それから、1ヶ月が過ぎた。
忍足はほぼずっと可憐と一緒だが、城に寝泊まりしているわけではない。
治療以外にもやることはお互いあるから、毎日会うことは会うけど、10分様子見して終わり、という日もある。
今日は、昼から忍足が来る。
そんな日だった。
「・・・・・・・」
可憐は、ため息を吐いた。
最近治療に身が入らない。
原因はわかっている。
「・・・・はあ。」
この1か月で、可憐は忍足のことを急速に知ることになった。
そしてわかったことがある。
忍足侑士という人間は、可憐の求める王子様とすごく似ていてーーーすごく惹かれるということ。
昔から顔見知りではあったが、今まで用事がある時に家に来る人、くらいの認識しかなかった。
性格なんて、ほぼ知らなかった。
物静かな方なのは知っていた。
だからもっとクールでぶっきらぼうな性格だと思っていたけど、全然違った。
忍足は、ただ口数が多くないだけ。
本当は優しいし、人当たりがいいし。
冗談も言うし、面倒見が良くて、さらっと自然に助けてくれる。
かと思えばたまに抜けてる所もちょっとだけあったり、結構ロマンチストで夢を大事にしてる所もあってーーー
「姫!」
「は、はいいっ!」
「先生が来ましたよ・・・どうしたんです?」
「な、なんでもっ!ない、です・・・」
「そうです?・・・姫。」
「な、何かなっ?」
「なんだか、変じゃないですか?もしかして、治療が辛いんじゃ、」
「つ、辛くないよっ!辛いことなんて何もないよっ!別に妙なことしたりとか、まずいお薬飲んだりとかするわけじゃないからっ!」
「そうですか?」
「うんっ!大丈夫っ!大丈夫っ!」
ブンブン首を縦に振る可憐に、侍女は?な顔をしながらも去っていった。
「・・・はあ。」
忍足に惹かれている可憐だが、話はここで終わらない。
そもそも可憐は、王子が好きなのだ。
ほぼ覚えてないんだけど、好きだと強く思っていたことは覚えてる。
だから諦められない。
そこで忍足が似ているから好きって、それはもう単なる代替品ではないだろうか。
失礼どころの騒ぎではない。
でも、会ったらどうしても胸が苦しくなってしまう。
最近は特に。
自分は、どっちが好きなんだろうか。
可憐はもう、頭の中が最近ぐちゃぐちゃであった。
全然違うタイプだったら、はっきりしたのかもしれない。
なまじ近いから、余計にわからない。
わからないから、身の振り方もわからなくてーーー結局最近は、場当たり的に平気なフリばかりしている。
解決にならないのはわかっているが、どうしたら良いんだろう。
(・・・うん、やっぱり、記憶がないのが問題なんだよねっ。好きって言っても昔のことだし・・・もっと、どこがどう好きだったのか、具体的に思い出せないと、結論出せそうにないや・・・)
記憶を優先しよう。
うん、そうしよう。
そう考えた所で、忍足が入室してきた。
「姫、いけますか?」
「あ、うんっ!」
「ほんなら、今日もよろしゅう。」
「よろしくお願いしますっ!」
「今日は何するのっ?」
「今日は、ちょっと変わり種をしよかと思うてます。」
「変わり種・・・?」
「痛いとか苦しいとかはないんで。ただ、時間もあんまりあらへんし、なんなりとやっていかへんと。」
「そ、そうだよねっ!頑張りますっ!」
そうだ、やらないと。
頑張らないと。
と張り切る可憐だが、張り切るほど隣の忍足は気分が沈んでいく。
ただ、それを悟られないのが忍足という男でもあった。
大丈夫。心を閉ざしとけば。
表面上は。
「ちょっと暗あしますけど、大丈夫ですか?」
「ま、真っ暗っ?」
「真っ暗はちょっと、逆に刺激強いんで。薄暗い感じで。」
「あ、それなら平気ですっ。」
「ほんなら。」
忍足はテキパキと部屋を準備していく。
カーテンを引いて。
ランプを付けて。
ちょっとお香も炊いて。
そして可憐は、ベッドに寝かされた。
忍足はサイドの椅子に座っている。
「あ、あのー・・・」
「はい。」
「な、何するのっ?」
「催眠を試そかなて。」
「催眠・・・あなたは段々眠くなる、みたいなっ?」
「あれはまあ、ものの例えで。要は暗示なんで。」
「暗示・・・」
「成功率は、本人のかかる気次第なんで。なるべく、かかろうていう気でいて下さい。」
「わ、わかったっ!頑張るねっ!」
「ほんなら目閉じて、楽に。多少ウトウトしても大丈夫です。」
やってる忍足側も、この方法は半信半疑。
ただ、可憐に言った通り、今はもうダメ元で何でもやる段階であるので。
「楽にしといてください。楽に。ああ、返事はええんで。」
「そうなのっ?」
「はい。ただ、ついていけへんとか、集中でけへんとか、トイレとか水飲みたいとかはすぐ言うてください。気がかりあったら、やりにくいんで。」
「はあい・・・」
「ほんなら。楽にしてください、楽に。まぶたがちょっと重うなりますーーー」
本当にできてんのかなあ。
と忍足も思っているが、これはかける側の自信も大切。
なので、できるだけ確信を持ったような声音がポイントになる。
「ここは、あなたしかおらへん秘密の場所です。」
「・・・・・・・」
「他には誰もいません。安心できる場所です。誰も他には入られませんし、あなたは自由に出入りできます。」
「・・・・・・・」
「あなたは7歳です。」
「はい・・・・」
今の返事は、多分無意識である。
思いの外、うまくいってるかもしれない。
「考えてることを教えてください。」
「・・・・・」
「なんでもええです。他に誰もおらへんし。」
「・・・・毎日、楽しい・・・・」
「はい。」
「算数、嫌・・・」
「はい。」
「明日、お天気が、良い・・・」
「はい。」
「お外に、行きたい・・・」
「はい。」
「・・・あの人に、会いたい。」
来た。
忍足はわずかにピクリと身じろぎしたが、催眠の中にいる可憐は、まったく気づかず喋り出した。
「・・・可愛く、なりたい。」
「・・・もっと、勉強、しないと。」
「・・・釣り合うように、なりたい。」
「・・・また、
・・・逃げられないように、」
(逃げられる?)
忍足はちょっと目を見開いた。
以前可憐は、王子の表情として「びっくりした顔」と言っていた。
そして今の言動。
おそらく可憐は、何か見たのだ。
何か、王子がまずいことをしている場面を。
だから王子は、まずい見られたと思ってーーー逃げた。
可憐はそれを、自分が至らないから逃げたのだと思ったのだろう。
当時。
しかし。
そうなると。
(・・・・!あかん、)
入り口扉から、控えめなノックの音が聞こえた。
今日は催眠だから、よほど重大な用事でない限り、途中で来ないように。と言ってある。
つまり、今すぐ行かないといけないような、何かができたのだ。
ただ、だからと言っていきなり起こすと、催眠は良くないので、ゆっくり起こさなくてはいけない。
忍足はやや大きめの声で、暗示終了の文言を言い始めた。