「あり、をり、はべり、いまそかり・・・うんっ!正解っ!」
「よっしゃー!終わったー!」
終了時間まで残り35分。
成績の良い者、真面目な者から終わらせて抜けていき、そろそろ終わりきらなくて延長戦確定な者が泣きそうになり始めた頃、芥川はシャーペンを置いた。
「じゃあ俺行ってくるね!」
「えっ?どこへっ?」
「試合!あ、跡部ー!」
「あっ!ちょ、ちょっと芥川君っ!一応まだ勉強の時間が終わってな・・・芥川君ってばっ!」
マジのガチで目の前のことしか見えていない芥川は、可憐が止める間もなく数m先を通りがかった跡部の元へ走って行ってしまった。こういう事するから余計要らない反感を買うのに、と気を揉む可憐の事など、やっぱり本人は一切気にしていない。
「ねーねー!跡部跡部!」
「アーン?ジローか、どうした?」
「俺、勉強終わったよ!試合しよー!」
まだ時間じゃないぞ・・・というのは跡部も分かっているし思っている。
が、目の前の芥川の目の輝きは、そんな事が思考から吹っ飛びきっている事を実に如実に語ってくる。
「・・・・・・・」
どうしようか。
普段なら、時間まで待てと溜息を吐きつつ言う場面だが、今日は。
「・・・分かった。」
「やったー!」
「ただ、その前に少しだけ待て。おい!お前ら!」
跡部は立って全員を見渡した。
今日、自分が外していた間に芥川が部員との間に一悶着あった事は耳に入れている。
その悶着の理由も含めてだ。
だから。
「この中で、ジローの実力が見たいと思う奴はついてこい。試合を見せてやる。特に物申したいと思ってる場合はよくよく見ておけ。」
滅多にねえぞ、という跡部の言葉はとても実感があった。
「ああ言われたら行かなしゃあないやんな。」
「気になっちゃうよねっ。」
「別に物申したいわけじゃないけど、ね。」
結局、跡部の呼び掛けには数人のマネジを除くほぼ全員が反応した。結果200人を超える大所帯が一斉にぞろぞろと一つのコートを取り囲み、食い入るように見つめるという事態になっている。
取り分け、今回は芥川をだ。
「いつもやったら、跡部の試合なんか皆ほぼ跡部しか見てへんのに。」
「まあレア度で言うと芥川君の方がより高いもの、しょうがないわよ。また部長様が煽っちゃうもんだから。」
「うん・・・」
可憐は相槌を打ちながら感心していた。
これだけ人の目を引いている中でコートで王と対峙しているのに、あの芥川という男は。
「跡部と試合、マジで久しぶり~!俺、もうワックワクだ~!」
「そうか。」
(芥川君って、本っ当にどんな時でもペースが崩れないなあっ。)
もうそれだけで芥川より一歩劣ると思われる選手は大勢居る。
勝負に於いて、相手の勢いに呑まれないスキルというのは勝つためにはかなり重要。本来の実力を如何なく発揮出来る状態で勝負の土俵に立てるだけで、勝率は大きく変わる。
だからこそ、この部の氷帝コールは他所の学校に恐れられているのだ。
「折角の機会ではあるが、スケジュールも押してるからな。1セットだけだぞ。」
「うん、それでEよ!よーっし、試合試合~!」
サーブを取られ、にも関わらずるんるんな雰囲気でコートで構える芥川。
何だろう。仮にも今から部内でも有数の実力と言われている者同士の対決が始まろうというのに。
「・・・・何か長閑だな。」
「呑気っていうか・・・」
「お遊びの野試合みたいだよな。」
(分かるなあ・・・)
そもそも芥川は元来緊張感に欠ける性格をしているのだ。寝ている時は勿論、起きていても。
可憐はなんだかんだ、芥川が試合をするのを実際に目の当たりにするのはこれが初となる。だが試合の時くらいはあの底抜けに明るいテンションが変わるのかと思いきや、別にそんな事もなく。
こう言ってはなんだけど、見れば見るほど本当に実力あるのかは疑わしくなってくる・・・と可憐を含む大多数の部員が見守りながら思う中、審判役に選ばれた部員のコールの声がとうとう聞こえてきた。
「プレイ!」
「・・・フッ!」
跡部のサーブ。
(速いっ!)
ただのサーブと言えばただのサーブだが、跡部ほどの実力者となるとそのただのサーブは立派な凶器。スピード、鋭さ、力強さ、どれをとっても一級品だ。
ダメだ。これはサービスエースをのっけから取られる。
ほぼ全員がそう思った。
が。
「・・・・よっ!」
パコォッ!
(えっ?)
芥川は楽しそうな笑顔を崩す事無く軽い調子で追いつきーーーーそして返した。
「返した!」
「リターンだ!」
「というか・・・」
「ラリーしてる・・・よな・・・?」
ギャラリーは唖然としていた。
ラリーが成り立ってる。あの跡部と。
もしかして続くように多少の手加減を跡部側がしてるんじゃないのか・・・と思う者さえ居たが、跡部はこの状況でそんな事してくれるような性格はしていない事は、ちょっと考えればわかる事だ。
つまり、今ラリーが続いているのは純然たる芥川の実力だ。
(凄い・・・!)
行き交うボールを目で追いながら、可憐は口を半開きにしていた。
まさか跡部とまともにラリーできるなんて。この時点で既に、部員の大多数よりは上である。
だが、勿論跡部だってずっとこの調子で様子を伺ってくれるわけもなく。
「・・・ハアッ!」
「きた!」
「破滅への輪舞曲だ!」
破滅への輪舞曲。
今までに可憐も数回見たことがあるーーー逆に言うと数回しかない、跡部の得意技だ。
一発目で相手の手からラケットを叩き落とし、返ってきた球を、手ぶらで絶対に返しようのない状態である相手のコートに叩き込む。
強力且つ、最初のステップが成功させられると先ず返せないという暴力的な絶望感に溢れる技。
「わっ!」
決まった。
芥川の手からはラケットが弾き飛ばされ、両手がフリーになってしまった芥川のコートの右サイドに綺麗にスマッシュが入った。
コートにうっすらついたスマッシュの跡を見つめる芥川。
(あああ・・・)
可哀想、最初の最初から破滅への輪舞曲を食らうなんて。
のっけからこれはきつい。精神的に。もしかしたら早くも一気にやる気が失せるかもーーー
「すっげー!」
「・・・え?」
「マジマジ、跡部の技相変わらず凄E!何か前の時より、勢い強くなってるC!」
「アーン?当然だろ、俺様だって毎日遊んでるわけじゃねえんだ。」
明るい声。
明るく、かつハイテンションな声。
試合を始める前と全く同じ、気負いも緊張感も絶望感も感じられない。
「15-0!・・・・・・レディ、レディ!芥川、試合中だぞ!賛辞は後にして、位置に戻れ!」
「あ、は~い!」
彼奴。
凹んでない、全然凹んでないぞ。
「あ、芥川君・・・」
「あれは、大物なのかしら・・・それとも天然なのかしら・・・」
「まあその2つは矛盾はせえへんから。」
リアクションに困りながら見守っていると、困らせている本人はやっぱり明るい顔をして、尚も爆弾発言を追加する。
「跡部!さっきのもっかいやって!俺返してみたいんだよね~!」
「はっ!上等じゃねーの、出来るもんならやってみやがれ!」
「リ、リクエストしてやがる・・・」
「破滅への輪舞曲を・・・」
「・・・ついていけねー。」
誰かがポツリと落とした「ついていけない」発言。
この場の全員が、内心で頷きながら同調した。
よおおくわかった。
誰も芥川の真似なんて出来ない。