紳士、柳生。
彼はそんなに言うほどべらぼうな早起き勢ではないが、だからと言って遅くまでずるずる惰眠をむさぼるのは紳士道に反すると思っているので、休みでも普通に普通の時間には起きる。
「・・・・これはまた、面白いことになっていますねえ、朝から。」
「起こすか迷っているんだ。どう思う?」
「いずれ起きると思いますし、起こさずとも良いのでは?」
「そうか。俺もそう思っていた所だ。」
ここで同意をくれるあたり、柳生は柳の事を好ましく思う。凄く。
2人の眼前の光景。
眠っている真田は、紀伊梨にのしかかられていた。
正確に言うと、のしかかられているという程でもないのだが。ただ、両足が完全に胴の上に乗っていて十字の形になっているので、苦しかろうと思う。
「zzzz・・・・」
「ぐう・・・ううう・・・・!」
「夢見が悪そうですねえ。」
「感覚は夢でもリンクするものだ。修行の夢でも見ているかもしれない。」
「おや、そう言われると左程悪い夢でもないかもしれませんね。」
「ん・・・・?」
桑原は目を覚ました。
桑原は今日は店の手伝いも朝練もないし、折角眠っていて良い日なので眠っていようと思っていた。
のだが、なんだかんだそれなりの時間に目覚めてしまうのが体内時計というものであろう。
「おはようございます、桑原君。」
「よく眠れたか。」
「ああ、おはよう・・・何やってるんだ?というか、え?五十嵐?なんで此処に?」
「俺のデータによると、寝ぼけて入ってきた確率が69.04%で一番高い。」
「まあ、ホテルなどと違って五十嵐さんにはご自分の家ですからね。」
「ああ、まあ・・・それもそうか。」
幾ら寝ぼけていたって自室と客間を間違えるかという疑問はあるが、まあ。そこは紀伊梨なので、やりそうといえば正直とてもやりそう。
「・・・それで?」
「はい?」
「起こさないのか?」
「折角ですし、もう少し見せて頂こうかと。」
「光景としては滅多にないからな。」
「まあ・・・・」
そう言われれば同意しか返せないが、桑原的にはこの光景をずっと見ていろと言われるのもはらはらして仕方がないので、桑原はちょっと退室する事にした。
「あの、俺水を飲んでくるから・・・」
「ええ、どうぞ。」
「そうだ、ついでと言ったらなんだが、スマホを持って行ってくれないか。」
「スマホ?」
「もしかしたら朝食がもう出来上がるかもしれない。手が必要そうだったりしたら、連絡をくれ。」
「ああ、成程・・・そういえばそうか、ブン太が居ないな。作ってるか・・・も・・・」
ここまで言って桑原は初めて気づいた。
柳と柳生は、当然とっくのとうに気づいている。
だから階下に下りない。てきぱきしているタイプのこの2人が、起きているのになるべく此処に居ようとしているのはその為だ。
「安心しろ、お前なら行っても咎められたりはしない。」
「いやまあ、あの2人は誰かの事を怒ったりとかほぼしないから、そんな心配はしてないけどよ・・・」
でも体の良い人身御供にされた気がする。
最初に退室すると言い出したのは自分であるとはいえ、微妙な気分になりながら桑原は階下に降りた。
階段を下りた時点で、もう凄く良い匂いがする。
お腹空いてきた。いつもなら朝練の為に、とっくに朝食を食べている時間。
でも間違いなくこれは多分、2人揃って朝食作ってるな・・・なんて思いつつ、キッチンへの扉を開ける。
「おは・・・」
「あははははは!はははは!」
「ふふ、あははっ!ふふふふふ!」
桑原は目を見開いた。
超笑ってる。何か知らないけど。
「ど、どうしたんだ2人とも?」
「え?ああジャッカルか、おはよ!」
「おはようございます。すいません、違うんです。ちょっとその、ラテアートが・・・」
「ラテアート?」
「いや、ちょっと休憩がてらこう立体の奴作ろうと思ったんだけどよ、何か絶妙に上手くいかないっていうか、中途半端に良い出来っていうか・・・ははははは!」
「ちょっと待って下さい、ここをスプーンでこう・・・こうして、こう・・・」
「お?」
「それで、こう・・・・あ!」
「あはははははは!逆立ちになっちまったじゃん、ははははは!」
「あははははっ!ふふ、ふふふっ!」
「待て待て、じゃあだから、こっちをこうして、」
「ふふ、もう手を加えるのは止めた方が・・・あ!ごめんなさい桑原君、お水も出さないで!」
「い、いや良い良い!そんな事、自分でするから!」
ぼうっと見ていたら、危うく世話を焼かれそうになって桑原は慌ててグラスを取った。
テーブルには既にすっかり朝食が整っていて、この上水まで汲んでもらったら自分は赤ちゃんかと自己嫌悪してしまう。
「・・・というか、もう出来てるんだよな?皆呼ぼうか?」
「あ、いえでも、お休みですし起こすのも・・・」
「ああいや・・・その、上手く言えないんだが、皆もう結構起きてるんだ。下りて来ないだけで。」
「え、マジで?なんで来ねえの?」
「・・・・まあ、休みだし・・・」
本当は休みとかどうとかよりも、もうちょっと放っておいてあげようか的な発想から誰も下りてこないのだが、勿論言ったって通じないのを知っているので桑原は言わない。彼は聡いのだ。
「ま、まあ、それはそれとしてもう呼ぶからな?折角だし、熱いうちに食べたーーーー」
「何をやっとるかたわけがあああああ!」
五十嵐家中に響き渡る真田の声。
何があったのかは知らないが、何かはあった事はよくわかった。
多分紀伊梨が絡んでいるのであろう事も、紫希も丸井もまあ察せられる。
「紀伊梨ちゃーーー」
「あ、ああ!待った待った!春日は此処に居ろよ。」
「え?」
「だって、ずっと朝ご飯作ってくれてたんだろ?俺が見てくるから、ちょっと休んでたら良いさ。な?」
言うや否や桑原はまた2階に戻る。でも、と紫希の口から出る前に、もうさっさと行くに限るのだ。こういう時は。
丸井はその辺り流石に親友というか、基本的に相手の話を遮らない桑原が、何故ああもせかせか向かって行ったのかは大体わかる。
「ああ・・・・」
「なあ。」
「え?」
「まだもうちょっとかかりそうだし、今のうちに悪い事しねえ?」
「悪い・・・」
悪い事って、可愛くなるはずだったラテをこんな惨状にした事だろうか。
思わずマグカップを見やってしまう紫希に、丸井はまた噴き出してしまう。
「ふっ、あはははは!なあ、もうそのラテの話一旦置いとこうぜ、話進まねえ・・あはははは!」
「ふふふふふっ!ごめんなさい、それで、」
「そうそう、さっきさ。冷蔵庫の奥で見つけたんだよなー。」
「?」
「じゃーん☆」
丸井が取り出したのは、ボウルが2つ。
1つはホイップ。そしてもう一つは切ったフルーツ。
「あ、それは昨日の残りで・・・」
「おう、だろうと思ったぜ。で。」
「で・・・?」
「あっちにパンがあるだろい?」
そこまで言われれば紫希もわかった。
フルーツサンドだ。
「でも、この量じゃ全員分は・・・」
「おう、だから俺達の分だけ。」
「ええ!?」
「良いだろい、そのくらい。こんなに頑張って朝飯作ったんだぜ?」
そりゃあ確かに頑張りはしたけど。
時間も結構かかったし。
ただ。
「・・・・・」
「え、何か納得いかねえ?」
「だって・・・」
「だって?」
「・・・・あんまり、頑張った感じがしなくて・・・」
「此処まで働いといて!?マジかよ!?」
「ち、違うんですそういう意味じゃなくて!だって、今日は2人で出来ましたし、それにその・・・
・・・・楽しすぎて、夢みたいで・・・・苦労した感じがないというか、なんだか遊んでただけみたいな気がして・・・」
今までずっと一人で朝食を作っていたのは丸井の方だけじゃない。
紫希だって、ずっと一人でやっていた。
丸井と違って流石に普段は母が作ってくれるけど、こういう催しの時は大体皆朝は紫希に任せて眠るか、幸村のように他の用事をしているか。
紫希だって別に頼まれてるわけじゃないし、好きでやってるから自分一人だけ頑張ってるみたいな事を殊更思った事はないけれど。
でもそれはそれとして、ふと静けさを感じたりして、皆いつ起きてくるかな・・・なんて思った事もある。ちょっとだけでも誰かに手を貸して欲しいと思ったり、相談したいと思った事も。
それが実際に今日丸井と2人でやってみてーーーというかやってみる事が出来て、紫希は本当に楽しかった。
ビードロズも幸村も料理をしないし、関東大会や昨日のように切羽詰まった状態でしか紫希も手伝いを要求しないから猶更だった。
こんな穏やかな心持で、楽しく誰かとご飯が作れるなんて思ってもみなかった。
性格上最初はやっぱり緊張してしまったが、そんな事も直ぐに忘れてしまった。
そのくらい楽しかった。
「ですから、お詫びとか頑張ったからとか言われてしまうと、どうもそんな感じがしなく・・・丸井君?」
「・・・・うん。」
これは本をよく読むからとか読まないからとかそんな理由じゃ無い気がするが。
丸井は今まで女子から丸井君と居るの好き、と言われた覚えは幾度もあるけれど、夢みたいに楽しいとか言われた事はない。し、多分これからもない。
思うまでは良いとして、それを口に出して言うか普通。
恥ずかしく無いんだろうか。自分は同じセリフ言えって言われたら恥ずかしい。
「お前ってさあ。」
「はい?」
「恥ずかしがり屋なのかそうでもないのか、よくわかんねえよな。」
「そ、そう?ですか・・・・?」
まあ、別に良いんだけど。
そういう所が可愛いと思うし。
そういう所が好きだから。
「さて!じゃあ悪い事すっか。」
「え!け、結局やるんですか、」
「だから悪い事なんだって。付き合ってもらうぜい?共犯共犯♪」
「えええううう・・・」
「ほら、被害者命令。」
「はい・・・・」