5周年記念企画:My diamond - 9/9


目を開けると天井が見えた。

こうやって起きる時は、大体悪魔化して暴れた後である。
ああ、またやったんだなあ、と自分でも思う。

ところで、今回は何してたんだっけ?

「ーーーー・・・・!お嬢様「ああああーーー!起きたああああ!」げふっ!」

腹部を抉るように飛びついてきたのは、今まさに安否を確かめようとしたお嬢様であった。

「えほっーーーーーあのなあ、」

自分は病み上がりなんだぞ。
と言いかけたが、自分にしがみつくようにしてめそめそ泣き始める紀伊梨を見て、切原はすっかり言う気を失くした。

「うええええん・・・・あーーーん!」
「・・・・いやほら、大丈夫ですから!」
「だって!3日も起きなかったんだよ、死んじゃうかと思ったよー!」
「死にませんよ、こんくらいで!」
「こんくらいじゃないよ!倒れる前も、なんか変だったしさー!」
「あー・・・いや、あれはなんつうか、こう・・・俺の必殺技?みたいなもんで・・・」
「必殺・・・?」
「ほらあのー・・・ゲームとかでーーーって、お嬢様はゲームなんかしねえか?こう、すげえ強くなれる代わりに、使ったらしばらく休んどかないといけない的なアレなんで!いつものことっすよ、平気ですって!」

本当は麻酔銃で撃たれて眠らされていたのだが、それは言わないでおいた。
言ったらもっとうるさくなりそうだったし。

「っつうか!俺のことは良いんすよ、あんたですよあんた!大丈夫なのかよ!」
「紀伊梨ちゃん?紀伊梨ちゃん大丈夫だよ!」
「はあ・・・ま、先輩達も居たし、多分大丈夫だろうとは思ってまし、たけ、ど・・・」
「・・・・?」
「・・・・」
「・・・あり?どったの?」

切原は、今更ながらいろいろ、眠らされる直前のことを思い出してきた。

ダイヤをやるから自分を差し出して逃げろとか、頓珍漢なこと言われたこととか。
何だよそれと思ってカッとなったこととか。
マジで一回口で言わないとわかんない女なんだと思って、クライアントだとかお嬢様だとかまるっきり忘れて、両肩を掴んで揺すりそうになったこととか。

「・・・あの。」
「んお?」
「あんた、俺が寝る直前怒ってたこと覚えてます?」
「へ?」
「どうなんすか!」
「・・・・・・・・・・・あれ?」
「はああ・・・・」

覚えとけよ。
と思ったが、もう良い。
自分だって、3日前混乱のさなかに言われたことなんて、いちいち覚えてられるタイプじゃないし。

でも。
それはそれとして、知っといてもらわないと困ることがある。

「ちょっとそこ座ってください。」
「え、なんで?」
「良いから!」
「はーい。」

言われると、言われるがままにベッドに横座りする紀伊梨。
顔を見たらわかる。
これから何言われるか、全然わかってない。

「あの。」
「?うん。」
「俺・・・・」

喉が乾く。


「・・・あんたが好きなんですよ。」


「・・・へ?」
「俺は、ダイヤとかどうだって良いんすよ!そりゃ、金が欲しくねえって言ったら嘘になるけどーーーあんたより金の方が大事とか思ってねえし。なのに!」
「ひい!」
「あんたなあ、自分と金どっちが大事みたいなこと、自分から人に言ってんじゃねえよ!決まってんだろそんなもん!馬鹿にしてんのかって話だし、逆にそんなこと言ってくるやつが居たら、顔面ぶっ飛ばしてやりゃあ良いんですよ!」
「えー、できないよそんなのー!紀伊梨ちゃん、足は速いけど力弱いもん!」
「そこをどうにかすんだよ!」
「できないよー!」
「できるようになってください!・・・俺はもう帰るんすから。」
「え、」
「そりゃあそうでしょ。仕事はもう終わっちまったし・・・」

そう。
もう切原がここに居る理由はない。

そもそも、切原はよく身に沁みて知っていた。
用心棒とかSPなんて、居なくて良いのならそれに越したことなんてないのだ。
相手はお嬢様だし。
立場が違うし。
自分には他に能が無いからーーー仕事は捨てられないし。

だから。

「さっきも言いましたけど。俺、あんたが好きだから、だから・・・俺が居なくても、もうちょっと自分でいろいろ何とかできるように、しっかりしてくださいよ!」
「・・・・・・」
「そりゃ、困ったら呼んでくれたら行きますけど!ずっとってわけにいかねえし、俺、あんたの親とかメイドとかから、まあまあ睨まれてっし・・・」
「え?」
「気づいてなかったかもしんねえけど、俺のこと見てひそひそ話してんのしょっちゅうだったっすよ?」

会話までは聞こえなかったが、悪口に決まってると切原は思っていた。
良いことなら、堂々と言えば良いのだ。
あんな風に人を見てはひそひそするなんて、ろくな話じゃないに決まってる、と切原は頭から思い込んでいた。

「待って待って!それが嫌だから帰るの?」
「それが原因じゃないんですって!仕事なんだから、終わったら帰るのがーーー」
「じゃあじゃあ!終わらなかったら帰らない!?ここに居てって、お願いしてお金払ったら居てくれる!?」
「居てどうしろってんだよ!もうあんたを狙ってる奴は居ねえんだから、俺が居たって、やることないっしょ!?」

「やることないけど、一緒に居て欲しいんだもん!」

今度は切原の口から、え、という声のような音のようなものが出た。

紀伊梨は切原が帰るという焦りから半分涙目になっているが、それはそれとして顔は真っ赤になっていて、それは焦り以外の感情をはっきり切原に示している。

マジか。
この人、そういうこと一切わかってないと思ってたのに。
とか大分失礼なことを切原が思っていると、紀伊梨から「わかってるもん!」と返事をされた。
声に出ていたらしい。

「そりゃあ紀伊梨ちゃんだって、別に詳しいわけじゃないよ!よく千百合っちから鈍いって言われるし!」
「ああ、それは俺も正直思いますけど・・・」
「恋愛物語も、難しいのはわかんないし!『ヤマトナデシコさん北へ』とか何回見てもよくわかんない!」
「いや、あの映画は俺もわかんねえーーー」
「紫希ぴょんと立海の人が付き合いそうっていうのも、この間メイドさんから教えてもらうまでわかんなかったし!」
「ええええええ!?待ってくださいよ、誰っすかそれ!立海の誰っすか、俺も知んねえっすよそんなん!」

嘘だろこんな短い間で、と言いかけたが、自分だって同じことやってるので人のことなどとても言えない。

最初は完全に仕事のつもりで来ていて。
むしろ、来る道中はなんでこんな役なんだよと文句さえ出ていたのに、今は心から、こうしてる時間を惜しいと思う。

「とーにーかーく!紀伊梨ちゃんだって、恋愛のことは詳しくないの!よくわかんないの!でも流石に、自分の好きな人くらいはわかるもん!わかるもん・・・」
「お嬢ーーー」

紀伊梨の手が、切原の袖を握った。

2人ともわかっている。
これは、お金とかでなく気持ちの話なのだ。
お互い好きなのは本当の気持ちだけど、一方で切原が仕事に対して抱く気持ちも同じくらい本当。

紀伊梨の親とかメイドにひそひそ言われてたって、自分は仕事を変えられない。
でも、こんな家捨てて自分について来いと言って良いのかどうかも切原は迷っていた。
家族が好きな紀伊梨は、それじゃ喜ばないことも今はもうわかっていた。
自慢じゃないが、遠距離恋愛とかに耐えられるタイプでもない。

せめて、もっと時間があればいろいろ何とかなったかもしれないのに。
家族を説得する術が見つかるかもしれないし、家を捨てて自分と来いと言う決意が固められるかもしれないし、遠距離はーーー性格的に難しいから、時間がどれだけあっても無理かもしれないけど。

でも、今更もう時間とかなんてーーー


「もう入って良いかな?」


2人が振り返ると、いつの間にか病室の扉が開いていて、ちょっとだけ顔を覗かせている幸村が、コンコンと扉の内側をノックしていた。

一体いつの間に。
仕事柄こういうのに敏感なはずの切原は、気づかなかった自分に結構びっくりした。

というか。

「いつから居たんすか、言ってくださいよ!」
「いやだなあ、結構ノックしたんだよ?全然気づいてくれなかったのは、赤也達だろう?」
「そーーーーーうう・・・・・」
「まあまあ、それよりお客さんが居るんだ。」
「お客さん?」

幸村が扉を開けると、紀伊梨の両親とお抱えのメイドである紫希と千百合、それから他のメンバーがぞろぞろ入ってきた。

紀伊梨と切原は、揃って「う、」みたいな顔をした。
大体こういう時は怒られる前触れだ。

それを見て、紀伊梨の両親は苦笑した。

「そう構えなくてもいい、別に叱ったりする気はない。」
「あれ?そなの?」
「ああ。実は今日は、切原君にお願いがあってな。私と妻と、それからここに居るメイドーーーいや、娘の友人2人から。」
「お願い?」

「切原さん。母としてお願いします。良ければ契約を延長して、これから2年間、紀伊梨を守ってもらえないかしら?」

「・・・・へ?」

ぽかん・・・としている切原を他所に、紀伊梨は2年というワードに引っかかっていた。
なんだっけそれ。聞いた気がするんだけど。

「お嬢様、学校。」
「学校・・・あ!」
「え?何?何すか?」
「実はお嬢様は、後半年足らずくらいで、海外の学校に留学されるんです。2年間。」
「は・・・・」
「それで、君さえよければ娘に付き添ってやってくれないか。専属のボディガードということで。」

情報の処理が追いつかない2人。
紀伊梨はともかく、切原に対しては「予想外のこと言われたからって、この固まり方はSPとして困るなあ」なんて幸村は思ったりしている。

「あれ、でも・・・俺嫌われてたんじゃ、すげえひそひそ話されてたし、」
「その件については、悪かったね。実は今回の件は、テストも兼ねていて。」
「赤也が上手くお嬢様を守りおおせるかっていうのと、これからも守る気がありそうかっていうのを、見せてもらってたんだ。こういうのは、やる気が大事だからね。」

もちろん、仕事なんだから誰が相手でも頑張るのがプロというものだ。
ただ、切原は性格が如実に成果に影響を与えるタイプ。
嫌いなクライアントだって守れるは守れるけど、自分の意志で守りたいと思った時、ベストのパフォーマンスが出来るタイプであることも、立海メンバーはわかっていた。

「それに、お嬢様の話もあったし。」
「へ?最初からお嬢様の話だろ?」
「紀伊梨お嬢様が、切原さんを受け入れてくださりそうかどうか、という意味です。」
「ボディガード側が一方的にお嬢様を気に入ってもね。うちのお嬢様側が嫌がるんだったら、話進められないし。」
「ほほほ・・・まあ、その件は、見ていればすぐわかりましたから。」

咳払いする紀伊梨の父を、紀伊梨の母はおかしそうに笑って見やった。

見ていればすぐわかる。
というのはこの場合。
と思って切原が紀伊梨を見ると、紀伊梨は赤い顔で母親の元に駆け寄り「もーおかーさん!」と言って文句を言っていた。

「切原君、それで・・・どうだね?」
「へ?どう?」
「引き受けてくれるかな?」

反射のような速さではい!と返事した声が、五十嵐邸の一室に響き渡った。