予告日はあっという間だった。
その日の前日の晩、五十嵐家は上を下への大慌てであった。
賊と乱闘になった挙句、主人に怪我があってはならないということで、五十嵐夫妻と娘の紀伊梨、それから紀伊梨お抱えの何人かの女中、護衛勢は、ダイヤが保管されている家を離れることになった。
まあ多分無いとは思うが、賊が屋敷に火をつけるとか、そういう手に出ないとも限らない。
というのが、立海の見立てであった。
移動は立海が手配した、特殊車両。
パッと見はただの大型トラックだが、実は防弾装甲とかがそこかしこに仕込んであり、中は人が快適に過ごせるようになっている。
とはいえ、物騒な時用なので、中に武器とか沢山置いてあるのもご愛嬌だが。
「えー、紀伊梨ちゃん一人?おとーさんとおかーさんは?」
「何か、固まってると全滅するかも?とからしいんで?」
「え、それって誰かは死ぬかもってこと!?」
「念のためだよ!あんたらは俺達が守るんだから、基本誰も死なねえっすよ!」
はあ、と息を吐きながら、切原は手元のハンドガンを調整する。
会話しながらでもさっとこういうことができるのは、経験の賜物というやつだ。
紀伊梨は、じっとその手元を見る。
「・・・・・・・」
「何すか?」
「・・・ううん。」
「?あんまり、お嬢様がじーっと見るもんじゃねっすよ?別に楽しいもんでもねえし。」
もしここで、紀伊梨が特にご贔屓にしている女中ーーー紫希や千百合が居たら、紀伊梨が何か妙なことを考えているのに気づいたかもしれない。
が、生憎その2人は、どっちがどのトラックに乗るかでジャンケン中であった。
あんまり1つのトラックに五十嵐家の人間が詰め込まれるのはよくないので、基本1台に1人しかお付きは居ちゃいけないのである。
「「あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!あいこで・・・しょ!」」
「や、やった・・・!」
「くっそ・・・!」
千百合はチッ、と舌打ちをした。
これで千百合は、五十嵐夫妻のお付き。
紫希が紀伊梨のお付きだ。
「・・・気を付けてよ、マジで気を付けてよ?本当だよ?」
「大丈夫です。それより千百合ちゃんだって、」
「私は良いんだって。それより、」
「はいはい、その辺その辺。ほら、決まったんだろい?お嬢様の車両、そろそろ出発だぜい?」
「あ、はい!ええと・・・」
紫希は辺りを見回して、まだ切原の銃を見ている主人を見つけた。
「お嬢様。そろそろ出発です、参りましょう。」
「・・・・」
「・・・?お嬢様?」
「うん・・・・」
「?」
「・・・何すか、さっきから。まさかこの土壇場で、具合悪いとか言わないでくださいよ?」
「違うもん・・・」
「じゃあとっとと乗ってください。ほら早く!」
「せっかちすんなってば。」
全員乗り込むと、車の扉はすぐに閉まった。
現在、乗員は6名。
屋敷の人間は紀伊梨と紫希だけ。
運転手に桑原。後部に切原と丸井。あと、立海の人間が助手席に1人。
紫希は一応助手席の人間が誰か確認したのだが、この1週間ばかりで全然見ない顔だった。
多分、最近合流した誰かだろう。
流石に、知らん人間が助手席に座っていて、運転席の桑原が気づかないのは相当考えづらいし。
「ジャッカル、乗ったぜい!」
「よし、出発するぞ。」
かくして、車両は発進した。
「ねーねー、これどこ行くのー?」
しばらく走り出してから、紀伊梨が言い出した。
「なーいしょ。」
「えー、なんでー!?」
「ははは!どこで誰が聞いてるか、わからないからな。休みたいなら、ベッドがあるから使って良いぜ?」
桑原がそう言ってくれたが、紀伊梨は別に早くホテル行きたいとかではない。
なので、座ったままでいることにした。
紫希としても、おそらく紀伊梨は当分寝ないだろうと思っていた。
基本紀伊梨は早寝なのだが、一方で感受性が高く、環境の影響を受けやすい。
この状況では気が高ぶって、いつもどおりに寝ろと言っても無理があるだろう。
案の定、紀伊梨は周りが気になってどうしようもないらしく、しきりにきょろきょろしている。
「・・・・・・」
「触んな!」
「ひぐっ!?」
壁にかけられた銃に手を伸ばした紀伊梨は、切原の怒号に飛び上がった。
「お、お嬢様、見るのは良いですがお手は触れないように・・・」
「別に怒んなくって良いだろい?暴発とかしねえようになってるじゃん。」
「そういう問題じゃねえっすよ、余計なことすんなってことです。」
「・・・何かお前ピリピリしてねえ?何?」
「そりゃしますよ!今日が本番なんすから、何かの理由で相手がこっち来たらどうするんすか。」
「ダイヤは屋敷だろい。」
「そうっすけどーーーー」
「悪い、ちょっと静かにしてくれ。」
運転席の桑原が割って入った。
「どうしたんですか?」
「いや・・・何か混んでるなと思ってたんだが、多分ちょっと先に検問があるな。」
「検問?」
「ああ。こっち側の窓から見える。俺達はどう見ても不審者だから、今から後ろを閉めて、外からは荷物に見えるよう、に・・・?」
助手席の男が、桑原にスマートフォンを渡した。
桑原はそれを見て。
顔色を変えた。
「皆、何かに掴まれ。」
「え?」
「良いから。もうすぐ検問だ、説明の時間がない。」
こういう時、紀伊梨や紫希はどうしても「なんで?」が先に来て、体が固まる。
しかし、切原や丸井は行動が早い。
仲間の指示に向かって、いちいち「なんで?」とか言ってる間に、誰か死ぬ可能性が高くなることを重々承知している2人は、紀伊梨と紫希をそれぞれ抱えて、言うとおりに掴まれる所に掴まった。
桑原の言う通り、一同の乗ったバンは、すぐに検問の順番が回ってきた。
桑原はゆっくり前進し。
急発進した。
「わあああん!何!?な、ぐーーー」
車は猛スピードで道路を進み、前進する。車と車の間を縫うように走り、間もなく高速に乗った。
「はあ、は・・・」
「大丈夫?」
「ありがとうございます、平気ですーーーでも、検問はーーー」
「警察じゃない。」
「「え?」」
「あれが賊なんだ。あそこで窓を開けていたら、おそらく銃でも突きつけられて、全員捕縛だ。」
聞き覚えのある声に、後部座席の4人が助手席を見ると、変装用マスクを外した柳が座っていた。
「あれ、柳?」
「ああ、俺だ。」
「ダイヤは?」
「説明するが、その前に後ろは大丈夫か?」
「あ!そうです、お嬢様は、」
「わああああん!ごめーーーん!」
紀伊梨は真っ赤な顔で謝り倒していた。
「お、お嬢様?」
「何?」
「いや、ちょっと・・・指口に突っ込んだら噛まれて。舌噛んだら危ねえし。」
「指・・・」
「ごめんてばー!」
「だーから、謝らなくて良いんですって!何でもないんすよ、こんなくらい!」
こんなくらい、と言うが、なんだかんだ紀伊梨はお育ちの良いお嬢様なのである。
口に指を突っ込まれたことなんて、歯医者にかかった時くらいしかない。
しかも思い切り噛んでしまって。絶対痕になってる。血が出てるかも。
と思うと、どうしても紀伊梨は涙目になってしまう。
「泣かないでくださいよ、こんなことでいちいち!」
「いちいちって何さー!」
「かすり傷でしょ、こんなの!あんた、俺の仕事なんだと思ってるんすか!」
「だってーーー」
「悪いが、痴話げんかしてる暇はないんだ。後にしろ。」
なんて柳は声をかけるが。
「ちわ?げんか?って何すか?」
「知らにゃい・・・紫希ぴょん、知ってる?何?」
「・・・・ええと・・・・」
「あははははは!」
「笑ってる場合じゃーーーー」
「まずいな。」
運転席から聞こえた声に、全員が一斉に振り向いた。
「「「「え?」」」」
「何がまずいんだ・・・?」
「方向だ。どうも誘導されている。人気の無い方へ向かわされていると言おうか。」
ここは高速である。一般道と違い、おいそれとUターンなどできない。そんなことしたら大事故だ。
かといって、適当な所で降りることもできない。
ちゃんと追っ手を撒けるような所で下りないと意味がないのだ。
「つっても、相手だって高速走ってる俺らを、どうこうできるわけなくねえっすか?状況が整うまで、ずーっと下りないで走ってりゃ良いんじゃないっすか?」
「えー、そんなことできるのー?疲れない?ガソリンは?」
「運転は上手くやるって。ジャッカルが。」
「俺かよ!やるけどよ・・・」
「ガソリンも気にしなくて良い。最長で24時間走れるようにはなっている。ただ・・・」
「ただ?」
「相手がそれを想定していない・・・と決めつけるのも早計だ。赤也の言うことは最もだが、それに気づいていないと考えて良いものかどうかーーー」
柳がそこまで話したときだった。
「・・・・!伏せろ!落とされるぞ!」
バンが横から殴られたような衝撃を受け、バンは高速道路の壁を破り、1m程下の山林の中にあっさり落下した。