Camp school:In hotel - 3/4


「うん。うん。そう。うん、もうちょいで消灯。」

千百合は廊下を電話しながら歩いていた。

紫希が出て行ったほぼ直後に(鬱陶しい)父親から様子はどうだと電話が入り、無視っていたら母親まで電話してきたのでしゃあない出てやるかと思ったのだ。
しかし部屋の中は電波が悪い。
ので廊下を適当にぶらつきながら通話する事にしたのだった。

『そ。まあ無理しない程度にやりなよ。お土産は食い物が良『千百合!千百合、聞こえてるか?消灯になると廊下は電気が消えるから、足元に注意しろよ!もし出歩くなら同室の子か幸村君を起こして『煩せえんだよ黙ってろ!何処の世界に暗い廊下が危ないからって別室の彼氏を叩き起こす馬鹿が居るんだよ!』

(あーあ。)

千百合はスマホをちょっと耳から離した。
ああ煩い煩い。いつもこう。父親が素っ頓狂な事を大真面目に言い出して騒ぎ出して、それを抑える為に母親が父を上回る勢いで騒いで封じ込める。

まあ千百合には悪くない事でもある。言いたい事は大体母が先回りして代弁してくれるし、あの父は子供である自分や棗より妻の言う事の方をよく聞くから。

『で、でも純子、『でもも案山子もへったくれもあるか!ったく、お前はいっつもいっつも人の迷惑顧みないで、幸村君の事なんだと思ってーーー』

「あ。」

『『あ?』』

「あ、いや。何でも。」

『何でも?何でもないか?本当か?どうした?困った事があるなら『何でもないっつってんだから放っておけよこの馬鹿!お前は本当に馬鹿だな、この馬鹿!』


「なんか面白いな、お前の親。」
「どうも。」

廊下で鉢合わせた丸井のコメントに、千百合は軽い調子で返した。慣れっこだ、慣れっこ。
こんな親を持って生まれて早10年以上。もう大体のリアクションには慣れたし、リアクションのリアクションもお手の物。

「もう良い?切るから。」

『ああうん、おやすみ。』
『おやすみ千百合!愛してるぞ!棗にも言っておいて『だからそれが煩えんだよ!おやすみくらい普通に言え!』

最後までけたたましさを失わない電話向こうに、丸井はつい笑ってしまう。

「ははは!すげえ父ちゃんだろい。」
「ああうん。母さんは割と普通だけどね。あの親父は馬鹿。」
「いつもあんな調子?お前のお母さん、その内血管切れるんじゃねえ?」
「それはないんじゃない。半分は母さんの所為だし。」
「母さんの?所為?」
「親父は若い頃からずーーーっとああだったらしいから。母さんは「はあ・・・やれやれ」で済ましてきたらしいけど、兄貴と私が生まれてからそんな事言ってられなくなったんだってさ。甘やかしてごめん、責任取るからって母さんに言われた事あんのよね。」

実際、母・純子はその言葉通り、千百合が物心ついた時から夫が暴走すると「大人しくしてろ馬鹿が!」と一喝して首根っこを捉えていた。
千百合は昔からどういう経緯で母と父は結婚したんだろうと不思議に思っていたから、謝罪された時は兄と顔を見合わせて驚いたと同時に、なんだか不思議と納得もしたものだった。

ああそうか。
妻的には、別に今の黒崎雄一で問題なかったんだなあ、と。
しかし親となると父としては過不足がおおいに出てしまうから、それを見越して母は母として夫を父親にしようと頑張っていたのだ。
成程だったな、と棗から言われて同意し合ったあの日も今は昔。

「そうだ。」
「ん?」
「思い出した。あんたさ、彼奴の事ずっと今日みたく甘やかすつもりなの。」
「彼奴って誰?」
「一条郁だってば。」
「ああ。」

素で何の話だか丸井は一瞬分からなかった。

「つうかお前、はっきり言うな。誰か聞いてたらまずいんじゃねえ?」
「何が?」
「普通女子って女子の事、彼奴呼ばわりはしねえだろいって話。」
「別に良いんじゃない。私が彼奴の事好きじゃないのは事実だし、向こうだってあんた達に嫌悪感丸出しなんだし。」

だからこっちが同じ事してたって文句言われる謂れは0だろ、というのが千百合の理屈である。丸井は千百合のこういう所が、実は結構面白くて好きだ。確かにきついっちゃきついけど、分かり易くて良いじゃないか。

「話戻すけど、どうなの。」
「どうって・・・何か、何から言ったら良いのかわかんねえけど、今日俺そんなまずい事してなくねえ?特別甘やかしてるつもりも素っ気なくしてるつもりもねえんだけど?」
「とてもそうは見えないし、そう見えてないの私だけでもないと思うわ。」

それこそ実は、ホテルに入れと言われて部屋に行くまでの道中、千百合と紫希は江野と堀江にちらっとそこに触れられたのである。
あの子誰?っていうか何?
丸井君の事嫌いなの?喧嘩とかしてる感じ?
色々ね、で終わらせたけど、正直千百合としては鬱陶しい。

千百合的には鬱陶しい事と関わり合いになるのが嫌だからもう無視しきってしまいたいのだが、今回はそれが難しい。丸井はまあ良いが、紫希が進んで関わり合いになるので嫌でもちらちら目についてしまうのだ。
そしてもう1つ。
幸村から聞いているので知っているが、一条は今も尚男子テニス部マネージャーの候補なのだ。

そう、態度があれでも一条はマネジとして見込まれているのである。
その辺は立海テニス部ならではというか、皆結局どこかしらストイック故に、「仕事出来るんだったら他の部分はまあ目を瞑ってあげよう」みたいな所があるのだ。
マネジとして勧誘したい候補は勿論何人も居るが、その中でも一条はかなり良いとみなされている。
土台業務はテキパキ出来ると先日明らかになったし、あの態度に関しても、見ようによっては選手にベタベタしてくるより良いんじゃないかと言われている。幸いマネジの女子生徒に嫌悪感は無い様なので、マネジ同士でぎすぎすしないならまあ良いんじゃないかなという意見もある事だし。

端的に言うと、余計な思い入れが無いから余計な事をしてしゃしゃり出てきたりもしないだろう。それは良い事じゃないか?というのが今の立海男子テニス部の一条に対する評価なのである。
ただ、嫌われているだけの段階だと、一条側にマネジをやるメリットがない。
そこを林と丸井でなんとかしてくれないかなー。という目で、テニス部の幹部たちは2人を見ている。

因みに紫希はその数には入らない。
あくまで部外者なので協力は有難く受け取るけれど、お前が何とかしてくれと頼める立場ではないし当てにするのは間違ってるから、という理由で。

「私基本放っておくつもりでいるから無視してくれても良いけど、ああいうタイプの手合いって甘い顔してると面倒な事になるわよ、後から。」
「ふうん?そう?」
「そう。それにこう言ったら紫希とあんたに悪いけど、成果もそんな言う程上がってないし。」
「それはそうでもないぜ?」
「え?」

今話していてずっと「ふうん?ふうん。ううん。そう?」だった丸井の返事が、今急に即答になった。

「何、偉い自信ね。」
「まあな。思ってたより手応えあるっていうか、どういう方向でやってたら良いのか分かるって感じ?」
「マジ?」
「おう。こないだ本人から聞いたばっかりだけどな。要は理由があれば良いんだってさ。」
「・・・は?」
「一条はなんつうか、テニス部と居ると刺されて死ぬって思ってんだよ。」
「そこが先ずおかしいだろ、なんでそうなるんだよ。」

そんな理由でいちいち死んでいたら、立海全体が死屍累々の地獄絵図になってしまう。
自分達なんて命が幾つあっても足りないではないか。

「まあ彼奴も大袈裟に言ってる所あるけどな。要は、彼奴の中で立海生の序列?何か、上下関係?みたいなものがあって、俺が上で彼奴は下。テニス部員は皆上。で、その上で上位の奴が下の奴に話しかけたりすると、色々面倒なんだって言ってたぜ?」
「あー・・・・スクールカーストめちゃめちゃ気にするタイプか。」
「お前もわかんの?上だとか下だとか。」
「思ってはないけど知ってる事は知ってる。女子には多いし。っていうか、男子にもスクールカースト気にしてる奴は居るんじゃない。」
「マジ?誰?」
「誰って言われても具体的には出て来ないけど。ただ、あんたの周りには居ないと思う。」

いずれにしろ、千百合はこれでちょっと腑に落ちた。
成程、カーストフィルターを通してテニス部を見てる結果があれなわけだ。

とすると自然、面倒な事を避けたいと思っているらしいという事も頷ける。
所謂「面倒な事」を吹っかけて来る側も、そういう場合大概カーストを通して物を見ているから、ある意味同類なだけに無視しきれないしやり返せそうにないのだ。

だからそうなる前に自己防衛。
避けて避けて避けまくる、と。

ふうん。
そうか。
そうだったか。

・・・だがしかし、そうなると今度は別の問題が出て来る。

「ねえ。あんた、手応えあるって言ったでしょ。」
「ん?うん。さっきの続きだけど、一条的には理由もなく上の奴が下の奴に話しかけられると何か差し障りある、みたいな感じなんだよな。だから逆に言うと、理由があれば良いんじゃねえ?って思って。」
「うん・・・?」
「だから、どうにかして理由を作ってやってそんで話しかけに行けb「お前何考えてんの!?」

さっきまで母と電話してた影響だろうか、思わず大声が出てしまった。

「?え、何?何だよ?」
「何だよじゃないわ。あんたそれ、外から見たらどう見えるか分かんないの?」
「どうって?」
「だから。あんたの。やってる事は。理由を付けて女子に近づいて行ってるって事なんだって、不特定多数じゃなくて特定の奴に!」

此処まで言われないと分かんないんだろうか。
これで分からなかったら本気で頭が悪いという事になると千百合は思ったが、丸井はあっけらかんとした態度が全然崩れない。

「別に良くねえ?」
「良くないわ、あのねーーー」
「俺も分かんないわけじゃねえよ、お前の言ってる事。誤解の元、って奴だろい?」
「分かってんのかよ。」
「そこは分かるって。でもそれが何なんだよってならねえ?」
「えー。」
「誤解されたんだったら違うって言えば良いだろい?それに大体、誤解も何もあんな毛虫みたいな扱いされて誤解も何もねえじゃん。後、さっきも言ったけど俺別に甘やかしてねえからな。普通のことしてるだけ。」
「どこが普通だよ。」
「普通に見えねえのは、彼奴の態度が悪いからなんだって。でもその辺のことはもうわかってたことだから、俺の方で無視してるだけなんだよ。いちいち気にしてたら、こんな作戦最初から乗っかれねえだろい。」
「・・・んー。」
「それに俺、別に無理して関わろうとはしてねえからな?いけそうな時にいくっていうのがこういうのは基本なんだよ。チャンスは追いかけるもんじゃなくて、来た時に逃がさねえのが一番!」
「あー、納得。あんた上手よねそういうの。」

なんだか今の一言で凄く説得力が出た。
確かに丸井はそういうスタイルで生きている人間だし、ここ最近それが崩れてるのかと思いきや、そうでもなさそうだ。

まあまあ、それを差し引いても気になる点は0とは言わないが、基本的に千百合自身はこの件はどうでも良いし。勝手にやってくれよという感じだし。

自分たちにというか、紫希や幸村に害がなければそれで。

「まあなんとなくわかった。ありがと。」
「ん、それってお前も手伝ってくれるって事?」
「ごめん被るわ。」
「やっぱり?」