5周年記念企画:クリサンセマムの口づけ後編 - 1/9


それから、紫希はずっと丸井と付き合いを続けた。

紫希ははっきり言って、気にかけてくれるというのは、半分建前であろうと思っていた。
忍足と丸井は知り合いだから、その手前嫌だと言えないだけだろうと。

でも、意に反して丸井は、本当にまめに気にかけてくれた。
相変わらず十手団は捕まらないままだったし、捜査は進展しないままだったし、紫希に向けられる心無い視線も、増える事こそなくても減りもしないままだったけど。

でも、大事な友達と。
優しい担任と。

それから丸井が居る生活を送り始めてから、9ヶ月ほどが経とうとしていた。

紫希達は夏と秋を通り越し、2年生の冬を迎えた。

「はあ・・・・・」

町中の通学路で、紫希はひとり溜息を吐いた。

紫希は基本、帰路は一人である。家の方向が、友人の誰とも違うからだ。寄り道することもあるけど、今日はそんな気になれなかった。

朝、家の郵便受けに手紙が入っていた。
明治という時代は、通信はまだ脆弱だが、国際郵便はもうすでに始まった時代。だもんで、見るからにイギリスからの手紙が届くこともある。

もちろん差出人は家族だ。
だが、今朝ちらっと見たときに見えた宛名は。


「よっ!」


「・・・・!こ、こんにちは!」
「おう。」

意識がお留守だった紫希は、ふいにかけられた声に肩をびくつかせた。
振り返ると、もうすっかり見慣れた鮮やかな赤毛に、ほっと心が緩む。

「珍しいですね、この通りにいらっしゃるの。」
「そうそ、最近ちょっと巡回の道変わったんだよな。駅の方からまっすぐ東行って、銀行の方まで行って、4丁目まで行ったら帰ってくる感じ。」
「そうなんですか。ああでも、それじゃあ卡薩布蘭卡亭は、ちょっと遠くなってしまいますね。」
「まあな。でもまあ、代わりに次は壬屋が近くなるぜい?」
「壬屋?」
「知らねえ?和菓子の所。おはぎがさあ、すげえ絶品なんだよ。」
「わあ・・・・!」
「今度行く?」
「はい、ぜひ。」

紫希はこういう時、丸井の存在を有難いと思う。
気分が上向きになる。

「・・・・なあ。」
「はい?」
「気のせいかもしんねえけど、何かあった?」

ぐ、と言葉に詰まった。

「・・・・今朝、ちょっと嫌な手紙が家に。」
「え。悪戯とか?」
「いえ、そういうことじゃないんです。兄からなんですけど・・・」
「へえ、兄さん?でも、嫌なわけ?」
「はい。兄はその・・・私が、英国に居ないことを良く思ってなくて。何かというと、日本を悪し様に言って、帰ってくるようにとせっついてくるので・・・身内だから、読まないわけにもいかないんですけど。」

紫希の兄は、別に日本が嫌いなわけじゃない。
ただただ、妹が目の届く範囲に居ないのが嫌なのだ。仮に留学先が米国だったら、今度は米国を罵るに違いなかった。

紫希も、兄そのものは別に家族として嫌いじゃない。この件を抜けば。
だからこそ、大切な家族が自分の好きなものを罵ってる図が嫌なのだ。

だから紫希は、折に触れて兄に日本は良い所だ、心配ないと訴えている。が、今の所、その訴えは聞き入れてもらえる気配もない。
それがわかっているから、兄からの手紙は来たら読むのが憂鬱なのだ。
きっとあの中には、日本への難癖がしたためられているのが、わかっているから。

「特に、冬は・・・・」
「冬?って、何かあんの?」
「日本にはないですけれど、英国では基督の感謝祭があるんです。ご馳走を整えて、お祈りを捧げて・・・」
「へー。」
「・・・それで、その日は一般的に、家族で過ごす大切な日なので・・・」
「なるほど?いつもよりお小言増えちまうわけか。」
「はい・・・・それに、それが終わったら、すぐに新年のお祝いがありますから。これは、日本でもそうですけど。」
「師走な。ま、こっちじゃ欧米の暦が入ったのって最近だけど。」
「そうらしいですね。こっちでは、もうずっとそうでした。」
「忍足から聞いたけど、やっぱ、新年だからって帰ったりしねえの?」
「はい。旅費もかかってしまいますし・・・日本で学ぶ間は、家に帰らないのは決めていました。」

明治という時代は、まだまだ長期の船旅に対し、危険や出費が山盛りの時代であった。
まして、日本ー英国間は遠い。欧州の国同士で行き来するのとはわけが違う。

「・・・なあ。」
「はい?」
「その感謝祭?って、いつ?」
「え?December day 24・・・あ!ええとですから、師走の24日から、25にかけてです。」
「24か、25ね。よし。」
「よし?」
「俺、休み申請してみっからさ。」
「はい・・・?」
「その日、一緒に居る?」

意味が分からなくて、紫希は目をぱちくりさせた。
それでもやっぱり、意味はよくわからなかった。