5周年記念企画:Princess of tennis - 6/8


足早に、当てもなく歩く。

情けない。なんて情けないんだろう。
出るために頑張っていたのに、出られるとなったらなったで、ごらんの有様。

(全然気持ちが切り替えられない・・・!こんなんじゃ勝てる試合も負けちゃうよっ!)

折角選ばれたのに。皆が選んでくれたのに。
誇らしいと思えば思うほど、試合前にこんなんになってる自分より、もっと相応しい誰かが居る気がしてしまう。

周りの人が、皆自分の2倍も3倍も出来るプレイヤーに見えて仕方がない。
落ち着かないとと分かっているけど、落ち着き方がわからない。

自然と視線は下を向き。注意力が散漫になり。

「・・・あいたっ!」
「おっと。堪忍・・・桐生さん?」
「あ、忍足君・・・ど、どうしてっ?」
「?どうしても何も、男子テニスもあっちで新人戦やさかい。」
「あ、そ、そっか・・・ごめんね・・・」

いつもだったら、この前もぶつかっちゃったね、ごめんね、ともっと明るく言ってくれるのに。可憐がいつもより元気がないのは、もう一目瞭然であった。

「・・・どないしたん?」
「・・・怖いの。」
「え?」
「昨日、急に試合に出ることになっちゃって・・・!なんだかすごく怖いし、落ち着かないし、焦っちゃって焦っちゃってしょうがないしっ!もうどうしたら良いのか、」

(ああ・・・・)

忍足は内心で頭を抱えた。

補欠と言うのは、なかなかそこそこの確率で出る事態になりうる。
忍足は経験からそれを知っていた。

いたずらに怖がらせるよりはと思って、補欠だと教えられたときは黙っていたけれど。

「・・・桐生さんは、何が怖いん?」
「え・・・?」
「負けるのが嫌なん?」
「そりゃあ・・・うん、そうだと思う。負けちゃうんだろうな、って思うし・・・」
「なんで?」
「なんで・・・」
「俺は、桐生さんやったら勝てると思うで。」
「え!?」
「いっつもあんなに一生懸命練習してるやん。」
「・・・駄目だよっ。」
「そんな事ー--」

「駄目だよっ!勝てないよ私のテニスじゃあっ!」

今、忍足と話していて、可憐はやっと自覚した。
負けるのが嫌なのは選手ならある意味当たり前だが。
それ以上に、自分は武器を持っていないのだ。

勝ち方がわからない。勝つビジョンが、ストーリーが思い描けない。

「・・・なんでそんな風に思うん?」
「だって、」
「具体的に何が足らへんと思う?スタミナ?テクニック?パワー?スピード?」
「・・・・・・・思考能力、かな・・・」
「思考。」
「相手の裏をかこうと思っても、その通りにできなくて・・・相手の考えを読もうと思ったら、ショットが疎かになっちゃうし・・・ショットに集中すると、相手の表情が見られなくなっちゃうし・・・」

可憐が言葉を続けるにつれて、忍足は段々思案気な顔になってきた。

「・・・・・・・」
「・・・忍足君っ?」
「・・・桐生さん、練習試合出たことある?」
「えっ?ううん、ない・・・だから余計に緊張しちゃうのかもだけどっ。」
「大丈夫やで。」
「えっ?」
「桐生さんはカウンターパンチャーやろ。その辺のショット得意やし、戦法もそれでええから、そのままやってみ。」
「でも、」
「負けてまう、て思う気持ちはわかんねん。わかんねんけど、一回でええわ。一回でええから、勝てると思い込んでやってみ。」
「・・・・・」
「騙されたて思うて。もしなんやったら、負けたら俺のせいにしてもろてええさかい。」
「えっ!?そ、そんなことできないよっ!でも・・・」

勝てるんだろうか。本当だろうか。
自分のことはいまいち信じられないのだが、忍足の言う事は信じられるのも確かだ。

伏せていた視線を上げると、忍足の藍紫の瞳が可憐を見つめ返していた。

「・・・・わ、かったっ。やってみるっ!」
「うん。」

忍足はなぜか、とても嬉しそうな顔で微笑んだ。

多分、知らない人が見ても、微笑んでるか微笑んでないか判断がつかないくらいの小さな笑み。でも可憐には、忍足が笑っているのがわかった。