス部の本番でもあるのだ。

紀伊梨の本番も近いということは、転じてテニス部の試合も近いということになる。
仲良くなるに伴って、紀伊梨は切原がレギュラーで、高確率で試合に出ることももう分かっていた。

「任しといてくださいよ!ぜってー勝ちますんで!」

我ながら良い笑顔してるんだろうなと思いながら、切原は手を振った。






校門の所に行くと、一緒にラーメン行こうと約束していた馴染みの先輩達が待っている。

やばい結構待たせちゃったと思う反面、比較的怖くない手合いだからまあまあみたいな気持ちもある。こういうものの考え方をして、切原はよくたるんでると言われるのだが。

「おい!流石に遅えっての、何やってたんだよい?」
「いや、ちょっと紀伊梨先輩に会って喋ってたんすよ!すんません、ちょっとだけにしたつもりだったんすけど。」
「まあ、トラブルじゃなくて良かったけどな。」
「っつうか、お前五十嵐のこと気に入らないんじゃなかったのかよ?ほら、うるさいー、とかって。」
「う!い、いや、あれはもう・・・っていうか、最初のことじゃないっすか!今はもう良いんすよ!」
「へえ?」
「ブン太、もうからかってやるなよ。」
「へいへい。」
「別にからかわれるようなことないっすから!」

確かに、我ながら手の平の返し具合やばいなとは思うのだ。
今までチア部なんてさして視界に入らない中、紀伊梨のおかげで一気に悪印象になり。それが今じゃ、普通を通り越してお気に入りの先輩になりつつある。

そのことを自覚もしているし、同時に周りも皆知っている。
だからこうしてちょいちょいいじられたりするのだが。

「まあでも・・・今のうちに仲良くしておけよ?」
「へ?」
「だってあいつ、レンタルチア部だろい?そのうち居なくなるじゃん。」
「・・・あ!」

そうだった。
忘れていた。

紀伊梨は元々軽音部員だ。

今は一時的にチア部に居るだけ。
助っ人が終わったら、紀伊梨はもう応援しない。
踊らないし応援歌を歌わないし、テニス部に来なくなる。

「・・・やべえ、忘れてました。」
「ま、別に終わったからって、消えていなくなるわけでもねえし?黒崎づたいで仲良くすりゃあ良いじゃん?」
「嫌っすよ!幸村先輩の機嫌損ねたくねえし!」
「連絡先の交換くらいしてるだろ?」
「そりゃあしてますけど!けど・・・」

交換してるのって、連絡可能というだけなのだ。
可能だからって、いつでも好きなときにとはいかない。

向こうだって暇じゃないし、こっちはもっと暇じゃない。
天下のテニス部は、授業以外の時間の多くー--とても多くを部活に捧げているから。

「良いじゃん、あいつだったらLINEとかもサクサク返事くれそうで。」
「はは!流石、今現在進行形で苦労してる奴は、言うことが違うな。」
「え!何すかそれ!」
「俺よりはお前の方が、苦労してねえってことだよ。」
「それはわかってるんっすよ!じゃなくて、それって丸井先輩を苦労させてるような人が居るってことでしょ!?誰っすか、ねえ!ちょっと!」

先輩と話していると、気が紛れた。

もうすぐ、紀伊梨は切原の日常から姿を消す。
そのことを直視しなくて済むことが、ありがたかった。