メイドの千百合は、紀伊梨をして「3日も居れば伏せていても生活態度がバレる」と評していた。
だが、3日というのはあくまで「本人が伏せようと頑張っていた」場合である。
最初から伏せる気などなかった紀伊梨は、立海が屋敷に着任した日の夜には、もうすっかり実態がバレていた。
加えて、最初こそぶすくれていた切原だったが、根本的な不満の原因は「一番肝心なポジションに自分を据え置いてくれない」ということである。紀伊梨自身がどうのこうのというわけではない。
だもんで切原と紀伊梨は、3日経過した頃には、もうすっかり気の合う者同士になっていた。
「紀伊梨ちゃん!切原さん!どこに行ったんでしょう・・・」
「よっ!お疲れ。」
「あの2人、また居なくなったのか?」
「ああ、丸井さんに桑原さん・・・そうなんです、まだ補修が残ってて、先生がお呼びなんですけど・・・」
「懲りないな彼奴らも・・・」
「つうか、赤也も勉強してんの?なんで?」
「幸村が、ついでだって・・・赤也は、勉強とかそっち方面で弱いからな。」
「でも逃げてるんだろい?」
「まあ・・・」
なんて会話を庭でする3人を、切原と紀伊梨は屋根の上から眺めていた。
基本的にすばしっこくて勘が働く紀伊梨と、SPの知識を持っていてどう言う所が見つかりにくいか熟知している切原のコンビは、切原が紀伊梨のお付きになってから逃走率を飛躍的に上げていた。
いや、迷惑な話なのだが。
「やってられねえっすよねー、こんな所まで来ておべんきょーなんか。」
「えー、でも赤也君は良いじゃーん!お仕事に戻ったら、数学とか国語はしなくて良いんでしょー?」
「ああ、まあ・・・でも座学はあるっすよ?なんかこう、戦闘の基本理論?とか、道具の使い方とか、いろいろ?」
「ふーん。ねえねえ、皆って、普段どういうとこに住んでるの?普通のお家?あ!秘密組織だから地下室だ!地下室でしょ!」
「別に普通っすよ、普通!っつか、俺ら秘密組織じゃねえっすから!地下とかでもねえし!ああー・・・ただなんか、事務所がちょっと丈夫にできてる?みたいなのは聞いたことあるっすけど。」
「へえー!」
この3日で切原は、紀伊梨についてわかったことがある。
それは、紀伊梨が結構世間を知らないということ。
本人は俗っぽいことに興味津々なのだが、どうやら親が箱入りで育てているらしい。
聞いてみると、親も良くないとは思っているそうなのだが。
(「危なっかしくて気が進まない」ねえ・・・まあ、目離したらあっという間に危ない目に遭いそうなのは確かだけどよ。)
親も親で、どうにかして何らかの形で一度世間に出そうとは考えているらしい。。ただ、今の所体の良い方法が見つからず、なし崩しに延び延びになっているのが現状だそうだ。
「ねえ!」
「・・・・!」
切原は心臓が止まりそうになった。
ちょっと意識を逸らしていたら、いつの間にか紀伊梨の顔が眼前に迫っていた。
(キスできそう・・・って、違う違う!)
ぶんぶん頭を振る切原そっちのけで、紀伊梨は庭先を指差している。
「あれなーにー?」
「ええ?あれ・・・ああ、あれは警備会社の奴らっすよ。制服見た事あるし。」
「えー、警備は赤也君達が居るじゃん?」
「両方使うってことでしょ?そりゃ俺らの方が役には立つっすけど、数はどうしても少ないっすからね。」
「ふうん。大変だー。」
なんて言って、呑気に足をぶらつかせる紀伊梨だが。
「・・・なんか、あんた、あれっすよね。」
「えー?」
「あんま怖がってませんよね。ダイヤ盗られるかもしれねーってのに。」
そう。
どうも紀伊梨は緊張感に欠ける、というのも切原の印象だった。
しかし、紀伊梨は思いがけない返事をしてきた。
「えー、別に普通だよー。っていうか、紀伊梨ちゃんだけじゃなくて、皆だよー。」
「へっ?」
「紫希ぴょんも千百合っちもメイドさんや執事さんの皆もさー、ダイヤの心配とか、あんまししてないよ?ダイヤがなくなってもお金はあるしー、泥棒さんが皆に怪我させるのが心配だけど、盗られるだけだったら別にって感じだよ?」
「・・・マジ?」
「うん!っていうか、お父さんとお母さんが心配し過ぎなんだよー!別に欲しいって言うんなら、あげても良いくらいなのにさ!紀伊梨ちゃん、誰か襲われて怪我する方が嫌だよ!」
「・・・そういえば、そう?かも?」
切原は思い起こしてみたが、確かに紀伊梨だけでなく屋敷で仕えている者は皆、ダイヤの行方というよりは主人たちが怪我しないかということに気を張っていた。
切原は紀伊梨を見ていない間、ついダイヤやクライアントが気になっていたから、そっちばかり見ていたが。
なるほど。
確かに。
・・・ということは。
(・・・・あのダイヤ、もしかして値段以外に何かあんのか?)
誰も知らない、お金以外の何かがあるのかもしれない。
あのイエローダイヤに。