Large bet 2 - 7/7

ジャン!と音を立てて、紀伊梨の右手がギターから離れる。

一泊遅れて、わああと上がる歓声。




「すごーい!」
「ビードロズかっこいー!」
「黒崎君素敵ー!」
「千百合ちゃん頑張れ―!」
「紀伊梨―!こっち向いてー!」



「ハア・・・!」

指笛が聞こえる。
スポットが熱い。
汗で髪が貼りついて、熱気でクラクラする中で紀伊梨は後ろを振り向いた。

「・・・何?」

千百合も似たような状況である。
あまりに暑くて、着ていたジャケットを脱ごうとしていた。
逆側の後方。

「どった?」

棗は水を飲んでいた。
位置的に特にスポットが当たる所為で、汗の量が誰よりも多い。

目線を下げる。
最前列。

大好きな人達の並びの、真ん中に。




「紀伊梨ちゃん・・・?」




紀伊梨は微笑んだ。

皆居る。
皆居る。

マイクのスイッチを入れ直して、息を吸って。




「皆、盛り上がってるーーーー!?」




「「「「「いぇーい!」」」」」

此処まで煽っておいてもまだ煽る。
まだまだまだ。
もっともっとだ。




「いぇーい!ありがとーーー!」




ウインクして、投げキッスを一つ。
これが嫌味にならないのが、紀伊梨の持つカリスマ性である。




「後一曲だけど、その前に!ここいらで、ビードロズのメンバーを、ばっちししょーかいしちゃうかんね!」




「大丈夫かよ?」
「あまり・・・!」

もう既に縮こまっている紫希に、丸井は笑った。






「先ずは私からね!リーダーでギターでボーカルの、五十嵐紀伊梨ちゃんでーーーす!」

いぇーい!という歓声と共に、紀伊梨は又飛び跳ねた。
其処かしこから、紀伊梨―!というクラスメイトの声も聞こえる。

ああ、楽しい。
楽しい。

「こっちに居るのはー・・・ベーシストの千百合っち!黒崎千百合ちゃんだよ!」

いぇーい!と再度上がる歓声。
黒崎さーん!という声も聞こえるが。

「・・・千百合っち?」
「何もしないから。」

ベースを弾いてみたりとか、そういうサービスは千百合はしない。
紀伊梨がやれば良い。

やっぱりかー、と思う紀伊梨の耳に、誰かの話声が聞こえてくる。

「おっ!今その辺に、鋭い人が居ましたぞっ!そうなのです!千百合っちと、こっちに居るなっちんは双子です!ドラマーのなっちん!黒崎棗君でーーす!」

ダララ!と少し叩いてみせると同時に、又歓声。
棗は余裕の顔で、手まで振っている。

「さて!最後の1人!」

その発言に皆がざわつく。
ステージには3人しか居ないのに。

「楽器はやらないけどね!でも、私達の大事なメンバーだよ!ビードロズの作詞担当、紫希ぴょん!春日紫希ちゃん!」

紀伊梨のセリフと同時に、スポットががっちり紫希を捉えた。

「おお!ニオニオぐっじょぶ!」

バルコニーの上から手を振る仁王は、空いてる追加スポットを(勝手に)点灯させていた。




「あの、あの、あの・・・!」




「いぇーい!紫希ぴょんいつもありがとーーー!」

今度は、いぇーい!の代わりに拍手。
紫希は恥ずかしがって真っ赤だが、紀伊梨は満足だった。

「・・・さあ!皆今迄聞いてくれてありがとー!今日は後一曲!楽しんで行ってね☆」

そうして紀伊梨が右手を大きく掲げる。

一斉に消えるスポット。




「・・・キラキラ♪光る青い、あの空へは、届かないーけれど♪」




紀伊梨の歌声。
楽器の音が聞こえない、何も見えない中で、その声だけが講堂に広がっていく。




「ピーカピカ♪笑う日々へは、僕ら皆、飛び込める、筈・・・だ、ろうっ!!」




一斉に点くスポットライト。
暗順応した観客の目は一瞬眩む。

そしてその一瞬の隙を、ビードロズは見逃さない。




「悩んでるーーー♪暇なんてな・い・さ!走り出・そ・う!置いてかれない、ように♪」




急発進するギター。
ベース。
ドラム。

混乱した観客の頭は、ビードロズのサウンドに頭を掻き回される。

もっと。もっと。

アンコールは出来るか分からない。プログラム上は、この曲で最後だ。

アンコールがあればしても良い、とは言われているけれど、終わったと同時に生徒会がストップをかけてくる可能性は普通にある、という判断をビードロズはしていた。

だから、これがラスト。




・・・などと思うなら、ビードロズには居られない。




「Fly High!Fly High!その時だ!って、思ったなら、行こう!
Fly High!Fly High!翼なんて、無くったって、飛べちゃうんだー!」





アンコールは出来る。
ライブはこれからも出来る。
ビードロズは此処でやっていける。

そう信じ込むんだ。最後の最後まで。




「どうしてもーー♪譲れない・も・の!1つあ・れ・ば!旅費には十分さ♪」




欠片の不安も抱いてはいけない。
抱いてしまったらその瞬間、ビードロズは崩壊する。

演奏者の不安は演奏になり、観客まで届いてしまう。
それじゃ駄目だ。それじゃ駄目なんだ。




「苦しいー♪事もある、からこそ!ゴールの場所は、好きな所!選んじゃおうよ!」




なんという矛盾。
自分達がやる事を自覚してしまったら、途端にそれに失敗するとか言うギリギリ状態。
でも無視も難しい。その為に皆々、頑張ってくれたから。

皆々頑張ってくれたから、その皆の為に、皆の頑張りをガン無視して自分達の事だけ考える。

離れ業ってレベルじゃねえぞ!な注文だが、やるしかない。
やる。なんとしてでも、楽しみきってみせる。




「Fly High!Fly High!人の評価、聞くのは、後にしよう!
Fly High!Fly High!努力の価値は!君が最初に決めるんだー!」





(もっとだ!振り回せ、五十嵐!)

周りの観客と一緒に、丸井は飛び跳ねていた。
楽しい。
楽しい。

ノれるメロディに、喜ぶ観客。
聞く者のテンションを上げて、上げて上げて、それでもまだ上げてくるこの空気。

丸井は今やっと分かった。
これなんだ。
幸村が守りたいと思うもの。
自分達が手を貸したいと思ったもの。

紫希が心を寄せるもの。

その名はビードロズ。




「僕らのーー♪履いてる靴、には!丈夫なエンジン!
錆びつかせーちゃ、もったーいなーいだろ!!」





幸村は溜息を吐いた。

よくぞ此処までという感心もある。
それから、安堵。

良かった。本当に良かった。

(輝いてるよ、五十嵐。かっこいいよ、棗。すごく・・・すごく素敵だ。千百合。)

何の不備もない。
今、ビードロズは全力を出し切れている。

これがピリオドになるか。それとも続いて行くのか。
その結果は後からついてくるだろう。

でも、これだけのパフォーマンスが出来たなら言える。
悔い等無い。

幸村がフッと微笑むと、紀伊梨は又音量を上げた。




「Fly High!Fly High!飛び出せない、なんて、決めつけないでよ!」




そう。
そう。

きっと飛び出せる。

(そうですよね、皆!)

終わりにしたくない。
もっともっと、先へ行きたい。

そう思ってる「皆」は、きっと自分達だけじゃない。

此処で見ている人達。
皆々。

紫希は大きく息を吸った。

「Fly High!Fly High!」




「Fly High!Fly High!止まらないで!進まなきゃ、た、ど、り、付けない!
イェイ、イェイ、イェイ!」





(これは・・・なんというか・・・)

柳生はくらくらしてきた頭で、ただただサウンドに身を任せて居た。

何と表現したらいいのか分からなかった。

ワクワクする。
フワフワする。

そして熱い焦燥感。

目の前で輝くビードロズ。
一生懸命な力はこんなにも美しいと体現してくる一方で、紀伊梨の歌が。
紫希の詩が柳生の背中を押す。

やりたい事をやろう。
全力を出し切ろう。
青春とはそういうものだから。

大丈夫。
君にも出来る。

必ず、出来る。
勇気さえあれば、きっとーーー




「ーーーFly、High!」




曲の終了と共に、紀伊梨が右手を高く高く掲げた。












「はっ、はっ、はっ・・・」

湧きあがる歓声。
喉が枯れて、紀伊梨は唾を飲み込んだ。

皆笑ってる。
手を振ってる。

体が熱い。
心が熱い。

「ふう・・・!」

吐息の温度の高さに、千百合は苦笑した。
これは疲れる。2100人のエネルギーをちょっと舐めていた。
下を向くと、汗が目に見えて床に落ちた。

「・・・はーあ、」

棗はスポットが眩しくて目を眇めた。
スティックなんて汗でべとべとだ。
右腕も左腕も怠い。
右足も左足もキツイ。

でも笑ってる。
千百合も。
勿論紀伊梨も。

待ってる。

大事なあの子が、誰より一番に叫ぶ合図。




「・・・アンコール!」




紫希の声。
仲間の声。

しんどいけど。
きついけど。




でも、どうしようもなく嬉しい。




「アンコール!」
「アンコール!」
「アンコール!」
「アンコール!」




そうやって呼んでくれるから。

だから自分達は何度だって。




「・・・・よーーーし!いっくよーーーー!」




一際大きい歓声が。
又、上がる。